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元バレーボール選手の大山加奈さんが、双子対応のベビーカーで都営バスなどに乗ろうとしたところ、「乗車拒否」されたと投稿したことが話題になった。

1台目には扉を開けてもらえず素通りされ、2台目で乗車できたものの、乗務員の補助はなかったという。東京都が「一部の対応が不十分だった」と謝罪する事態になったが、ネットの反応には「双子用ベビーカーでバスに乗り込むなんて」「乗れたことに感謝しろ」などの声も目立つ。

公共交通におけるベビーカー利用者を社会はどのように考えていくべきなのか。宇都宮大学の大森宣暁教授(都市計画)に聞いた。(聞き手:編集部・塚田賢慎)

●うとまれる存在だったベビーカー、変わるきっかけは東京五輪

--電車やバスなど公共交通におけるベビーカー利用の「ルール」はどのように作られてきましたか

厳密には「ルール」ではありませんので、「考え方」が作られてきたと言うべきでしょう。

ベビーカーを利用しやすい環境づくりに向けて、私を含めた学者や事業者らで構成される国土交通省の協議会(公共交通機関等におけるベビーカー利用に関する協議会)が設置され、2014年に安全な使用と利用への理解・配慮を整理しました。

この時期、東京五輪(2013年開催地決定)も数年後に控えていたので、海外からの注目も高まるなかで、心のバリアフリー、国民の意識や理解も五輪開催までに高めようという機運がありました。

当時は電車やバスには車椅子のマークしかなかったので、協議会では統一的なベビーカーマークも作られています。今ではJRの山手線には、1車両に優先席が必ず設けられていますが、当時は1編成に1〜2カ所しかなかったものです。

このときに「ベビーカーは原則としてたたまなくてよい」という考えが示されました。

車内への持ち込み可能なサイズを超える場合、バス車両の構造上折りたたまずに持ち込むことが困難な場合、走行環境が厳しい区間を走行するバスの場合などを除き、公共交通機関においてベビーカーを折りたたまずに使用できるよう取り扱うことを基本とした。 (協議会のとりまとめから)

ただ、これは明確な「ルール」ではなく、利用者や周囲のかたへの「お願い」です。

ベビーカー使用者を含む様々な利用者が自主的に取り組むことができるよう、ルールを一方的に押しつけることをせず、緩やかなものとし、これを「お願い」としてとりまとめることとした(協議会のとりまとめから)

このときはまだ2人乗りベビーカーの議論は始まっていません。バスにおける2人乗りベビーカーの考えを国が示したのは、2020年3月でした。

標準的な構造の2人乗りベビーカーについては、スロープの設置など運転者や乗客による補助といった対応が確保される場合、基本的には折りたたまずに使えるとしました。

都営バスでは乗務員が補助をするとされているわけですから、東京都が謝罪したのはおかしなことではありません。

●ベビーカーの子連れもバリアフリー法で守られるべき対象

--たとえば、障害者や高齢者の公共交通における移動の介助は、バリアフリー法(「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」)で努力義務が課されています。バリアフリー法の条文には「車椅子」はあっても、「ベビーカー」は存在していません。子連れはバリアフリー法の対象外なのでしょうか。

いいえ。目立ちませんが、バリアフリー法の定める「高齢者、障害者等」の「等」に子連れも入っていると考えられます。

バリアフリー法が目指すものは、様々な人が暮らしやすい世の中です。バリアフリー法のガイドラインには、対象者として高齢者や障害者のほかに、「妊産婦」「乳幼児連れ」「外国人」が含まれています。また、同じく「ベビーカーを押している人」への言及もあります。

ガイドラインにまで目を通さないとわかりませんが、子連れやベビーカーもバリアフリー法の適用対象とされ、置き去りにしてはいけない存在です。

●ハード面を変えるより、働きやすく暮らしやすい社会をデザインする考え方も

--とはいえ、誰もが自由に移動できる社会は一朝一夕に成立しないはずです。どのような社会を目指すべきでしょうか

その通りです。バリアフリーは少しずつ進められるものです。

私は都市計画・交通計画を専門としていますが、その観点では、子連れが移動するための選択肢が限定されていることが問題だと思います。

たとえば、新型コロナをうけて、コンパクトシティやウォーカブルシティと呼ばれる「歩いて暮らせる街づくり」が見直されています。

私が住んでいる宇都宮市では、通勤者の8割が車で移動しているので、保育園にも子どもを車で連れていく人が多いです。ベビーカーでバスに乗る機会はほとんどありません。

今回の大山さんの件のように、満員でも電車やバスに乗らなければいけないのは、東京の都市部の問題です。

鉄道やバスは高齢者、障害者、子連れが物理的にも使いやすくする必要があると思っていて、必ずしも朝のピークタイムに出勤しなければいけないような働き方を変えたり、保育園の送迎の時間をずらせるようにしたり、社会の仕組みのほうを変えるのも解決の仕方だと思います。

また、働き方やライフスタイルの変化だけでなく、ベビーカーの改良もひとつの考えです。エスカレーターに載せても安全なベビーカーも開発できないことはないようです。もちろん、お金はかかりますが。車椅子だって電動になりました。

●かつての「子連れ」の無理解

ハード面だけでなく、国民のバリアフリーに関する意識変容です。子育ての意識変容、理解向上は必要ですね。

バリアフリー法の適用対象は、ベビーカー利用者とか、ケガをしている人とか、重たい荷物を持つ人とか、「一時的な移動制約者」です。

昭和の時代の高度経済成長期などには、公共交通の移動において、ベビーカーはより煙たがられる時代でした。子育てを終えた世代の高齢者もかつては「一時的な移動制約者」でしたが、現代の子連れに対して「ベビーカーでバスに乗る」ことに眉をひそめるかたもいます。

バリアフリー法や公共交通の移動に対する理解の広がりや深まりが非常に重要となります。学校では教育機会があり、若年層には教えやすいものの、大人への教育・啓発が難しいと言われています。大人の理解がなかなか進まないことは課題といえるでしょう。

ただ、欧米だと、バスの乗客がベビーカーの補助をサッと手伝ってくれることもあるのですけど、日本で「万が一落としてケガをさせて、責任を取ることになったらどうしよう」という考えが先にくる文化です。なかなか周囲の手助けは期待できないかもしれません。

ただ、理解は重要です。

●他人から求められた「感謝」を示す必要はない

--ネットの投稿・コメントや、ジャーナリストのなかにも、双子ベビーカーでバスに乗れた大山さんに「感謝しろ」と指摘する声があります。

感謝というものは人から要請されてするものではないですよ。

道路では、歩行者、自転車、自動車などが、互いの視点に立って、ゆずりながら道路空間をつくるとはよく言われるところです。ベビーカー利用者も周りの人も、互いの視点に立ってはいかがでしょうか。

ベビーカー利用者に対して感謝すべきだと指摘するのではなく、様々な人が共有する場所である公共空間では常に他者のことを考えて使わなければいけないと思います。

【プロフィール】 大森宣暁:宇都宮大学地域デザイン科学部社会基盤デザイン学科教授。公共交通機関等におけるベビーカー利用に関する協議会、子育てにやさしい移動に関する協議会に学識経験者として参加。都市計画・交通計画を専門とし、親子の移動から「夜の生活活動を楽しめる街づくり」まで幅広く手掛ける。