「患者に『自慢のラーメン』出せない」 Googleマップ「口コミ」問題、医師の言葉の意味
宿泊業界のカスハラや、ネットの口コミの問題を報じたところ、「病院にも悩みがある」と現役の開業医から弁護士ドットコムニュースに相談が寄せられた。
関東で内科クリニックを手掛ける医師の木村雄二さん(仮名=50代)は「こと病院に関して、Googleマップの口コミが正しく評価されているとは思えない」と話す。
医学的に正しくありたい、患者には真摯で向かいあいたいと医師が望めば、ときには患者の要望を断ることもありえる。その結果、「星1」の評価を受け入れるしかないのかという疑問を持っている。
コロナの発熱外来として患者を必死に受け入れる中で、「待たされた」ことを理由に星1をつけられ、虚しさも感じたという。
「同じく口コミに左右される飲食業界でも、たとえばラーメン屋ならすべての客に自慢の一品を出せばいいのに対して、病院は患者の望む『ラーメン』を出せない場合もある」 (編集部・塚田賢慎)
(※施設や患者の特定を避けるため、書き込みの内容は必要の範囲でボカしている)
●「診察に来たあの親子だ」すぐにピンときた
院長の木村さんは最近、「星1」の口コミをGoogleマップで見つけた。
「検査は無駄だと院長から説教された」 「患者の気持ちに寄り添わず、否定する発言ばかり。病気を治したい一心で我慢して聞いた。こんな病院はおすすめできない」
匿名でもすぐにピンときたという。
「投稿のあった日は、ある症状のつらさで眠れないという高齢者が家族に連れられて来た」
複数の専門的なクリニックでも改善がみられず、ネットの情報を頼りに、内科的な検査を希望されたという。
しかし、のちに木村さんがよくよく話を聞くと、専門医のすすめる治療を拒否していたことがわかったため、このケースでは不要と考えられる検査ではなく、専門科による再度の受診・治療をすすめたそうだ。結局は話が折り合うことはなかった。
関連があるとまで言い切れないが、口コミ以降、新患が減少している。
Googleマップの口コミには、期待する治療や薬の処方、検査を受けられなかった患者から、不平を書かれたり、コメントなしで「星1」にされたりすることがある。
特に最近は、患者が目の前の医師の話を聞こうとせず、ネットで仕入れた治療法をとにかく受けたがるケースも少なくないそうだ。
「自費ならまだしも、特に保険診療ではできない治療もあって困っている」
木村さんとしては、医学的に正しい改善方法をすすめたつもりだった。納得できない口コミを書かれ、訪れる患者が減ったとすれば、一人の医師としても、スタッフを抱えて経営する院長の立場としても、見過ごせない事態だった。
●医師が口コミの返信をためらう理由
開業以来初めて返信しようと、文面を作り、知り合いの医師らに意見を求めると「穏便に済ませよう」「謝るだけにしたほうがいい」と後ろ向きな態度だったという。
同業者が消極的だったのは、医学的に正しい返答でも、患者のプライバシーに関わる情報を公にする法的なリスクのほか、返信きっかけの炎上を心配したからだった。
患者から実名で言いがかりをつけられることもあるが、匿名よりさらに守秘義務にふれることを恐れ、何も書けなかった。
また、「待合室が狭い」「受付時間を過ぎて行ったら断られた」という口コミの指摘は事実だが、それを理由に星1をつけられたときにも納得できなかった。
新型コロナの発熱外来として、スタッフが満身創痍になったときも「時間がかかった」と星1にされ、むなしさを感じたこともあった。
●低評価がついて患者が離れたら…常連が喜ぶ
病院を高評価にするインセンティブがないとも指摘する。
「これまで数万人が受診し、口コミ数は総患者の1000分の1くらい。そのうち3分の1が低評価をつけた。平均点でみると極端な評価が左右している面があり、サンプルとして適切とは思えない。
満足しているかかりつけ患者に良い口コミを書くインセンティブはない。むしろ、低評価の口コミで患者が減ると、待ち時間が減ってメリットにさえなる。評価は悪くなる一方ではないか」
●患者から高評価の病院がよい病院?「それは違うでしょう」
あるクリニックの口コミで「風邪の症状で来たけれど、ついでにお腹のエコーもやってくれてよかったです」という高評価をみつけた。
「そのクリニックは本来関係のないことをやっていて、医学的には正しくない。まったく必要ない検査を保険診療でおこなうのは僕らにとって恥ずかしいこと。
患者の口コミの評価の軸と医学的に正しいことの評価の軸は必ずしも一致しない」
ルールや倫理に従う医師の評価が相対的に下がることが懸念されるというわけだ。
