つい先日、千葉そして大阪で開催されたサマーソニック2022。その出演者の中で大きな話題となっていたひと組が、ユーロビジョンをきっかけに世界的なブレイクを果たしつつあるイタリア出身のロック・バンド、マネスキンだった。2020年代のバンドらしい現代性はありつつも、ストレートで衒いのないスタジアム志向のロック・サウンドを鳴らす彼らが、ここ日本でも熱狂的に受け入れられている状況を見ると、ロック・バンドの苦境が強調されてきた2010年代と時代の空気が大きく変わってきたのかも知れない、という思いが一段と強くなる。

2010年代が、ロック・バンドにとって厳しい時代だったとして、しかし、その中でロック・ミュージックらしい激しさや華やかさを、それこそスタジアムのど真ん中で、真正面から演じてきた数少ないバンドのひと組が本稿の主役のミューズ(Muse)だった。

僕は2022年の5月9日に、ロンドンのハマースミス・アポロで「War Child」と「国境なき医師団」をサポートするために開催されたミューズのチャリティ・ライブを観た。その会場に着き、入場列に並んでいる時に感じたのは、バンドのファンがかける熱い思い。バンドの初期から前作の『Simulation Theory』(2018年)まで、各時代のツアー・グッズに身を包み、今から起こるライブが待ちきれないという表情で入場列に並ぶファンたち。その姿は、もしかしたら、世界中の多様な”クール”が競い合うロンドンの空気の中では、いささか野暮ったい印象さえあったかも知れない。でも、ミューズはそういうバンドなのだ。せせこましいクールさを争う界隈を飛び出して、世界中のファンの期待を背負う大文字のロック・バンドとして君臨し続けてきた。

ミューズの9枚目の新作スタジオ・アルバム『Will Of The People』は、その面目躍如と言える最新形のロック・レコード。パンデミック、戦争、ポピュリズムの台頭(アメリカ国会議事堂の襲撃)、BLM運動、自然環境の危機など現代社会の様々な問題から影響を受けた、壮大なテーマを持つ作品でありながら、バンド史上最も短い37分40秒というアルバムの収録時間が、その方向性を物語っている。

※以下、本文中のコメントは全てドミニク・ハワードによるもの。



「ベスト」を集約した最新アルバム

「10曲で収めたのは初めてなんだよ! ウィーザーの『Blue Album 』(1994年)を初めて聴いた時、「マジかよ! 10曲のアルバム! クレイジーだ!」と思って。それ以来、10曲きっかりのアルバムを作るのが目標の一つだったんだ」

2012年の『The 2nd Law』以来となるバンドのセルフ・プロデュース作品でレコーディングの主導権を握ったミューズのドラマーは、少し意外な、しかし、彼らがオルタナティブ・ロックのシーンから登場したことを思い出させる作品を挙げて、新作の長さについてそのように強調した。「バンドのベストな部分を簡潔に代表できる曲だけを集めたんだ」

この「ベスト」という言い回しには少しストーリーがある。というのも、本作の制作前、バンドはレーベルからこれまでのキャリアを総括するベスト盤の制作を打診されたが、これを拒否。その代わりに彼らの「ベスト」な側面を集約した新作を作ることを決めたという経緯があるのだ。その結果、完成したアルバムは、「Wont Stand Down」や「Kill Or Be Killed」のようなバンド史上最もヘヴィ・メタルに接近した曲もあれば、「Ghost」や「Verona」のようなメロディの美しさが際立つ曲もある、幅広い曲調が魅力の作品となった。

「当初は、初期のアイデアやいろいろな可能性を模索していたんだけど、最終的に1枚の絵を完成させるように、バンドのいろいろな側面を代表するような曲を盛り込んだんだ。バンド自体が、メタルからポップ、アコースティック、エレクトロニックにまで、本当にいろいろな音楽から影響を受けているからね」

「3人の音」にフォーカス、壮大なテーマの背景

例えば、スティーヴン・キングの作品を参照し、DV被害者の視点から歌詞を書いたという「You Make Me Feel Like Its Halloween」は、ハワード曰く「シティ・ポップ」から影響を受けた一曲。実際、筆者が7月まで滞在していたロンドンでは、70年代や80年代の日本のレコードが店頭で売られていることも少なくなく、彼らがそうしたサウンドを取り入れようと思うのも自然なことのように思える(ただし、そのサウンドは日本的なソウル〜ファンク寄りのものというより、同時代の英米のシンセ・ポップに近い印象もある)。

一方で、アルバムのサウンド全体としては、ギター、ドラムス、ベース、そしてピアノといった3人の演奏する楽器の音そのものにフォーカスが置かれているようなタイトさも感じられる。

