「仕事大好き人間」の43歳の妻が語る夫との関係とは?(イラスト:堀江篤史)

誰のために結婚するのかと問われたら、当然「自分のため」と答える。ただし、家族や友人の意向も無視はできない。恋愛は1対1の付き合いが基本だけど、結婚とは家族という社会的な組織になることだからだ。既存の大事な人間関係がより良好になるような組み合わせが望ましい。

仕事大好き人間を自称する高橋亜紀さん(仮名、43歳)は首都圏にある外資系企業で営業職を務めている。北海道にある大学で農学を学んでから、一貫して食と環境に興味を持ち続けてきた。

上京して会社員をしながら東南アジアで食品関連会社を興した経験もあるほど仕事に打ち込み、一方では大学時代の同級生および新卒で入った会社の同僚とそれぞれ5年ほど交際して別れた。

姉の離婚で「自信がなくなった」

一見すると自由に進んできた人生だが、亜紀さんの根っこには常に東北に住む親きょうだいがいる。特に結婚に関しては、母親の意向をくんであげたい、幸せにしたい、という意識が強く働いてきた。そのきっかけは姉の離婚にさかのぼる。

「姉は早くに結婚しました。いわゆるできちゃった結婚です。離婚してからは実家の近くで2人の子どもを育てています」

当時、亜紀さんは同級生と長く付き合っていた。いずれ結婚しようと思い、お互いの親にも会っていた仲だ。しかし、彼は大学院に進学し、亜紀さんは東京にある飲食関連企業で働き始めた頃から先行きが見えなくなる。「ブラック企業」として世に知られたような会社のハードな労働環境で亜紀さんは疲弊。姉の離婚を冷静に受け止められず、自分の恋人とも添い遂げる自信がなくなったと振り返る。

「結婚は絶対的なものだと思っていたのですが……。もし彼と結婚していたら、今ごろは子どもを3人ぐらい育てていたかもしれません」

姉の離婚でショックを受けたのは亜紀さんだけではない。両親も「次は失敗できない」という気持ちが強くなり、亜紀さんの新しい恋人である同僚には厳しい目を向けるようになった。亜紀さんが1年で辞めた会社で彼は働き続け、不規則な長時間労働が当たり前だった。

その恋人とは数年間同棲をしていたが、そんな働き方で結婚生活を営めるのかと亜紀さんの親が不安視。亜紀さん自身も転職先の専門商社で活躍する男性たちと恋人を比較し、「この人じゃない、もっと自分を高められる相手がいるはず」と思うようになった。

当時、28歳。転職先では取り扱う食品の品質管理を任せられるようになり、結婚よりも仕事に気持ちが傾いていたのだ。

その後、亜紀さんは東アジアと東南アジアを飛び回るような日々に突入する。仕事ばかりしていると、親は「娘はこのまま一人なのか」と不安に駆られるのかもしれない。「私は先に死んでしまうのだから、誰でもいいからパートナーを作りなさい」と亜紀さんにアドバイス。亜紀さんは東南アジアの某国で作った恋人を親に紹介した。

「外国人はダメだったみたいです。母親はドン引きしていました」

娘に幸せになってほしい、と言いながらも、自分の「常識」に沿ってほしいしできるだけ近くにいてほしい。母親の本音なのだろう。

「私が結婚したいのはこの人だ!」と直感

亜紀さんがフリーライターの健二さん(仮名、52歳)と出会ったのは2019年末。共通の知り合いが開いてくれた飲み会で3次会まで一緒にいて、亜紀さんは「私が結婚したいのはこの人だ!」と直感したという。

「1次会の最初は座っていて何もしゃべらなかったので特に印象に残りませんでした。でも、立ち上がったら私より30センチ以上高い! カッコいいと思いました。そして、寡黙だけどリアクションがいいんです」

