SNSでの炎上で話題になった映画「バービー」が日本でも公開されました。アメリカでは大ヒットを記録していますが、日本人も見る価値があるでしょうか?(画像:「バービー」公式サイトより)

8月11日、何かと話題の映画『バービー』が日本で公開された。

本作は、アメリカ本国では7月21日から公開され、大ヒットを記録。女性監督作品として興行収入が初めて10億ドルを突破するに至っている。

ところが、日本公開を前にして炎上騒動が起き、本作に関して、批判的な話題が先に広がってしまった。

詳細は後述するが、X(Twitter)に投稿された、バービーの髪形を原爆のきのこ雲に置き換えた画像を投稿した一般ユーザーの投稿に対して、本作のアメリカ公式アカウントが好意的なリプライをつけて反応したことが炎上の「火種」となった。

はたして『バービー』は炎上を乗り超えて、日本でもヒットを記録することができるだろうか? 日本人は、公式アカウントの「不適切な対応」にもかかわらず、本作を楽しめるものだろうか?

『バービー』は日本人も見る価値アリ

筆者は公開初日の午後の時間帯に、いち早く『バービー』を鑑賞してきた。

座席は終日ほぼ満席、筆者も何とか前の横の席を押さえることができた。「炎上」の影響はさほどでもなかったのか、公開初日が祝日に当たったのが功を奏したのか、上映館がさほど多くないのが影響しているのか――要因はわからないが、初動は悪くはなかったように見受けられる。

面白かったのは、観客の3〜4割くらいが外国人だったことで、しかもバービーカラーのピンクのファッションをした人たちも散見された。

座席にはポップコーンのトレイが並んでいたり(日本人より外国人のほうが映画館でポップコーンを食べる比率が高いようだ)、字幕では面白さがわからないセリフで笑い声が聞こえたりと、作品の世界観とも相まって、アメリカの映画館にでもいるような雰囲気を味わうことができた。

本国でのバービーブームの様子を多少なりともうかがうことができたという点でも、稀有な体験だった。ちなみに、日本の映画館でこういう雰囲気を体験したのははじめてのことだ。


(画像:「バービー」公式サイトより)

さて、肝心の作品についてだが、「日本人にとっても十分見る価値のある作品だ」と最初に言っておこう。

本作が「フェミニズム映画」であることは報道でも目にしていた。実際に見てみると、たしかにフェミニズム色はかなり強いが、「価値観の押し付け」をすることなく、ジェンダー問題を風刺しつつもコメディとして昇華されており、素直に楽しんで見ることができた。

バービー人形は、元々はスリムな「理想の女性」の体形をしており、女性の体を性的対象として見たものとして批判に晒されてきた。一方で、映画でも描かれているように、これまで、宇宙飛行士、大統領、医師など、さまざまな職業のバービー人形が発売されており、女性の社会進出を応援してきたという歴史もある。さらに、2016年からは、さまざまな肌の色や体形をした新シリーズも発売しており、「ダイバーシティ&インクルージョン」に対応してきた。

このバービー人形の二面性、あるいは両義性は、映画の中でも巧みに描かれているが、それが本作に単純なフェミニズム映画、コメディ映画にとどまらない深みを与えている。

また、作品中には下ネタや強烈な皮肉など、どぎつい表現が要所要所に見られるが、それがファンタジックな映像世界と絶妙に融合し、大人でも十分に楽しめる内容になっている。少なくとも吹き替えや字幕で見せる限りは、子どもに見せても問題ない作品なので、親子で鑑賞してもいいだろう。

バービーの世界観やアメリカ社会を理解していないと、わかりづらいところがあるのも事実だが、それらを加味しても、日本人でも十分楽しめるし、共感できるところも多々ある映画であることは間違いない。

『バービー』はポリコレ問題をどう処理したか?

本年5月にアメリカ本国で公開(日本公開は6月)された実写版『リトル・マーメイド』は、主人公の人魚アリエルを黒人のハリー・ベイリーが演じ、賛否両論が湧き起こったが、現在のハリウッドはポリコレ(ポリティカル・コレクトネス(political correctness);「政治的正しさ」のこと)のジレンマに陥っている。

人種やジェンダーだけでなく、最近は容姿の多様性にも配慮する必要があり、「自由な表現」が難しくなっている――という状況がある。

映画『バービー』が秀逸であるのは、現代のポリコレ的な状況を逆手にとって、コメディとして昇華させている点にある。


(画像:「バービー」公式サイトより)

バービーが住む「バービーランド」では、さまざまな人種、さまざまなファッション、さまざまな体形のバービー、あるいはケン(バービーの恋人)が同時に存在している。そのために混乱が生じたり、白人のケンがアジア系のケンに押され気味になったりと、ポリコレの実態が戯画的に描かれていたりもする。

アメリカ社会は、日本以上にポリコレに厳しいと言われているが、一方で、その枠内での表現の自由は最大限に尊重されるし、風刺や皮肉についても寛容に受け入れられているように思える。

バービー人形の発売元のマテル社の描き方についても、「よく会社側がこの描写を許容したな」と思えるようなシーンが多数見られる。

『バービー』は毒舌的な作品ではあるが、その背後にはさまざまな配慮がなされているように見受けられる。ポリコレのジレンマの中で、制作者側は各所に十分な配慮をしつつも、そこからうまく発想を広げて、観客の共感が得られるような作品として仕立て上げることに成功していると言えるだろう。

