介護と仕事の両立は難しい。だが、ビジネスケアラーとして働き続けることが重要だ(写真: Luce / PIXTA)

団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる2025年には、誰もが介護と関わらざるを得ない“大介護時代”が到来すると言われています。働きながら介護をする「ビジネスケアラー」は今後ますます増加すると見られますが、中には介護に専念するため離職を選択する人もいるでしょう。

『ビジネスケアラー 働きながら親の介護をする人たち』では、介護と仕事の両立支援サービスのトップ企業であるリクシスの副社長・酒井穣氏が、仕事と介護をうまく両立させるためのノウハウや指針を紹介しています。

本稿では同書より一部を抜粋・編集のうえ、仕事と介護の両立について探ります。

介護を理由に仕事を辞めた人の約70%が、経済的・肉体的・精神的な負担は「かえって増えた」と回答しています。

介護で仕事を辞めてしまった場合、自分の収入が途絶えます。介護にお金がかかるのに、自分の生活費でさえままならなくなります。しかも、これからの日本では物価も上がっていきます。

また仕事を辞めて介護を自分の手で行うと決めた場合、肉体的な負担が増すのも当然でしょう。こうして金銭的にも肉体的にも追い詰められた結果として、精神的にも厳しくなっていきます。介護を理由としてメンタルヘルス不調を起こす人は、約25%(4人に1人)にもなるというデータもあるのです。

退職すれば介護の負担は逆に増える

ビジネスケアラー(仕事と介護の両立)の道が難しいと考え、負担を少なくしたいと思って退職しようとしているなら、それは恐ろしい誤解です。その決断が生み出す最悪のループは、次のようなものです。

(第1段階)再就職先が決まっていないまま退職

(第2段階)想定以上に医療費や介護費がかさむ

(第3段階)生活苦となり、介護サービスを利用するお金もなくなる

(第4段階)介護サービスを受けられないため、自分で介護をする

(第5段階)時間的余裕がなくなり、再就職の選択肢が少なくなる

(第6段階)第3段階に戻る(以降、最悪のループに入る)

この最悪のループに入ると、精神的・肉体的・経済的な負担は、時間とともにどんどん大きくなっていきます。そして、一度こうなってしまうと、そこから抜け出すのはとても難しいのです。

2018年6月2日に放送されたNHKスペシャル『ミッシングワーカー 働くことをあきらめて…』では、こうした介護離職などを理由として、労働市場への再起ができなくなった人(ミッシングワーカー)が、当時の時点で100万人以上いるという衝撃の事実が明らかにされています(介護離職だけが理由ではない点には注意も必要ですが)。

この最悪のループから抜け出すために必要になるのは生活保護です。一度、ミッシングワーカーになってしまえば、一時的に生活保護を活用し、介護サービスなどを利用しながら、就職先を探すしかなくなります。

しかし、生活保護は、ただ申請すれば簡単に受けられるようなものではありません。今後、日本の財政がさらに悪化していけば、生活保護の認定条件が厳しくなり、受給できたとしてもその内容は貧弱になっていくでしょう。

ここで、自分が介護離職をしたとしても、金銭面で、兄弟姉妹や親族などの協力を得れば、総じて負担が減らせると考える人もいるかもしれません。

しかし介護離職をした後も、現在は得られている協力が、引き続き同じように得られるとは限りません。ここには、リンゲルマン効果と呼ばれる心理学的なブレーキが働く可能性があるからです。この心理学的なブレーキについて、少し詳しく考えてみます。

兄弟姉妹の協力はあてにならない

リンゲルマン効果が知られるきっかけとなったのは、リンゲルマン(Ringelmann,M)自身による報告ではなく、ドイツ人のメーデ(Moede, W)の論文(1927年)中で「興味深い研究」として掲載されたことがきっかけでした。

