「婚活惨敗」体験を論文や本にする経営学者の真意「自分を切り売りするのは辛いけど…」 高橋勅徳氏
自身が婚活でことごとく失敗した体験をもとに、婚活を研究テーマとした論文や書籍を出版している経営学者が注目を集めている。
東京都立大学の高橋勅徳准教授(48)が2020年に発表した論文「増大するあなたの価値、 無力化される私 婚活パーティーにおけるフィールドワークを通じて」は、その年の学術論文の中で、最もネットでの閲覧数が多かった。
高橋氏は、43歳だった2018年、大手婚活総合サービスに勤務する教え子から、公立大学准教授で高収入ということを理由に、「うちの婚活パーティーを使ったら、あっという間に相手、見つかりますよ」と言われたことがきっかけで婚活を開始。
婚活パーティーや結婚相談所を通じて、2年半取り組んでみたが、高橋氏より、もっといい条件の男性を求める女性たちから、ことごとく振られた。
このことから、結婚情報サービスを通じた婚活では、陳列棚に並ぶ「データ化された商品」としての男性たちが、女性たちからマッチングを見送られ続けて、婚活市場で選ばれない構造が生まれていることを分析した。
論文では、以下のような自身の体験談が赤裸々に書かれている。
女性:言い出しにくかったけど,ちゃんとした交際はやめておきたい.
筆者:えっ,なんで?
女性:この二ヶ月,すごく大事にしてくれたし, いろんなところ連れて行ってくれて,気も遣ってくれて嬉しかったし楽しかった.そしたら, こんな私でもこれだけ大事にしてくれるって自信がついたし,だったらもっと若くて上の人と恋愛して結婚するのを狙えるなと思っちゃって.だったら,あなたとは無理に付き合わなくてもって思ったの.
2021年には、婚活の難しさを、自分が商品化され、比較されることで売れなくなる過程として分析した学術書「婚活戦略」(中央経済社)、2023年には、婚活マッチングアプリからの学びを解説した「大学准教授がマッチングアプリに挑戦してみたら、経営学から経済学、マーケティングまで学べた件について。」(クロスメディア・パブリッシング、以下「マッチングアプリ本」と呼ぶ)を出版して、現在、3部作のラストとなる「婚活の経営学(仮)」(中央経済社)の出版を控えている。
高橋氏は、企業家研究やソーシャル・イノベーション論が専門の研究者だが、なぜ、自身の婚活体験を世に広めたいと思ったのか。研究者にとってどんな意義があるのか、聞いてみた。(編集部:新志有裕)
●研究成果はほとんどの人に読まれていない
ーーなぜ婚活体験を論文にしようと思ったのでしょうか。
私はこれまで、フィールドワークの研究手法で、人の話を聞いて、本や論文を書くことをやってきたのですが、学会報告や論文投稿に際して他の研究者から、「それは客観的なんですか」「一つの事例だけですよね」と言われることが何度もありました。
でも、よく考えると、どれだけ科学的な手続きで、定量的に研究をしたとしても、仮説や理論って、結局は誰かの主観なんですよね。そこまで深く考えることなく、「客観性」でマウントとってくる研究者たちに対して、冷静にブチ切れてきました。
そういったことよりも、研究成果が社会に影響を与えることの方が重要だと思います。私が書いてきたベンチャー論の学術書は、研究者の内輪では評価されているけれども、せいぜい同じ分野の研究者と、授業の教科書として買った学生が読むだけで、実のところはほとんどの人に読まれていません。研究論文を出すことは大事ですが、査読付き論文を書いて、学会賞をもらうゲームの攻略に夢中になってしまっては、本末転倒です。
そんな問題意識を持ち始めた頃に、研究者仲間からすすめられて、婚活の体験を論文にしてみたら、SNSでささやかですけどバズりまして、読んだ人たちが感想を語りあうということが起きました。私の主観が、バズることで客観的な現実になる体験をしたわけです。これをみて、言葉で勝負する人間として、もっと研究成果を広く流通させないといけないと考えました。
ーーそれぞれの書籍にはどんな狙いがあるのでしょうか。
1冊目の「婚活戦略」は、女子高生でも読める文体を意識しつつ、理論的にしっかりした学術書にしました。学術の世界では、本は厚ければ厚いほど偉いと考える人もいますけど、それだと普通の人は読めません。土日で読み切れる分量として、意図的に200ページ以下にしました。
2冊目の「マッチングアプリ本」は、自分の婚活体験をパロディにした学びの本で、ビジネス書の枠からも逸脱している面があります。5ちゃんねるでも取り上げられて、面白ネタになりました。商業出版の中で、自分がコンテンツライターとしてどこまでやれるかのフィールドワークでもあります。
ーーそこまでやることで、何を伝えたいんでしょうか。
世の中、何でもかんでも「経営学化」してないか、という疑問があるんですよ。例えば、私が専門にしているベンチャー論ですね。
経営者が会社を大きくして、お金を稼ぐための方法論になっているわけです。でも起業するひとの動機を調べていくと、金儲けだけが目的じゃなくて、社会問題に取り組みたいとか、自分の家族や趣味を大事にしたいとか、目的は様々ですし、それぞれに起業スタイルが異なります。そこを無視して、億万長者になるゲームとして起業が捉えられるようになり、経営学側もそれを助長するような研究を展開しています。