「アルバムを作るとき、大抵は前作と比較するようにしているんだ。つまり今回は前作(『Simulation Theory』)からのリフレクションということになる。今回は僕ら各々のパートにフォーカスし、クールなサウンドを出せるようにした。そういう意味では、余分なものが取り除かれている、と言えるね。前作では──必ずしもバンドが演奏していたわけではない(笑)──シンセとオーケストラを使用していて、それはそれで良い効果があったと思う。でも、今回は本物のバンドの音に威厳を持たせるようと思ったんだ」

ハワードは新作のレコーディングにおける自分の役割を、レコーディングを見守る「ヘルプフル・ベア」(※)に例える。「僕は常にオープンでいることを心掛けて、どのように感じるかをマット(マシュー・ベラミー)に正直に伝えるようにしたんだ。その曲を聴いて、ハッピーになるのか悲しくなるみたいな心のエモーションだけでなく、この曲ではジャンプしてノレるかというような、身体のエモーションに関しても。最終的には、マットと僕の両方が納得のいく形にしたんだ」

※米アニメ、シンプソンズに出てくるシンガーソングライター、ルーフィーの曲、"Helpful Bear on the 28th Floor"からの引用

ミューズと言えば、毎回ビジュアル等、音楽以外の面でも情熱的に作品のコンセプトを表現してきたバンドだ。今回も表題曲の「Will Of The People」をはじめ、壮大で謎めいた世界観を持つビデオをアルバムに先立って続け様にリリース。また今年3月には、バンドのInstagramで新作のリリースに向けたステートメントを発表している。

"「Will Of The People」はロサンゼルスとロンドンで制作され、世界における不確実性と不安定性の高まりに影響を受けています。 パンデミック、ヨーロッパでの新たな戦争、大規模な抗議と暴動、内乱の試み、揺らぐ西側民主主義、権威主義の台頭、山火事や自然災害、世界秩序の不安定化など、すべてが「Will Of The People」に影響を与えました。 (3月のステートメントより一部引用)

ハワードはその真意について、歌詞はマシュー・ベラミーの領域だとしつつも、次のように説明する。「過去3年間は、本当に奇妙な時期だったよね。これはバンドにとってだけではなく、誰もが今まで経験したことのない時期を乗り越えなきゃいけなかった。マットはそれを感じ取っては徐々に歌詞に落としていく、という作業を行ったんだ。いま世界中で起こっていることを、ただ批判するだけではなく、多少仮説化したり、フィクション化しながら歌詞を書いていく。マットにとってはそれが自然な方法なんだよ」

クイーンへの愛、誇大的コンセプト、日本への想い

ミューズはかねてよりクイーンへのリスペクトを公言しているが、「Liberation」のコーラスのアレンジをはじめ、新作では直接的な彼らへのオマージュを感じる曲も少なくない。そして、そのクイーンもまた「Bohemian Rapsody」などでシリアスなテーマをポップ・ソングに変えてきた”達人”だ。

「クイーンは偉大だよ。恐らく僕にとっては永遠のフェイヴァリット・バンドだね。子供の頃、多分8歳くらいの時に『Radio Ga Ga』を聴いてからのファンなんだ。僕は、クイーンと僕らには何らかの類似性があると思っている。クイーンのすごいところは、失敗を恐れずにエクスペリメントなことに挑戦し続けていること。1枚のアルバムに、あんなに色々なバックグラウンドがあって、曲もバラエティーに富んでいる。彼らの作品には、いつもインスパイアされているよ。(他のメンバーも含めて)クイーンを嫌いな人なんていないでしょ!」

ハワードとバンドのクイーンへの愛は本当に強く、2018年の映画についても、続けてこう熱く語る。

「観たなんてもんじゃないよ。泣いたよ!(大笑い)多少フィクションが混ざっているとは分かっていてもね。ウェンブリー・スタジアムのライブエイド! クイーンは大成功を収めたバンドだって言ってしまえばそれまでだけど、あの時点ではバンド内では軋轢もあったし、フレディーもソロ活動をしていた。(略)でも、あのライブで彼らはカムバックしたんだ。あの感覚は僕も同じようにエモーショナルに感じることができた。バンドとしてまた一緒にプレイできるっていう感動をね。しかもフレディーが亡くなって30年以上だった今でも、バンドとして威厳を保ち、走り続けているバンドなんて他にいないよ」

