総務省の「行政文書暴露」が物議 過去の流出事件を振り返って見えてきたもの
立憲民主党の小西洋之議員が3月2日、放送法第4条第1項に定める『政治的公平』の解釈について、当時の総理補佐官と総務省との間のやりとりに関する一連の文書を公開しました。
この文書の真贋をめぐって、小西議員と答弁した高市早苗・経済安全保障担当大臣(当時総務大臣)の間で議論が続いています。その後、1カ月が過ぎようとしていますが、文書の真贋に注目が集まり、肝心の政治的公平や政治のメディアへの介入の是非といった大きな問題についての議論は進んでいません。
そもそも、どうして行政文書の暴露は起こるのでしょうか。今回は、これまでに起こった行政文書をめぐる事件を振り返りながら、行政文書の暴露はなぜ起こるのか、そしてその結果どうなったのかを振り返ります。(加藤博章)
●政治家の問題追及の材料として使われた西山事件
行政文書漏洩事件として、良く知られているのが1971年の沖縄返還協定に関連した機密文書の漏洩事件、いわゆる西山事件でしょう。この事件を簡単に紹介すると、1971年に当時の佐藤栄作内閣は沖縄返還をアメリカと交渉していました。そして、返還にあたり、原状回復費400万ドルをアメリカが日本に支払うとしていました。
1972年に入り、日本社会党の横路孝弘と楢崎弥之助が衆議院でこの問題を追及します。この費用を日本側が肩代わりするという密約があったのではないかということです。このとき彼らは、愛知揆一外相とマイヤー駐日アメリカ大使との大詰めの返還交渉の概要内容、外務省井川条約局長とスナイダー在日アメリカ公使との会談における400万ドル支払いについての米国側からの提案内容についての電文を入手していました。これをもとに政府を追及したのです。
しかし、この電文は言うまでもなく極秘のものでした。入手先がどこかが議論になります。本来ならば、入手元の保護は必須ですが、コピーする際に秘匿せず、また横路議員も入手した電文をそのまま政府に提出したため、直ぐに入手元が外務省の女性事務官であり、彼女が毎日新聞社政治部記者の西山太吉に渡したことが明らかになります。
両者は国家公務員法違反で逮捕され、1978年5月31日に最高裁判所で有罪判決が下ります。判決文においては、「報道機関が公務員に対し秘密を漏示するようにそそのかしたからといつて、直ちに当該行為の違法性が推定されるものではなく、それが真に報道の目的からでたものであり、その手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限りは、実質的に違法性を欠き正当な業務行為である」とし、報道の自由について配慮をしています。
一方で、「当初から秘密文書を入手するための手段として利用する意図で女性の公務員と肉体関係を持ち、同女が右関係のため被告人の依頼を拒み難い心理状態に陥つたことに乗じて秘密文書を持ち出させたなど取材対象者の人格を著しく蹂躪した本件取材行為は、正当な取材活動の範囲を逸脱するものである」とし、西山の行為はその範囲を逸脱しているとします。これらを要約すると、報道の自由は尊重すべきものであるし、正当な取材活動の範疇ならば問題ないが、今回の件についてはそうではないというものです。
たしかに、いわゆる西山事件では西山側の行動に疑問が呈されていました。まず、極秘文書の暴露が議会で行われたことです。本来ならば、毎日新聞の紙面で行うべきものでしたが、1971年6月18日付の毎日新聞で密約をほのめかしてはいるものの、電文や具体的な密約の中身には触れていません。具体的な内容が明らかになったのは横路、楢崎両議員の暴露が初めてです。報道ではなく、政治利用させるための行為であったとの批判は免れ得ません。
また、取材源の秘匿についても批判が寄せられています。ジャーナリズムにとって、取材源の秘匿は必須です。しかし、それが不完全であったために、情報提供者の逮捕を招いてしまいました。このことも報道倫理上疑問視されています。
いずれにせよ、西山事件は、山崎豊子の『運命の人』の題材になるなど、大きく注目された事件でした。また、特定秘密保護法制定と合わせて、報道の自由の問題が注目される中で、西山自身も発言をするようになります。その一方で、西山事件は報道の自由とは何か、機密の暴露によって何を得たのかという問題を突き付けていると言えます。
●「国民に見てほしい」と流した尖閣諸島中国漁船衝突映像