筆者自身、この映画を十分に楽しみ、考えさせられたが、それだけに、公開前の炎上事件を振り返ってみて、非常に残念に思う次第である。

改めて「炎上事件」を振り返る

映画『バービー』の日本での炎上事件の発端は、アメリカ本国で「Barbenheimer(バーベンハイマー)」がSNSで話題化したことによる。

これは、北米でこれまで語ってきた『バービー』と、”原爆の父”と呼ばれる物理学者の伝記映画『オッペンハイマー』が同日公開されることから、「両作品を一緒に見よう」という趣旨で盛り上がったムーブメントだ。

「Barbenheimer」が盛り上がった背景には、両作品の配給会社は異なるどころかむしろライバル関係にあったこと、コロナ禍で映画産業が危機的な状況にあった後での大型作品の同日公開であったことなどがある。しかし、このムーブメントはあくまでも自然発生的に起こったもので、制作や配給側が仕掛けたものではない。両作品のストーリーや世界観に共通するものがあるわけでもない。

SNS上で「Barbenheimer」が盛り上がりを見せる中、両作品をテーマにした「面白画像」が多数投稿され、拡散するという現象が起きた。そうした中で、原爆とバービーをコラージュした画像も大量にSNS上に出回るようになったのだ。

被爆国の日本でこのようなことが起こることは考えにくい。他国において、このような現象が起きてしまうことも好ましくはないが、上記の現象だけであれば、日本国内で大きく問題視されることはなかったと思われる。

問題になったのは、バービーの公式X(Twitter)アカウントが、これらの投稿に反応をしたことだ。

大きく問題にされたのは公式アカウントが、バービーの髪型がきのこ雲になっている画像に「ケンはスタイリストですね」と投稿したこと、原爆をイメージしたファンアートに対してハートマーク付きで「忘れられない夏になりそう」と投稿したことに対してである。

この対応が問題だったのは明白だが、公式アカウントの運営者が、原爆問題が日本人にとって非常にセンシティブな問題であることに思い至らなかったこと、SNSの盛り上がりに条件反射的に対応してしまったことが背景にあると思われる。

原爆と重ねたファンアートが問題なのはもちろん、アメリカ本社の対応はかなり軽率であるが、この問題だけを切り出して、アメリカ人全体が「日本人を侮辱している」「原爆投下を正当化している(あるいは軽く扱っている)」とまでするのはやや極端かもしれない。

過去のアメリカ映画は日本人に対して偏った描き方をしているものが多く見られたが、最近はかなり配慮されるようになっている。原爆投下に対しても「間違っていた」と考えるアメリカ人も増えているように感じる。それだけに今回の一件は残念だったともいえる。

求められる「他国への政治的配慮」

原爆以外の理由だが、実は日本以外でも映画『バービー』は問題になっている。

ひとつは、作品の中に登場する世界地図の中で、中国が主権を主張する南シナ海の領域を示す「九段線」らしきものが描かれており、それがベトナムとフィリピンの2国で問題視されたというものだ。それが要因となり、ベトナムでは本作は上映禁止となっている。

また、レバノンでは、本作が「同性愛を助長する」ことから、イスラム教の宗教的価値観に反する――との理由で上映禁止となっている。

いかに配慮をしても、国家間の歴史・政治・文化の溝を埋めることは難しいのが実態だ。

原爆の問題に話を戻すと、2015年にディズニーの公式Twitter(現X)アカウントでも炎上が起きている。

8月9日(長崎原爆の日)にディズニー映画『不思議の国のアリス』のイラストとともに、「なんでもない日おめでとう」とツイートしたことが問題視されたのだ。

これを受けて、ウォルト・ディズニー・ジャパンは同日中に投稿を削除し、翌10日に公式サイトで謝罪を行った。

実は、日本企業もこれと似たような問題を起こしている。例えば、2021年ソニーの中国法人は、「7月7日に新商品を発表する」とネット上に広告を掲載したが、発売日が日中戦争の発端となった盧溝橋事件が起きた日であったことが問題視された。結果、同社は謝罪し、発表は延期される結果となった。

内容の是非を議論するにしても、建設的な判断を

確信犯ではなく、知識不足や認識の甘さによって起きたトラブルは、すぐに謝罪をして、適切な事後対応を行えば、そこで事態は収束に向かうのが一般的だ。

『バービー』の場合は、日本の配給元であるワーナー ブラザーズ ジャパンが謝罪文をネット上に掲載、アメリカ・アカウントの反応を「配慮に欠けて極めて遺憾。アメリカ本社にしかるべき対応を求めている」と批判した。アメリカ公式アカウントは投稿を削除はしたが、アメリカ本社側の説明、謝罪はなされなかった。

この点、対応が不完全であったと言えるだろう。作品の中でジェンダー平等を強調し、多様性を尊重するメッセージを発信している『バービー』だからこそ、もっと適切な対応を取ってほしかったと思う。

なお、この炎上に対して、『ヴァチカンのエクソシスト』のプロデューサーであるジェフ・カッツ氏が当事者に代わって謝罪をしたり、日本語吹き替え版で主人公・バービーを演じた高畑充希さんがインスタグラムで正直な思いを投稿したりと、ワーナー ブラザーズ ジャパンと併せて、誠実な対応をされていることは明記しておきたい。

また、今回の騒動が『オッペンハイマー』の日本公開の障害とならないように願いたい。内容の是非を議論するにしても、鑑賞したうえで行うのが建設的であろう。

(西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授)