うつ病は世界中の多くの人々が苦しんでいる病気であり、治療が難しいことでも知られています。スタンフォード大学とシドニー大学の研究チームは、うつ病患者の認知テストや薬物治療の効果を測定した新たな研究で、「認知能力が低下して一般的な治療薬が効きにくいうつ病のバイオタイプ」を発見しました。

A Cognitive Biotype of Depression and Symptoms, Behavior Measures, Neural Circuits, and Differential Treatment Outcomes: A Prespecified Secondary Analysis of a Randomized Clinical Trial

https://doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2023.18411



Stanford Medicine-led research identifies a subtype of depression | News Center | Stanford Medicine

https://med.stanford.edu/news/all-news/2023/06/depression-subtype.html

A New Subtype of Depression Has Been Identified, And It Could Affect 27% of Patients : ScienceAlert

https://www.sciencealert.com/a-new-subtype-of-depression-has-been-identified-and-it-could-affect-27-of-patients

うつ病は伝統的に「気分障害」と考えられてきたため、治療法としては精神の安定に関与する神経伝達物質であるセロトニンを標的とした、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が処方されるのが一般的です。

しかし、SSRIによるうつ病治療ではあまり効果がみられない患者もおり、過去の研究では抗うつ薬による治療を受けたうつ病患者の4分の1ほどが、治療後も認知テストに重大な問題がみられることがわかっています。



そこで研究チームは、実際に大勢の被験者を抗うつ薬で治療し、寛解した割合や治療前後における認知機能の変化について測定することにしました。まず、過去の抗うつ薬による治療を受けたことがないうつ病患者1008人に対し、セロトニンに作用するレクサプロ(エスシタロプラム)・ゾロフト(セルトラリン)・イフェクサー(ベンラファキシン)を8週間にわたり投与するという治療を行いました。

続いて、8週間の治療プログラムを完了した712人の患者を対象に、治療の前後における抑うつ症状の改善度や生活の質、社会的スキルの回復度についての測定を行いました。また、被験者は治療の前後に言語記憶・ワーキングメモリー・決定速度・注意の持続力といった項目を測定する、一連の認知テストも完了したとのこと。

さらに96人の被験者には、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)で脳活動をスキャンしつつ、ディスプレイに緑色の「GO」が表示されたらボタンを押し、赤色の「No Go」が表示されたらボタンを押さないようにする「Go/No-goタスク」という課題を行ってもらいました。



分析の結果、被験者の27%に「認知機能の低下と不眠症、行動テストにおける認知機能の低下、前頭葉の特定の脳領域における活動の低下」といった、認知機能に関わる顕著な症状があることが判明しました。

研究チームが「cognitive biotype(認知バイオタイプ)」と呼んでいるこのうつ病のバイオタイプを持つ患者は、それ以外の被験者と比較してGo/No-goタスク中の背外側前頭前野と背側前帯状領域の活動が大幅に少なかったとのこと。これらの領域は認知的制御回路を形成しており、持続的な注意力や事前の計画、目標の達成などに大きく関与しています。

また、今回の研究で用いられた3つの抗うつ薬によるうつ病の寛解率は、認知バイオタイプ以外の患者では47.7%だったのに対し、認知バイオタイプの患者では38.8%と低いことが判明。特にゾロフトでは認知バイオタイプのない人では寛解率が50%でしたが、ある人では35.9%にとどまっていたとのことです。



論文の筆頭著者であるスタンフォード大学のローラ・ハック助教は、「精神科医は治療方針の決定に役立つうつ病の測定ツールをほとんど持っていないため、この研究は非常に重要です」「これまでの測定ツールはほとんどが観察と自己申告によるものであり、認知タスクを実行しながらの画像診断はうつ病治療の研究において斬新です」と述べています。

研究チームは、行動測定と画像診断がうつ病のバイオタイプを診断するのに役立ち、より良い治療につながる可能性があると考えています。しかし、これまでの研究からうつ病には12種類を超えるバイオタイプがあるとわかっているものの、依然としてすべての患者に対してほぼ同じ治療法が提供され続けており、「患者のバイオタイプに応じてどのように治療法を変えるべきなのか」を理解することが今後の課題となっています。

たとえば、背外側前頭前野を標的にするグアンファシンはその他の抗うつ薬と比較して、認知バイオタイプの患者に対する効果が高い可能性があるとのこと。今後の研究では、認知バイオタイプを持つ患者を対象にして薬物療法や磁気刺激療法、認知行動療法などの効果を調査する予定だそうです。

ハック氏は、うつ病の患者は治療法を試行錯誤している間にも苦しんでおり、治療が長引いた時には自殺するケースもあると指摘。「これは、うつ病が異なるものであるにもかかわらず、すべての患者に対して同じ作用機序を持つ薬から始めるからです。今回の研究は、それを変える助けになると思います」とハック氏は述べました。