北海道地盤のツルハHDは創業家を中心とする経営体制が続いてきた(撮影:梅谷秀司)

“モノ言う株主”との対決は、ひとまず勝利を収めた。8月10日、ドラッグストア業界2位のツルハホールディングスの株主総会が開催された。

ツルハ株式12.8%を保有する、香港の投資ファンドであるオアシス・マネジメントが「ツルハHDのガバナンス不全」を理由に、株主提案を行っていたことで注目を集めていた。オアシスは取締役会長職の廃止や、自らが推薦する社外取締役5人の選任等を求めていたが、すべて否決された。

株主総会を前に動向が注目されたのが、ツルハ株13.3%を保有するイオンだ。8月1日に「会社提案を賛成する」と発表したことで、潮目が変わったことは間違いない。イオンとオアシスの持ち分比率を合算すると26%程度で過半に満たないが、別の大株主であるファンドが賛成したり、別の大株主が現れて共闘する事態となればツルハは危うかった。

ツルハとイオンは1995年から資本業務提携を結んでいる。PB(プライベートブランド)供給を受けるなど近しい関係にあるイオンが反対に回ることなど「ありえない」と、ツルハ経営陣は考えたかもしれない。しかしイオンは前述のリリースで「大手同士の再編の重要性や、地方のドラッグストアの再編の重要性は、当社も認識している」とも触れている。

ツルハ創業家の持ち分比率は1割に満たず、実はツルハが劣勢だったことが改めて浮き彫りとなった。株主との関係を見つめ直す契機となったのは確かであり、安定株主作りの重要性を認識したのも想像にかたくない。

高齢取締役の功罪

今回のオアシスによる株主提案は、賛同できる点もある。中でも「取締役会長職の廃止」。成長に大きく貢献した社長ならば会長職に収まり、禄をはんでほしいという声も一部ではあるのかもしれない。

しかし能力を年齢で切るわけではないが、例えば80歳以上の人物を取締役会に置いておくことには賛否がある。社長から会長に退くと「往々にして院政政治をとりたがる」(流通企業幹部)とも言われる。そうなると「会長派」「社長派」といったように組織上の分断、分裂に利用されがちだ。

セブン&アイ・ホールディングスで会長CEOを務めた中興の祖である鈴木敏文氏は、社内クーデターでその立場を追われた。しかし鈴木氏の元には、一線を退いてからもひっきりなしに事務所への来訪者が絶えない。


ツルハHDの鶴羽順社長は、鶴羽樹会長の次男(編集部撮影)

その理由の1つが、話に無駄がないことだという。徹底的に販売の機会ロスを削除してきたことで「ミスターロス」との異名を持つ鈴木氏の持論は、いつも立て板に水で寸分たがわず同じことを話す。90歳になっても鈴木氏に教えを請う誰かがいる間は、年齢で引退時期を区切る必要はないとも言える。

一方、ツルハ会長である81歳の鶴羽樹氏はどうだろうか。父親が創業した薬局を、2代目社長で兄の鶴羽肇氏がドラッグストア業態に切り替え、そこから全国区になるまで大きくしたという自負があるとみられる。社内外で鶴羽会長に鈴をつける人はいなくなってしまったのか。鶴羽順社長は会長の次男であり、その役割を望むことは難しいだろう。オアシスの提案は、ツルハが抱える問題を浮き彫りにした。

ドラッグ業界の熾烈な上位争い

今回の株主総会では、イオンがツルハに「貸しを作った」(流通業幹部)ことは間違いないが、別にツルハは経営危機に瀕しているわけではない。業績は堅調で、店舗網は拡大を続けている。“北海道企業の雄”として、ドラッグストア業界2位を維持している。

ただ、迫り来る不安がないわけではない。2021年に経営統合したマツキヨココカラ&カンパニーが僅差まで追い上げてきている。ツルハが業界3位に低下すれば、そのすぐ背後には、食品の安売りを武器に急成長を続ける九州地盤のコスモス薬品が控えている。

九州地盤のコスモス薬品は食品の安売りを武器に”東征”を進めている。そして東北エリアは、岩手地盤の薬王堂ホールディングスが食品の取り扱い強化などで客数増に向けて攻めており、ツルハは苦戦を強いられている。

業界3位と4位では、メーカーや卸など取引条件を含めて接し方が変わってくる。ツルハの業界2位が盤石ではないどころか、4位転落のリスクを遠ざけるためには、さらなるM&Aによる規模拡大が手っ取り早い手段となる。ツルハが業界再編を仕掛けるとすれば、選択肢は2つ考えられる。

1つ目は、北陸地盤であるクスリのアオキホールディングスとの経営統合だ。ツルハが5%強、イオンが約10%、さらにオアシスも5.5%を出資している。ツルハとアオキの両社合算で売上高1兆3500億円強となり、業界トップに躍り出る。ただし大株主であるイオンとオアシスが賛同するかは未知数となる。

2つ目が、業界トップでイオン子会社のウエルシアHDとの経営統合だ。合算で売上高2兆円超の業界ガリバー企業が誕生することになる。ウエルシアはイオンにとって、高収益の優良子会社である。長年ささやかれ続けてきた業界再編だが、投資ファンドが両社の株主に入ったことで、そのきっかけが生まれるかもしれない

ぬるま湯の関係に終止符

結局はドラッグストア再編を促進させるのも停滞させるのも、カギを握るのはイオンである。投資ファンドの行動原理はシンプルで、金になりそうだと感じたら一気に株を買いに走り、損をしないよう立ち回る。一方でイオンの岡田元也会長は、経済合理性のみで判断するタイプではない。

オアシスによるツルハ株式への出資は、従来の会社と株主の”生ぬるい”関係がなくなる契機となった。ツルハにとっては会社が社員や経営陣のものから、大株主のものになりつつあることを示唆している。オーナー企業として成長してきたツルハHDにとって、一つの時代の終焉を迎えつつあるといえそうだ。

(森谷 信雄 : 流通ジャーナリスト)