リンゲルマンは、1人、2人、3人、そして8人という4つの集団(被験者)を作り、それぞれに綱引きをさせて、そのときの引っ張る力を測定したそうです。

結果としては、1人の場合で63kg、2人の場合で118kg、3人の場合で160kg、そして8人の場合で248kgとなりました。

当然のことながら、集団を構成する人数が増えれば、綱引きの力は上がりました。ただ、全員が綱を必死に引けば、2人の場合では、1人で綱を引いたときの2倍、3人で3倍、8人では8倍となるはずです。

しかし、この結果を分析してみると、1人で引いたときの力を100%(63kg)としたとき、2人ではそれぞれが93%(118÷2=59kg )、3人では85%(160÷3=53kg)、そして8人ではなんと49%(248÷8=31kg)になっていたのです。

特定の目標を共有する集団のサイズは、それが大きくなるにつれて、集団の構成員1人あたりの能力発揮が劇的に低下するということです。

これは、非常にショッキングな事実であっただけでなく、なんとなく誰もが知っていたことでもありました。そのため、この事実はリンゲルマン効果(リンゲルマン現象)として世界的に有名になったというわけです。

当然ですが、介護の現場においても、このリンゲルマン効果を観察することが可能です。むしろ介護は、多くの人が本音では「関わりたくない」と考えていることです。ですから、介護の現場におけるリンゲルマン効果は、当たり前に見られる現象なのです。

介護によって仕事を辞めてしまう人は、それが、自分が生活保護を受給することになるほどリスクのある決断だということを、そもそも理解しているのでしょうか。

非常に重い決断なのですから、決断をしてしまう前に、周囲の誰か、特に介護に詳しい人に相談すべきことです。

約半数が相談せず離職を決断

ここに関して、毎日新聞の報道(2017年5月20日『介護離職「相談せず」48% 決断前の情報提供が課題』)があったので、そこから一部引用します。

介護を理由に正社員から離職した人に「離職直前に介護と仕事の両立について誰かに相談しましたか」と聞いたところ、「誰にも相談しなかった」が47.8%に上ることがみずほ情報総研(東京)の調査で分かった。(中略)

離職の理由(複数回答)は「体力的に難しい」が39.6%で最多。「介護は先が読めず見通しが困難」が31.6%、「自分以外に介護を担う家族がいなかった」の29.3%が続いた。

あれば仕事を続けられたと思う支援策(複数回答)は、「介護休業を取りやすくする」27.0%、「上司や人事部門の理解と支援」25.5%、「有給休暇を取りやすくする」24.3%、「残業が少ない」21.7%などが挙がった。

約半数の人が、誰にも相談せずに、離職する決断をしているというのは、非常にショックなことです。しかも、ここで離職の理由とされていることは、介護サービスに関する知識があれば、かなりの程度、解決できてしまうことです。

「体力的に厳しい」「自分以外に介護を担う家族がいなかった」というのは、本来であれば、ヘルパーに介護をお願いすれば解決してしまいます。

「介護休業を取りやすくする」「有給休暇を取りやすくする」「残業が少ない」という条件もまた、介護のプロに介護を丸投げできているなら、本質的には必要のないことです。

要するに、介護で離職をしてしまう人は、介護サービスに関する基本的な知識が不足していることが明らかなのです。

弊社の独自データ(サンプルサイズ3万7740人)によれば、実に、86.6%もの人が、具体的な仕事と介護の両立知識を持っていないことが明らかになっています。何度もお伝えしますが、ビジネスケアラーに本当に必要なのは、介護を外部にアウトソースするための介護サービスに関する具体的な知識です。

どのような介護サービスが、いつ、いくらで利用できるのかを知らないと、「体力的に厳しい」「自分以外に介護を担う家族がいなかった」といった理由で、仕事を辞めてしまうのです。

これは、託児所や学童保育の存在を知らないまま育児を理由として離職をしてしまうようなものです。あまりにも残念なことではないでしょうか。

知識不足で会社を休むなんて大損だ

「介護で仕事を辞める」という、自分自身が生活保護の受給者になってしまうかもしれないような決断は、可能な限り回避すべきことです。そのための努力には、当然、介護に詳しい人の意見を聞くということがあってしかるべきでしょう。