この事件は、尖閣諸島中国漁船衝突事件の発生時に、海上保安庁石垣海上保安部が録画し、海上保安庁と那覇地方検察庁が保管していたと思われる映像が、海上保安官によってインターネットの動画共有サイトYouTubeに公開された事件です。
2010年9月7日に尖閣諸島付近をパトロールしていた海上保安庁の巡視船が中国籍の不審船を発見しました。日本の領海からの退去を命じましたが、不審船はこれに応じず、違法操業を続けます。そして、逃走しますが、この際に巡視船2隻に衝突し、破損させました。海上保安庁は不審船の船長を公務執行妨害で逮捕します。
これに対して、中国政府は、尖閣諸島は中国の領土として、海上保安庁の行為に抗議し、船長の即時釈放を要求しました。日本政府は船長以外の船員を帰国させ、漁船も中国に返還しました。しかし、肝心の船長については、国内法に基づいて司法手続きを進めていくとします。
中国側はこれに強く反発します。日本との閣僚級の往来停止、航空交渉の中止などの措置を取るとともに、中国本土にいたフジタの社員を許可なく軍事管理区域を撮影したとして、拘束します。そして、レアアースの日本への輸出について、通関業務を意図的に遅らせました。いずれも船長への日本政府の対応に対する報復措置です。
こうして、日中間は緊張関係が強まっていきますが、9月24日に中国人船長が処分保留として突然釈放され、翌日には中国側の用意したチャーター機で中国へと送還されました。この事態に対して、当時の民主党政権を非難する声が上がります。
11月4日、ハンドルネーム「sengoku38」こと海上保安官の一色正春によって、漁船衝突時に海保が撮影していた44分間の動画がYouTube上に流出しました。それ以前の11月1日に2時間のビデオを6分50秒に編集したものが衆議院予算委員会で、衆参両院の予算委員長など30人に限定して公開されました。
しかし、YouTubeにアップロードされたのはさらに長いものになります。この動画は海上保安庁のサーバーの共有フォルダに保存されていたものであり、アクセス制限はかかっていなかったとされています。
11月8日に海上保安庁は国家公務員法守秘義務違反、不正アクセス禁止法違反、窃盗、横領の疑いで警視庁と東京地方検察庁に告発しました。そして11月10日に流出させた海上保安官(一色)が名乗り出ました。事件自体は、12月22日に一色を警視庁が国家公務員守秘義務違反容疑で東京地検に書類送検しますが、2011年1月21日に起訴猶予となりました。一方、一色は停職12カ月の処分を受けた上で12月18日に退職届を提出し、受理されます。
この事件は、保安官が動画を見て国民に判断してほしいという意図から流出させたものと言えます。情報漏洩では、その業務に携わっている人、もしくは情報に接する立場の人間が義憤に駆られるなど、何らかの動機で漏洩させるというのはしばしば見られることです。この事件もそのような範疇に入るといって良いでしょう。
●政局化してしまい、政策には結びつかなかった
ここまで2つの事件を紹介してきました。いずれも暴露によって世の中を変えたいという目的から起こったものです。しかし、彼らの意図が達成されたのかというと、その判断は難しいところです。
情報の暴露はそれが機密であればあるほど世の中に与える衝撃は大きいものになります。しかし、それがゆえに情報として消費され、特に何も変わらなかったということになるのもしばしばです。
2017年に上映された『ペンタゴン・ペーパーズ』では、ベトナム戦争に関して国防総省が極秘に行っていた調査研究の資料が暴露される過程が描かれました。ここでは、メディアが報道していますが、日本の場合には国会で暴露が行われるというのもしばしば見られます。物事を変えるならば報道機関よりも議会に持っていくということなのかもしれません。
一方で、暴露が有効に活用された、つまり暴露によって何かが変わったとも言えないのが難しいところです。冒頭で紹介した総務省の文書をめぐっても、文書の真贋や議員辞職の問題ばかりに注目が集まり、肝心の問題は置き去りになっています。
言い換えれば、政局化してしまい、政策には結びつかなくなってしまったというべきでしょう。結局のところ、暴露に世の中を変える力があるのかは微妙なところかもしれません。
<参考資料> 「外交報道と尖閣ビデオ問題」『新聞研究』第715号、(2011年2月)。 最決昭和53年5月31日刑集第32巻3号457頁。