これはビジネスの世界だけでなく、日常生活に経営学が忍び込んでしまっています。婚活という言葉は典型ですよね。「大学准教授がマッチングアプリ・・・」という本はフィクションではありますが、実際に婚活の当事者も、支援する業者さんも、経営学的に恋人探しや、結婚相手選びを行っているわけです。
社会全体が経営学に「汚染された」状態になるのであれば、良かれと思って研究者が発信していることも害悪になりかねません。だから、婚活というテーマを通じて、その背後にある問題を伝えたいと思ったんです。
●ホステスやガールズバーの女性が読んでいるのを目撃した
ーー論文や本に書いてきた自身の体験の中で、最も辛かったことはなんでしょうか。
やはり、クリスマスの前に、割とうまくいきそうだった女性に振られて、しかも、その女性から、知り合いの研究者を紹介してほしいと言われた場面ですね。インタビューはどこまでも他人事ですが、自分の体験を書くことは、精神衛生上、悪い方向にいきます。
私小説を書いている人は狂っていきますよね。自殺する人もいます。これまでに出した2冊の本はどちらもほぼ私小説なのですが、人に追体験させるために書いていると、本当に辛い気分になります。
また、自分というキャラが表に出てしまうことで、外を歩けない気持ちにもなります。でも、顔出し取材に応じています。朝日新聞、読売新聞などの新聞はもちろんのこと、YouTubeの動画にも出ましたし、AbemaTVにも、フライデーにも出ました。
プライベートを切り売りしているので、母には読ませられないですね。母は本のことを知っているみたいですが、「棺桶には入れるけれども、読ませられない」と伝えています。
ーーただ、狙い通りに広がったとも言えますよね。読者からの反響はいかがですか。
ラブレターからファンレターまで届きますね。女子高生がSNSで呟いてくれているのもみました。
本が読まれている場面を直接みたことも印象に残っています。深夜の歌舞伎町のカフェで、隣の席にいた、明らかにホステスのお姉さんが「婚活戦略」を読んでいました。ガールズバーのお姉さんらしき女性が「マッチングアプリ本」を読んでくれているのをみたこともあります。
ふだん、経営学者の本を読まない人にまで届いているのを肌で感じますね。
●商業化された「シニア婚活」の体験を20年後にやってみたい
ーー今回の論文や本のように、自分の体験を学術的に分析してまとめる手法は「オートエスノグラフィー」と呼ばれていますが、この手法の可能性も感じましたか。
最初に説明したように、客観性についてあれこれ言われてしまうこともあり、なかなか学術誌には載らないため、駆け出しの研究者がやってはいけないかもしれません。でも、読者にリアリティを感じてもらえますし、商業出版との相性はいいです。
オートエスノグラフィーを実践したことは、研究をいかに広めていくために、学会以外のコミュニケーション手段と、どのような研究方法を組み合わせていくのか、ということを戦略的に考える良い経験になりました。
ーー3部作のラストとして、近々出版される「婚活の経営学(仮)」はどんな本でしょうか。
自ら婚活をやって、卒論を書いてくれた女子学生がいました。とても興味深いものでしたので、女性からみた婚活市場の力学も描きながら、男女それぞれが婚活市場の中で何ができるのかを考察しています。また、マッチングアプリの運営会社や結婚相談所に対するビジネスモデルの提案もしています。
ーー今後、再び婚活をして、本にしたいという気持ちはありますか。
自分を切り売りしていると、本当に辛くなります。やるとしたらあと1回ですね。今の社会は、死ぬまでの過程も「経営学化」されていると言えるので、余命宣告をされてもそういった社会から逃れられない、ということを本にするかもしれません。
あとは、70歳くらいでシニア婚活をやってみることですかね。そんな元気は絶対になさそうですが、もしあれば。
60歳以上のシニア婚活では、年金以外の副収入があるかどうかでモテ度が変わると聞きました。あとは、皮肉な話ですが、年上の方がモテると聞きました。後妻業の実態について、誰かにインタビューするのは失礼ですから、自分が20年後にやってみるのは面白いですね。
【プロフィール】 高橋勅徳(たかはし・みさのり)
東京都立大学 大学院経営学研究科准教授
神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了、博士(経営学)。沖縄大学法経学部専任講師(2002‐2003年度)。滋賀大学経済学部准教授(2004‐2008年度)。首都大学東京大学院社会科学研究科准教授(2009年‐2017年度)を経て現職。専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。第4回日本ベンチャー学会清成忠男賞本賞受賞。第17回日本NPO学会賞優秀賞受賞。