ハワードがそう言うからとわけではなく、実際にミューズはクイーンと共通点の多いバンドだ。ロックからシンセ・ポップやディスコからオペラまでを網羅しようとする創作におけるベクトルの幅広さや、エモーションを包み隠さずに表現しようとする作品やステージ上での態度に加えて、ロック・バンドとしての挑戦心とチャート上での成功を両立している点も同じ。そして、そうであるがゆえに”真面目”な音楽ファンからはどこか敬遠されてしまう、というところも似ている(ハワードとは違い筆者の見方では、クイーンも”色ものバンド”的な見方を、この20年間でジワジワと変え、評価を不動のものへと昇華してきた面があるように思う)。


Photo by Nick Fancher

一方のベラミーは新作に関する『NME』のインタビューの中で、気候変動やBLMなどに加えて、「メタ中心主義(Meta-Centrism)政治(※1)」への期待や、「負債サイクル(※2)」への懸念といったことについても語る。もちろん筆者のような凡人とは住む世界が違うので、彼の言葉を文字通り受け止めるわけにもいかないのだが、しかし、いずれにせよ、こうした”誇大的”とも言えるコンセプトについて考え、あまつさえロック・レコードにしてしまおう、という発想全体が、ミューズというバンドを彼らたらしめている個性さだと言えるだろう。

※1:ベラミーいわく、個人についてはリベラルで自由主義的な価値観が適用される一方で、土地や自然環境、エネルギー資源には分配ベースの社会主義的な価値観を適用する考え方。
※2:継続的な借入れにより、負債が増加し、コストが増大し、最終的に債務不履行にいたること。この場合は、現在の世界全体の経済システムの不安定性が数十年から数百年単位で負債を溜め込んだ結果だ、とするというアイデアからの引用。


2022年7月10日、フランスのLes Déferlantes Festivalにてフルフェイスのマスクをステージで着用

ミューズが表現を試みているアイデア全体にとって、アルバムが最大のキー・アイテムであることは言うまでもない。だが、ビジュアルも含めて様々な表現手段を持つ彼らだけに、ツアーへの期待感を拭い去ることが出来ないのも正直なところ。実際、最近出演したヨーロッパのフェスでは匿名的なマスクをしてステージングを行ったというニュースも流れている。次に日本に来るのはいつ?

「それはとっても重要な質問だ(笑)。来年って言いたいね。次回行くときには、もうちょっと日本をツアーして回りたいと思っているんだ。以前プレイした東京や大阪のような大都市だけでなく、できれば2〜3週間かけて、カントリーサイドなども見てみたい。その上でショーができればいいね」

海外のバンドが多数来日し、パンデミック前の音楽フェスの興奮が再び戻ってきた2022年。その夏にリリースされる『Will Of The People』は、現代社会の様々な問題を扱いながらも、それを音楽として鳴らす興奮や希望を表現してもいる。前述のバンドのステートメントはこのように締められている。

"このアルバムは、恐怖を乗り越えるための個人的なナビゲーションであり、次に来るものへの準備なのです。"



【DVD付限定盤】  
『Will Of The People | ウィル・オブ・ザ・ピープル(ジャパン・リミテッド・エディション)』  
発売日:2022年8月26日(金)  
仕様:CD+DVD/高品質Blu-spec CD2/二方背スリーヴ付ジュエル・ケース  
封入特典:アルバム・タイトル・ロゴ・ステッカー  
価格:¥3,500(税込)  
[完全生産限定盤]
購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/MUSE_wotpjapan

<収録曲>
1. Will Of The People / ウィル・オブ・ザ・ピープル
2. Compliance / コンプライアンス
3. Liberation / リベレイション
4. Wont Stand Down / ウォント・スタンド・ダウン
5. Ghosts (How Can I Move On) / ゴースツ(ハウ・キャン・アイ・ムーヴ・オン)
6. You Make Me Feel Like Its Halloween / ユー・メイク・ミー・フィール・ライク・イッツ・ハロウィーン
7. Kill Or Be Killed / キル・オア・ビー・キルド
8. Verona / ヴェローナ
9. Euphoria / ユーフォリア
10. We Are Fucking Fucked / ウィ・アー・ファッキング・ファックト

<DVD>  
●アルバム発売予告トレイラー
1. ウィル・オブ・ザ・ピープル(ミュージック・ビデオ)  
2.コンプライアンス(ミュージック・ビデオ)  
3. ウォント・スタンド・ダウン(ミュージック・ビデオ)

【通常盤】
『Will Of The People | ウィル・オブ・ザ・ピープル』  
発売日:2022年8月26日(金)  
仕様:1CD/高品質Blu-spec CD2/ソフトパック  
価格:¥2,640(税込)  
購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/MUSE_wotpCD

日本公式サイト:https://www.sonymusic.co.jp/artist/muse/  
海外公式サイト:https://www.muse.mu