広島市立大の卒展でギャラリーストーカー出没、学生は恐怖で助け求め「警備を強化して」
中年男性が、バッグから取り出した靴を男子学生に履かせようとする。別の中年男性は、「かわいいから目をつけてた」といって女子学生を出待ちし、プレゼントを渡そうとする。
今年2月、広島市立大学芸術学部の卒業・修了作品展(卒展)で、実際に報告された来場者の迷惑行為だ。
画廊などの展示会場で、作家につきまとう人たちは「ギャラリーストーカー」と呼ばれている。誰でも訪れることができる美大や芸大の学内の展覧会にも出没し、若い学生たちにつきまとう。
広島市立大は取材に対して、「これまでも迷惑行為は報告を受けており、学生への注意喚起や教員の巡回などの対策をとってきた」と説明する。一方で、今年も会場にいた学生たちは、実際に恐怖を覚えたり、身の危険を感じたと訴える。
広島市立大の卒展で、何が起きたのだろうか。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
●学生のアンケートで明らかになった迷惑行為
ギャラリーストーカーは、作家に作品に関係のない話をして、さながら「無料のキャバクラ」のように長時間接待させたり、作家の個人情報を聞き出したりする迷惑行為を指す。ひどいケースだとナンパしたり、男女関係を求めてくることもある。
広島市立大の卒展は2月10日から5日間、学内の芸術学部棟を会場に開催されたが、そうした被害が多数確認されたという。
卒展は、教室やアトリエに190点以上の作品が展示され、入場無料で誰でも来場できた。
そうした中、複数の来場者による被害が発生した。卒展を運営した4年生が被害状況を調べようと、2月中に実施したアンケートによると、迷惑行為の多くが中年男性によるもので、次のような迷惑行為があった。
・卒業後の進路やバイト先などの個人情報をしつこく聞かれる ・男子学生に男性性器の話をする ・学生と作品を性的に侮辱するような発言をする ・ポケットに入れていた食べ物(レモンやクッキーなど)を渡してくる ・4年前、学内に掲示されていた女子学生の名前付き顔写真をチェックしており、卒展の際に本人に「かわいいから目をつけていた」「4年越しに会えることを楽しみにしていた」といって待ち伏せしたりプレゼントを渡そうとしたりする ・作品写真を撮影し、学生に名前やコンセプトを書き込むよう求めてくる
このアンケート結果は、卒展の担当教員らに提出されたという。
●「学生が1人になった時に狙われる」
「展示会場には、学生が交代で配置されていましたが、1人になったときに狙われて、被害に遭うことが多かったです」
そう話すのは、自身もギャラリーストーカー被害に遭った広島市立大の大学院生、山下栞さんだ。
芸術学部は女子学生が8割近くを占めていることから、被害も女子学生に集中した。特に小柄な女性は狙われやすい傾向にあったという。来場者の迷惑行為に恐怖を感じた学生が、電話で卒展の運営委員会に助けを求めたこともあった。
「ギャラリーストーカーの多くは男性で、女性より大柄ですので、距離を詰められると圧迫感や恐怖感があったそうです。1人だったのでどう対応したらよいのかわからず、怖かったという声が女子学生から上がりました」
卒展後のアンケートでは、「警備を強化してほしい」という要望が多く寄せられたという。
●卒展で毎年繰り返される被害
実は、広島市立大の卒展におけるギャラリーストーカー被害は、今年が初めてではない。中には8年前から同様の行為を繰り返している中年男性もいるという。
「これまで、毎年この問題が報告されてきましたが、特に対処されないまま放置され続けてきました」(山下さん)
卒展前、学生たちは「要注意人物が現れても、学生のみで対応しなければならない場面があり、大きなストレスになっている」「展示会場は出入り口がひとつしかなく、閉鎖的な空間になっており、恐怖を感じた時に逃げ場がなく、助けを求めづらい」といった理由から、卒展の担当教員に何度も相談したという。
しかし、教員からは「卒展はあくまで学生主体の展示であり、来場者は作品のファンであるから教員の巡回や警備の配置などの対応はできない」「毎年のことであるから我慢するように」と言われ、実害がないことを強調されたと学生側は訴える。
●学生側の訴えに対し、大学側は「事実と異なる」
こうした対応について、大学側は「教員の説明不足による誤解が生じているものと考えられ、事実とは異なるものです」と説明する。
弁護士ドットコムニュースの取材に対し、同芸術学部の伊東敏光学部長は次のようにコメントした。
「卒業展示における迷惑行為については、これまでも報告を受けており、学生への注意喚起、教員の巡回及び待機等の対応を行うとともに、美術館を会場とした展示では、警備員の巡回を増やすなどの対応をとってきました」
「2022年度は、3年ぶりに入場制限がなく、かつ、本学構内のみを会場として開催しましたが、会期中には卒展委員の教員が様々な事態に備え校内に待機するとともに、巡視をおこなっていました。
学生に対しては、事前に迷惑行為があることを注意喚起し、対策として『その場を離れ教員や近くの学生に助けを求める・連絡先の交換や物を受け取らない』等の指導をしております」
会期中も学生のみに運営を任せず、学生からの相談や報告には対応していたと強調する。
しかし、こうした大学の対応が必ずしも十分だったと考えていない学生たちもいる。卒展の運営に関わった学生たちに取材したところ、次のように語った。
「教員による巡視は行われていましたが、常に行われていたわけではなく、学生が用事があったときには学内を探し回る必要がありました。卒展を運営していた学生は、他の学生から教員の緊急連絡先を聞かれることがよくありました。
しかし、教員のメールアドレスしかわからない、電話番号を知っている学生がわからない、などで教員にすぐに相談ができず、さまざまな問題への対応に時間がかかっていました」
●大学はアンケート調査、「学生も対応策考えるきっかけに」
なお、学生が実施したアンケートは、卒展参加者112人に対して配布され、59人から回答を得たという。
59人の回答者のうち、迷惑行為を受けたのは26人にのぼった。また、迷惑行為を見聞きしたのは11人で、見ていないと回答したのは21人だった。
大学側は今年も迷惑行為があったことをどうとらえているのだろうか。
「今回の卒展においても、迷惑行為として疑われる事例の報告は、関係教員や学生から会期中に報告がされています。しかし、ストーカー行為として特定するまでの事実確認はできておりませんでした。現在進めているアンケート調査の結果を踏まえ、今後どのような対応が必要か具体的な方策を検討していきます」(伊東学部長)
現在、大学も学生へのアンケート調査を実施し、教員からの報告など内容の詳細を把握している段階という。
「今後、次年度の卒展に向けて、迷惑行為の抑止方法や迷惑行為が行われた場合の対処方法等の具体的な対応策を、学生と一緒に検討していきます。
大学としては、警備体制の強化等の対応策を検討することはもちろんですが、これにとどまるのではなく、美術業界における社会問題としてとらえ、対応策を学生と一緒に議論し検討していくことで、学生が卒業後もより良いアーティスト活動をしていくために必要となる対応策を、学生自身も考えていくきっかけとしたいと考えています」(伊東学部長)
卒展を運営した学生たちは「警備の配置、教員の巡回の強化など、学生の心の支えとなるような対策をしてほしい」と切実に話していた。大学と学生が問題を共有し、学生が安心して展示できるような体制が求められている。