しかし、介護離職をしてしまう人は、そうした行動を取っていないのです。これは、大きな問題でしょう。

先の毎日新聞による報道は、介護離職をしてしまった人の「介護の素人ならではの意見」として意味のあるものです。

しかし、本当に残念なことですが、これらの問題は、すでに存在する、世界最高とも言われる日本の介護保険制度の介護サービスを正しく活用すれば、解決してしまう問題に過ぎません。

本当の問題は、そんな介護サービスが知られていないことです。

別の調査では、自治体(市区町村)の介護窓口(地域包括支援センターなど)に介護の相談をしている介護者は20%にも満たない状況であることが分かっています。これを逆から読めば、8割を超える介護の素人たちが、介護のプロに相談をしていないということです。


(出所:『ビジネスケアラー 働きながら親の介護をする人たち』)

しかし実は、自治体にこそ、介護のおトク情報が集約されています。自治体ならではの各種介護サービスについての情報や介護状態が悪化しないための予防支援などがあり、そうした情報は、自治体の介護窓口を訪れないと(なかなか)分かりません。

新設の、介護保険内・外の、幅広い介護サービスに関する情報は、ケアマネジャーでもキャッチアップできないほど、どんどん生まれているのです。介護領域のビジネスは、日本最後の成長産業です。当然のように、痒(かゆ)いところに手が届くようなサービスが、日々生まれています。

それにもかかわらず、多くの介護者が、自治体の介護窓口を利用していません。たくさんのビジネスケアラーが、おトクに使える介護サービスを知らないまま仕事を休み、大損をしているのです。

仕事と介護を両立させるには

自治体の介護窓口は、仕事と介護の両立、ビジネスケアラーを支援するための介護サービスを、隅々まで丁寧に説明してくれます。

自治体は国と直結しており、現在、国としては「介護離職ゼロ」「ビジネスケラーの支援」を掲げています。ですから、自治体は仕事と介護の両立について、高い優先順位で動いてくれます。自治体の介護窓口が、要介護者の家族として「仕事との両立が不安」という相談をしやすいのは当然なのです。

ただ、こうした窓口は、介護保険課、高齢・障害支援課、高齢福祉課、高齢福祉介護課、高齢者いきいき課……という具合に、名称がバラバラです。それぞれの介護にかける想いを、担当部署の名前にしているからです。

統一されていないので、かえって分かりにくかったりもしますが、それぞれに独自の介護支援を提供しています。

介護のおトク情報を得る旅は、親の暮らしている市区町村の役所の受付で「介護の相談がしたいのですが」と言ってみることから始まります。

遠距離介護の場合は、まずはインターネットで確認したり、電話をしたりしてみてもよいでしょう。

「介護は素人」だから相談すればいい

何度もお伝えしますが、自らのことを「介護の素人」として認識し、介護のプロに相談することをためらわないでください。そうして相談することだけが、仕事と介護の両立、ビジネスケアラーの道を実現するための必要条件なのです。

また、どこの自治体にも、「地域包括支援センター」という介護や医療福祉について相談できる総合相談窓口があります。だいたい人口2万〜3万人に1カ所(一般的に中学校区域)程度設置されています。


自治体の介護窓口だけでなく、地域包括支援センターにも足を運んでみることも強くオススメします。「えっ、そんなサービスがあったの?」「えっ、そんな支援があったの?」という発見が、きっとあると思います。

この背景には、自治体の相談窓口は、数年で部署異動をすることの多い公務員によって運営されているのに対して、地域包括支援センターの多くは、民間の信頼できる介護事業者に委託されていることが多い(約8割が民間委託)ことがあります。

自治体の窓口を担当している公務員と、地域包括支援センターにいる介護のプロの両方のアドバイスを受ければ、それ以上の支援はありません。

とにかく、介護はそれぞれに個別性が高く、ビジネスケアラーとしてうまく仕事と介護を両立させるには介護の専門知識を持っている人によるアドバイスがどうしても必要なのです。

(酒井 穣 : 株式会社リクシス 取締役副社長CSO)