全世界でヒットを飛ばすも、物議を醸している『バービー』(c)2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

全世界が『バービー』フィーバーに沸いている。全世界興収は、日本の公開を待たずして10億ドルを突破。今年、この大台を超えた映画には『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』があるが、同映画は26日かかったのに対し、『バービー』はわずか17日でたどりついてしまった。観客の感想を調査するシネマスコア社の結果は「A」と、満足度は非常に高い。

しかし、みんながこのピンク旋風を歓迎しているわけではない。日本でも、先日、原爆との合成画像に公式アカウントが反応したことが批判された。それ以外にも、この映画には明らかなフェミニズムなメッセージがあることから、先月21日に欧米で公開されるやいなや、一部の男性から強い批判の声が聞かれているのだ。

ポリコレな映画?

保守派のアメリカ人コメンテーター、ベン・シャピロは、「プロデューサーに引っ張られて『バービー』を見にきたら、これまでに見たもっともポリコレな映画だった。燃えるゴミの山のようなこの映画についての僕の批評は、明日、YouTubeにアップされます」とX(旧ツイッター)に投稿した。

そのYouTube動画のはじめで、彼はバービー人形とピンクの車をゴミ箱に投げ捨て、火をつけて、「これはすべての面において史上最悪の映画だ」と宣言する。だが美術と衣装はすばらしいと言い、背後にあるバービーの家とバービー人形を指して、「これをそのままやれば良かったのだ」と意見した。

「この映画の基本的なテーマは、男性と女性は反対側にいて、お互いを嫌っているのだということ。世の中を平和にするためには、女性は男性を無視し、男性は女性を無視するべきということだ」と、彼は自分の解釈を述べる。

イギリス人ジャーナリストのピアース・モーガンは、「『バービー』が男性を扱うような形で女性を扱う映画を私が作ったとしたら、私はフェミニストから死刑にされるだろう」という見出しの意見記事を執筆。記事のはじめで、モーガンは、今日、男性は悪の支配者で女性は完璧な被害者という概念がフェミニストによって植え付けられており、それに意見をすると女性差別者と言われてしまうと述べる。

その視点から語られる『バービー』は、「唯一の解決法は、地球や自分たちをダメにする男たちを入れずに、女性だけで世の中を仕切ることだというメッセージを送るもの」だと書いた。

(以下、ネタバレを含みます)

『バービー』が描く“現実の世界”が絶対的な男社会であることに対しては、「私の住む現実の社会には、自信があり、すばらしいことを達成している女性がたくさんいる」と反論。クライマックスでアメリカ・フェレーラ演じる人間の女性グロリアが、女性たちが社会から受けているプレッシャーについてパワフルに訴えるシーンについても、「女性でいるということは惨めなんだなと感じた」とすげない感想を述べた。

先週はそこへ、アメリカのコメディアンで政治批評家のビル・マーが加わった。マーはXに、「説教臭い、男嫌いの、『ゾンビ嘘』のあるものでないことを願っていたのだが、その全部だった」と投稿した。

真実ではないことが描かれている

彼によれば、「ゾンビ嘘」とは、真実ではないのに一部の人がそうだと言い続けていること、あるいは昔そうだったことを今もそうであるかのように一部の人が言うこと。この映画でバービーを製造販売するマテル社の役員たちが全員男性として描かれているのはまさにそれだとする彼は、2023年現在、マテルの役員は7人が男性、5人が女性なのだという事実を述べる(この点については、シャピロとモーガンも指摘している)。

そんなマーは、「『バービー』は楽しいかもしれないがゾンビ嘘」と断言し、「私たちが生きている時代を生きよう」と呼びかけた。

そういった彼らの意見に対し、多くの反論コメントも寄せられている。もともとターゲットではない彼らがこの映画を気に入らなかったのは、ある程度仕方がないだろう。だが、実際のところ、「私たちが生きている時代」にバービー人形を映画にするのは、非常に困難なのだということを忘れてはいけない。

これが30年前であれば、シャピロが言うように、素直な形でやることができた。しかし、バービー人形が世の中の女の子たちに完璧なルックスを持つことへのプレッシャーを与えてきたことが批判される中、そこを無視して美しい女優を主役に据え、能天気な映画を作るわけにはいかないのである。

フェミニストのメッセージが必須

このバージョンの『バービー』ができる前には、人がバービーに持つイメージとは違う、ぽっちゃり型のコメディエンヌ、エイミー・シューマー(現在42歳)主演で映画を作る企画があった。その企画は実現しないままソニー・ピクチャーズの権利が切れてしまったのだが、日の目を見なかったその映画について、シューマーは「フェミニスト度が足りなかった」と語っている。つまり、今バービーの映画を作るなら、フェミニストのメッセージを入れるのは必須ということだ。

グレタ・ガーウィグが監督したこのバージョンには、まさにバービーにぴったりなルックスのマーゴット・ロビーが主演するが、映画はそこを逆手に取って、バービーが女性たちに与えるプレッシャーに触れる。それは実に賢いと、筆者は感心した。

それに、この映画は風刺コメディである。風刺では状況が実際よりも極端に描かれるもので、映画の中でマテルの役員が全員男性だったりとか、ライアン・ゴズリング演じるケンが現実の社会に影響を受けてバービーランドを男中心の社会にしようとし、女性であるバービーたちを男性を立てるだけのかわいらしい存在にしたりするのは、その目的でやっているに過ぎない。


主演のマーゴット・ロビーは従来イメージのバービーを表現(c)2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

マーはXへの投稿の中で、昨年「Fortune 500」の企業の役員の45%は女性だったと指摘するが、欧米の一流企業ではそうかもしれなくても、日本を含め、まだ圧倒的に企業は男社会だと感じている人たちは世界に多い。広い視野で見ると、それが「私たちが生きる時代」の現実なのである。

この映画は決して男性を見下すものではない。むしろ、映画の中で一番変化し、自己発見をしていくのは、ライアン・ゴズリングが演じるケンなのだ。映画の途中で悪役になるも葛藤を抱える彼を、フィルムメーカーは終始優しく見つめ続ける。

そして映画の最後で、女性の大統領は、バービーの世界を元のように女性だけが権力を持つようにすることができたのにもかかわらず、これからは男性にも参加してもらおうと決める。そこに至るまでにも、ロビー演じるバービーが、下流国民のように扱われるのはどういう気持ちなのかに気づくシーンがある。

決して男性を貶す映画ではない

つまり、『バービー』は、男性を貶して喜ぶとか、シャピロがいうような男性と女性は無視し合うべきだという映画ではなく、お互いに思いやりをもち、両方が参加できる社会を作っていこうとうたうものなのである。少なくとも筆者はそう受け止めた。それを、ピンクだらけのポップな舞台で、ユーモアたっぷりにやるのだ。

とはいえ、どんな映画でも、気に入る人もいれば気に入らない人もいるもの。それもまた、私たちが生きる社会の現実として、受け入れるべきだろう。

(猿渡 由紀 : L.A.在住映画ジャーナリスト)