高身長で会話の「返し」がいい――。これだけで結婚相手を決められるのであれば世話はない。健二さんとの出会いが運命だったというよりも、亜紀さんが仕事の成功や挫折で鍛えられて本当の意味での自信をつけたタイミングが2019年末だったのだと筆者は思う。そして、実家にいる母親にも堂々と向き合えた。

「40歳の女と49歳の男が結婚してもプラスにはならないかもしれない。でも、マイナスにもならないでしょう。私は経済的に自立しているから、大丈夫!」

この内容で説得できたのかはわからない。母親も年をとり、「娘が幸せならばそれでいい」と本当に思えるようになったのかもしれない。仕事柄もあって傾聴の習慣がある健二さんも好印象を与えることができた。

「母親はすっかり喜んでしまって、『こんなデブで酒飲みの娘で本当にいいんですか?』なんて言っちゃっていました。健二さんは『がんばります』と答えていましたけど」

趣味の世界に生きているような健二さんと愛情と生活力に溢れた亜紀さん。今のところは良きパートナーでいる。独身時代はおにぎりとラーメンで太ってしまっていた健二さんは、亜紀さんの手料理で健康的になって15キロ減。彼が美味しそうに食べる姿を見るのが嬉しくて自分も同じように食べていたら亜紀さんの体重は15キロ増えてしまった。

「友だちからは質量保存の法則だね、と笑われています」

生活全般は亜紀さんが完全に主導権を握っている。住んでいるのは亜紀さんが購入した持ち家。食費も旅行代も亜紀さんが出している。その他、健二さんにはパソコンや携帯電話の買い替え代、取材旅行費などとして200万円近く貸しているという。

「彼の両親は他界しています。誰も住まなくなった実家は売りに出し、お兄さんと相続分割をする手続き中です。そのお金で私からの借金はきっちり返してもらいます!」

9歳上の健二さんには生命保険もかけていて、彼が先に他界したら1000万円が亜紀さんのものになる。「いい投資です」と笑いつつ、亜紀さんは惚れた弱みを隠せない。

「大きな子どもができたようなもの」

「毎日が楽しいです。私の趣味は彼を観察して写真を撮ること。特に、スポーツで鍛えたブリッとしたお尻が好きです。撮るだけでなく、毎日触っています。彼はすごく嫌がっていますけど」


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健二さんも何もしないわけではない。亜紀さんが指示した家事は素直にこなし、肩をもんでくれたり重い物を持ってくれたりする。お好み焼き、カレー、餃子などの決まったメニューは健二さんが作ったほうが美味しい。亜紀さんはそれで十分なのだ。

「この歳になったら、結婚相手にはやすらぎしか求めません。彼は私の親が反対しそうなこと、例えば海外事業への投資や出張、転職なども『いいんじゃないの』と肯定してくれます」

本当は子どもが欲しかったと明かす亜紀さん。しかし、もともと結婚願望すらなかった健二さんは「経済的に責任が持てない」と明確に拒否。亜紀さんも今では諦めて、「大きな子どもができたようなもの」だと健二さんをますます可愛がっている。

いま、亜紀さんには仕事以外で目標ができた。健二さんの残りの人生に「面白さ」を提供し続けることだ。例えば、海外経験がほとんどない健二さんをいろんなところに連れて行きたい。亜紀さんが60歳になったら、東南アジアの農場で一緒に住むという構想も立てている。

成熟した大人になると何かを育てたり可愛がったりしたくなる。自分のことだけに精一杯だった若い頃とは心境が変わってくるのだ。多くの場合は可愛がる対象は我が子だけど、誰もが子どもを作れるわけではない。年上の配偶者を慈しみながらその余生を見届けるという道もあることを亜紀さんが示している。

本連載に登場してくださる、ご夫婦のうちどちらかが35歳以上で結婚した「晩婚さん」を募集しております(ご結婚5年目ぐらいまで)。事実婚や同性婚の方も歓迎いたします。お申込みはこちらのフォームよりお願いします。

(大宮 冬洋 : ライター)