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早稲田大学の大学院生だった女性が、当時の指導教授だった文芸評論家の渡部直己氏からハラスメントを受けたとして、渡部氏と大学に損害賠償をもとめた訴訟で、東京地裁(中村心裁判長)は4月6日、渡部氏と大学に連帯して55万円の賠償を命じる判決を言い渡した。また、適切な対応をとらなかったとして、大学に対して追加で5万5000円の支払いを命じた。

原告は、詩人の深沢レナ氏。大学院に入学したあと、渡部氏から「俺の女にしてやる」と言われたり、身体を触られたりするなどのセクハラや、指導上のアカハラがあったとして、2019年、渡部氏と大学を相手取り計660万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。

東京地裁の中村裁判長は、一部のハラスメントがあったと認めた。また、別の教員に相談した際、不適切な対応があったことから、大学側の配慮義務違反があったと判断した。

この日の判決後、深沢氏は東京・霞が関で記者会見して「加害者側はハラスメントをたった一度の過ちと言いますが、被害者にとっては人生を破壊するものです。ハラスメントは人が起こすものであり、きちんと対策すれば防ぐことができるはずです」と語った。

●アカハラは認められず

判決によると、ハラスメントと認められたのは、既婚者である渡部氏が2017年4月、深沢氏に「卒業したら俺の女にしてやる」と発言したことなど一部だった。

この発言について、渡部氏側は「ジョークであり、親しみという意味だった」と反論したが、裁判所は「原告に許容しがたい性的な不快感を与えるものといえる」として、原告の人格権を侵害するもので違法だと判断した。

また、深沢氏が創作のよりどころにしている村上春樹や河合隼雄などの作品や思想について、渡部氏が授業中に「死ね」などと苛烈な表現を用いて、彼らを信奉する者は「田舎者」「バカ」という趣旨の言葉を述べたことは事実と認定した。

しかし、深沢氏を精神的に追い込む加害目的ではなかったとして、「大学の教員が講義においておこなう意見表明の範囲」として、アカハラは認めなかった。

これ以外にも原告側が訴えていた複数のハラスメントについて、判決では退けられている。

また、判決によると、「俺の女にしてやる」などと言われるセクハラを受けた際、深沢氏が別の教員に相談したところ、「セクハラはもっとすごいやつだ」「原告には隙がある」「原告の視線の動かし方が異性を勘違いさせてしまう」などと言われたという。

こうした対応について、東京地裁は「原告の性的自由に関する人格権をさらに侵害するもの」であり、「良好な学習環境で学習する利益を侵害するもの」と指摘し、「原告の学習環境が損なわれることのないよう適切に配慮する義務に違反するもの」とした。

なお、早稲田大学は2018年7月、ハラスメント問題を受けて渡部氏を解任している。

●「大学の責任まで認めたことは意義がある」

深沢氏の代理人をつとめる山本裕夫弁護士は会見で次のように述べた。

「大学におけるハラスメントについて、人権侵害の事実を公にして、大学の責任まで問うことができたことは意義があると思います。ハラスメントを受けながら、黙っていたことによって、あとの人にもハラスメントが繰り返されないよう裁判を起こしました。その役割は果たせたと思います」

しかし、複数のハラスメントが認められなかったことについては、「判決では個々のハラスメントについて判断していますが、ハラスメントが継続することによって被害が蓄積していったことを理解していない」と批判。賠償額についても「深沢さんが大学院を中退せざるをえなかったり、創作活動にも影響したにもかかわらず、少ない」とした。

深沢氏はまた、ハラスメントの被害を訴える難しさについて次のように語った。

「被害からここまで、6年かかりました。私の場合は証拠も証人も揃っていましたが、大学という組織と戦うことは個人にとても負担が大きく、二次加害もひどかった。被害者が矢面に立たされるあり方を変えてほしいと思います」

さらに大学側をこう批判した。

「ハラスメント被害に遭ってしまったとき、大学側から『大変だったね』と声をかけてもらい、加害者に接触禁止などの決定をすることができていたら、ここまで被害が大きくならなかったと思います」

深沢氏は、ハラスメント被害に苦しむ人に向けて「苦しいのは、自分のせいではないということに気づいてほしいです。そのあと、我慢しないで安全な場所に避難してほしいと思います」とうったえた。

●渡部氏は控訴しない方針

深沢氏側は控訴するか検討するという。一方、渡部氏の代理人は、弁護士ドットコムニュースの取材に対して「控訴しない方針」と述べた。

早稲田大学は、弁護士ドットコムニュースの取材に対して次のようにコメントしている。

「本日の判決を受け、極めて慙愧に堪えません。本学としましては、ハラスメントはあってはならないものと考えており、再発防止に向け全学をあげて取り組んでおり、再び同じような事案を起こさぬよう、今後も全力で再発防止策を講じて参る所存です。被害者の方に対しては、本学の元教員がセクシャルハラスメントにあたる言動を行ったことについて、心から深くお詫び申し上げます」