ビジョン・ファンド事業で巨額赤字を出して以降、守りに徹していたソフトバンクグループがいよいよ投資を再開させた。写真は2020年の決算会見における孫会長(撮影:尾形文繁)

「6月の株主総会では、久しぶりにうちの孫(正義会長兼社長)が皆様の前でプレゼンをさせていただきました。(そこで掲げた言葉が)『反転攻勢』ということで、ちょっと言葉が強いんですけど。僕なりに通訳すると『反転攻勢するけど、慎重に』と」

8月8日、ソフトバンクグループの決算説明会で後藤芳光・最高財務責任者(CFO)は、創業者である孫会長のフレーズを引き合いに出してそう語った。後藤氏の発言は、ソフトバンクグループの今を凝縮したものといえるだろう。

同日、ソフトバンクグループは2023年4〜6月期決算を発表した。最終損益は為替差損などの影響で4776億円の赤字だったが、前年同期から2兆7000億円近く赤字幅を圧縮した。

テクノロジー分野の成長企業への投資によって、AI革命の推進を目指すソフトバンク・ビジョン・ファンド事業は投資先の株価上昇を受け、610億円のセグメント利益を計上。 6四半期ぶりの黒字復帰を果たした。

孫会長は半年姿を消して守勢に

ソフトバンクグループはビジョン・ファンド事業の不振を受け、2022年1〜3月期に2.1兆円、同4〜6月期に3.1兆円と、四半期で過去最大の赤字を連発してきた。孫会長は、傘下で株式上場を目指すイギリスの半導体企業・アームの成長に集中するとして、決算説明会など公の場から半年ほど姿を消した。

この間、アリババ・グループ・ホールディング株の売却などを進め、保有株式の資産価値に対する純負債の割合を示した「LTV(ローン・トゥ・バリュー)」は、過去最低の8.0%(2023年6月末時点)まで低下。後藤CFOが「(投資会社として)仕事してない、ということでもある」という水準に至るまで守りに徹した。

守勢の同社が一転、6月下旬の株主総会で飛び出した言葉が「反転攻勢」だった。

久々に公の場に現れた孫会長は登壇するやいなや、“孫節”を炸裂させた。プレゼンテーションにおいて、AIチャットボットの「ChatGPT」など、生成AIに対して興奮気味に言及。5兆円を超える手元資金の存在を強調し、「いよいよ反転攻勢の時期が近づいている」と繰り返したのだ。

「大赤字を出して、恥ずかしくて引っ込んでいるのではないかという説もあるようだが、実は大変忙しく、楽しく、活発にやっている」(孫会長)


生成AIについて興奮気味に言及した孫会長は、「夜中の3時〜4時くらいに(ChatGPTとのディベートを)ワーッとやり続けて、『GPTに勝ったぞ』と自分で笑いながら会話していた」などとも語った(画像:ソフトバンクグループ株主総会の動画キャプチャ)

アームの上場も目前とされ、明るい兆しが見えてきたソフトバンクグループ。2023年4〜6月期決算では、同社が重視する指標の「NAV(ネット・アセット・バリュー、保有株式−純負債)」も、為替の追い風を受け、2期連続で回復した。

投資額は四半期ベースで1年ぶりに10億ドルを超え、投資の再開が実績として示された。

物流企業への投資では定量的根拠を説明

ただ、生成AIに熱狂する孫会長の興奮そのままに、WeWorkへの投資失敗などを招いた強気路線に回帰するのかといえば、そうではなさそうだ。

例えば3〜7月の間の新規・追加投資先として示された、物流系の3社だ。2007年設立のSymboticや2013年設立のBerkshire Greyは、ともにAIを活用したロボット技術により、倉庫の自動化に貢献する企業。2017年設立のTELEXISTENCEは、コンビニのバックヤードで飲料を補充するAIロボットを展開し、ファミリーマート300店舗への導入が決まっている。

8月8日の決算説明会では、こうした物流企業へ投資した背景について、まず物流市場の規模が日本で48兆円、世界で200兆円に上ることを提示。これが、インターネットと紐づいた成長市場である広告の8〜9倍に相当することも付け加えた。

メディア向けの決算説明会において、新規投資先を重点的に紹介するのは8四半期ぶりだったが、投資判断の蓋然性について、定量的な根拠を押さえる手堅さが目立った。

直近では、自動車と建物の損害査定を行う画像認識AI企業・トラクタブルへ、既存株主とともに6500万ドル(約90億円)を出資したことも発表された。ここからも、業界関係者からは「慎重な投資」と評する声が聞こえる。

世界の保険市場は成長が見込まれる一方、あるべンチャーキャピタルの幹部は「うちも数年前、事故車両を画像で査定する中国のスタートアップに出資した。国土の広い国では、いちいち駆けつけるなんて大変」と明かす。保険とAI技術を組み合わせた分野では、グローバルで底堅い需要が見込めるという。

「3年前はイケイケゴーゴーだった」

総会での孫会長の興奮ぶりとは対照的に、手堅い投資姿勢をとる理由について、後藤CFOは決算説明会で次のように言及した。

「3年前のビジョン・ファンドは“イケイケゴーゴー”で、投資の意思決定もだいぶスピード優先だった。しかし、(投資先について)より細かいところまで、丁寧に見なくてはいけない環境となっている。従来は『本当にこれはAIか』とご指摘を受ける投資先も、ないわけではなかった。今回は、よりAIに集中することについてもこだわっている」

目下、ソフトバンクグループの株価は1株当たりNAVを30%超割り込み、「ソフトバンク・ディスカウント」とも揶揄される。守りの経営で財務体質が改善されたとはいえ、市場関係者らは投資の目利き力を慎重に見極めているようだ。

地に足のついたAI系ファンドとして再出発し、市場の信頼を取り戻せるか。一大AIブームの今こそ、その真価が問われている。

(森田 宗一郎 : 東洋経済 記者)