「患者の言うとおりに応じていれば悪い評価にはならない。不必要でも検査が増えれば経営的なメリットにもなる。点数がちらつくと医学的に不適切な選択をしてしまう誘惑はあるかもしれない。口コミサイトって世の中の役に立っているのかなと思う」
診察後の患者にQRコード付きの名刺を渡して、口コミを書くように誘導する病院もある。木村さんは「経営努力」と捉えて実践する気にもなれない。
●病院のGoogleマップの口コミに、法的な解決はなかなか望めないのが実情
医療業界におけるGoogleマップの書き込みとどのように向き合えばよいのか。インターネットの法的問題にくわしい清水陽平弁護士によれば、守秘義務に触れてしまうため、医師がGoogleマップの口コミに反論するのは事実上難しいという。
「内容的に『あり得ない』口コミでもない限り、反論する以上は具体的な診療内容などに触れざるをえず、守秘義務の問題が生じます。
『あの患者だろう』と想定ができる場合でも、返信機能を用いて反論することは事実上難しいのが現実といえます。
法律事務所にも同じような問題があり、私の法律事務所のGoogleマップにも『そんなことはあり得ないなぁ』という口コミがいくつかされています」
清水弁護士によると、Googleマップに載った施設の管理者が口コミを非表示にすることはできないという。
●削除のためには、名誉毀損を立証する必要がある
口コミの削除には、ウェブフォームから申請する方法と、裁判手続を使う方法がある。
ウェブフォームを使っても「現時点ではGoogleとして特に対応はとらないという決定に至りました」と回答されることも少なくない。
「明らかに虚偽の内容だと指摘しても、こう回答されるため、事実上、裁判手続が必須といえる状態です」(清水弁護士)
裁判では名誉毀損を立証しなければいけないが、Googleマップの口コミのほとんどが条件にあてはまらないという。
「Googleマップの口コミは、事実関係が書かれているというより、意見や論評が主となっているため、削除が認められにくいのが実際です。
意見論評型の名誉毀損において削除が認められるには条件を満たす必要があります。 (1)社会的評価の低下があること (2)公益性、公益目的がないこと (3)意見論評の前提となる事実の重要部分が真実ではないこと
さらに、上記(1)〜(3)を立証できたとしても、人身攻撃に至るなど意見論評としての域を逸脱しているといった事情を立証できなければいけません。
口コミでは、前提とする事実関係が明確に書かれているわけではないことも多く、そもそも事実の重要部分自体が不明で、立証もできないというケースが少なくないのです」(清水弁護士)
木村さんのクリニックへの「検査は無駄だと院長から説教された」という口コミも同様だ。
「『説教などしていない』」としても、患者側がどのように感じたのかについて虚偽だと立証することは不可能です。一般的な感想の範囲にあるものとして、裁判をしたとしても認めてもらえないと予想されます。
投稿者が思い当たるのであれば、直接求めることで、削除してもらえることはあります。ただ、接触してさらに悪意ある口コミを重ねられてしまう例もあり、何が正解かということは言いにくいところです」(清水弁護士)
●Googleマップの口コミに対して、医師は無抵抗な「サンドバッグ」状態と言える
匿名・実名問わず、返信にはリスクがあるというのであれば、それはプラットフォーム側に問題があり、対策をとる必要があるのではないかと木村さんは指摘する。
木村さんは、ここ1〜2年の口コミで区切ったり、平均点を示さない、あるいは施設側が口コミを載せない選択制にしてほしいと要望する。
「Googleマップというプラットフォームは、納得できない口コミには返信できるからよしとされているのかもしれない。返信が苦手な人もいるし、経営がうまくいっていないときの変な書き込みは精神的に病んでしまう。医師だって強い人ばかりではない。
評価が世の中の役に立つような方向にすすんでほしい」
【取材協力弁護士】
清水 陽平(しみず・ようへい)弁護士
インターネット上で行われる誹謗中傷の削除、投稿者の特定について注力しており、総務省の「発信者情報開示の在り方に関する研究会」(2020年)、「誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ」(2022年〜) の構成員となっている。主要著書として、「サイト別ネット中傷・炎上対応マニュアル第4版(弘文堂)」などがあり、マンガ「しょせん他人事ですから 〜とある弁護士の本音の仕事〜」の法律監修を行っている。
事務所名:法律事務所アルシエン
事務所URL:http://www.alcien.jp