韓国なら「1カ月分を返金」のはず…KDDIの「一律200円返金」に多くの利用者があきれる当然の理由
■通信障害で「一律200円返金」を決めたKDDIへの違和感
かつてない大規模で長時間の通信障害を7月初めに引き起こしたKDDIに対し、総務省は8月3日、異例の金子恭之総務大臣名で行政指導を行い、再発防止策の確立や障害時の周知ルールの策定などを強く求めた。
通信障害の影響が、利用者だけでなく、119番などの緊急通報、気象観測、ATMなどの金融、宅配などの物流をはじめ、社会全体に及んだことを重大視し、これまでにない「厳重注意」となった。
今回の「事件」は、今や、通信ネットワークがきわめて重要な社会インフラに伸長していることを物語るもので、基幹回線の障害は、もはや単なる通信トラブルでは済まされず、ネット社会の重大リスクとして捉えねばならない現実を知らしめた。
スマートフォンが突然、長時間にわたって実質的に使えなくなった異常事態に、多くの利用者が悲鳴を上げたことだろう。だが、それ以上に、暮らしやビジネスの場面で困った人たちが続出したのである。
それだけに、KDDIが7月29日に示した「すべての利用者に一律200円を返金、総額は75億円」という補償も、そうした観点を踏まえて冷静に評価することが求められる。
補償の内容をめぐって、ちまたやネットでは、さまざまな反応が交錯した。
利用者のやり場のない怒り、正確な情報が届かない不信、もうけすぎている通信会社への不満、思いもよらない仕事への影響、切なる再発防止への要望、auショップ店員への労り……。「安すぎる」との不満があふれた一方、「再発防止に使って」という訴えも少なくなかった。
「たかが200円、されど200円」である。
今回の通信障害と補償を起点に、ネット社会の重要プレーヤーとなった通信会社の立ち居振る舞いについて考えてみる。
■ネット上ではたちまち大炎上
「ジャンボ宝くじ1枚も買えない!」
「コーヒー1杯も飲めないじゃないか」
「小学生の小遣いか」
「補償してもらった気がしない」
「ふざけてる。もう、笑うしかありません」
KDDIが「一律200円」を発表した直後から、ネット上には不満や憤りの書き込みが相次ぎ、たちまち炎上した。
KDDIは、かつて起こした通信障害で「一律700円」の補償をした「実績」があるだけに、「それ以上のレベルの補償をしてくれるだろう」と、密かに期待した向きは少なくなかったに違いない。
ところが、実際に示された数字は「一律200円」。利用者の思いとKDDIの算術は見事なまでにすれ違い、利用者のガッカリ感は半端ではなかったようだ。
通信障害が発生した7月初め、丸2日半の間、待てど暮らせど復旧せず、状況説明も二転三転し、全国のauショップにはイラ立った利用者が押しかけ、罵声が飛び交った。カスタマーセンターの電話回線はパンクしたという。
多くの利用者が、障害発生と補償発表の2度、ブチ切れたのである。
■「一律200円で総額75億円」は純利益の1%
総額75億円の返金総額にも、かみついた。
「年間7000億円を超える純利益の1%ちょっとだよね」
「高額にみえるけど、はした金じゃないか」
「大企業にしては、やることがしょぼすぎる」
実際、KDDIの2022年3月期の決算は、連結売上高が5兆4467億円(前期比2.5%増)、連結営業利益は1兆606億円(前期比2.2%増)で、連結純利益は過去最高の7325億円(前期比3.7%増)を記録した。
菅義偉・前政権の「官製値下げ」をものともせず、21期連続増益を記録したのだ。
確かに、「一律200円で総額75億円」という数字は、純利益の1%。仮に「一律1000円」としても5%、375億円に過ぎない。「200円」が安すぎると憤慨しても、「1000円」だったら「そんなところか」と納得する人は少なくなかったかもしれない。
自ら招いたトラブルで利用者に空前絶後の不便を生じさせたのに、数字上で見れば、利用者から稼いだカネのほんの一部しか還元しないことになる。
超優良企業といえど、それもKDDIを支持する善良な顧客があってのこと。通信会社はすべての利用者と直接取引する特殊な企業だが、はたして、そこに思いが至っていたのかどうか。
障害発生直後から、高橋誠社長は進退問題も取り沙汰されたが、結局、報酬の20%を3カ月分返上することで落着。関連役員8人も、報酬の10%を1〜3カ月分自主返納するだけにとどまった。
歴史に残る社会不安を引き起こしたのだから、辞任してもおかしくないし、報酬の返上も1年分というなら利用者の怒りが増幅することはなかったかもしれない。
補償額といい、責任問題といい、とても軽々しく映る。KDDI経営陣が、今回の「事件」を、その程度にしか見ていないということでもある。
■有効活用を求める冷静な声も
一方、前向きな受け止めも少なくなかった。
「設備をしっかり点検して整備をしてくれた方がありがたい」
「店頭でユーザーに怒鳴られて疲弊した店員さんに還元してあげて」
「正解はお金じゃないですよね」
障害発生から1カ月近く経って、当時の怒りもいささか冷め、落ち着きを取り戻した人たちもいたようだ。
「1人200円程度の返金なら、総額をもっと有効に活用してほしい」というささやかな願いが見てとれる。
通信ネットワークが利用できなくなる障害そのものが起きないようにすることが何より重要で、発生した障害に利用者の納得が得られるような補償をするのは二の次であることを、利用者もよくわかっているといえる。
行政指導を受けたKDDIの高橋誠社長は「障害を限りなくゼロに近づけられるよう、再発防止に取り組む」と語ったが、言わずもがなことだろう。
総務省は、11月11日までに具体的な実施状況を報告するよう指示したが、再発防止に向けた出費は75億円程度では済みそうにない。
■影響は延べ3000万人超…原因は「人為的ミス」
通信障害の事情や経緯を、KDDIの説明から、あらためて再現してみる。
7月2日午前1時35分、東京都多摩市のKDDIの施設で、異常を示すアラートが表示された。通信ネットワークの要である「コアルーター」の機器交換をした際、古い手順書を誤って使うという「人為的ミス」が起き、音声通話もデータ通信もつながりにくくなった。これにより、回線が渋滞する「輻輳(ふくそう)」が発生し、利用者情報を管理するデータベースも連鎖した。このため、通信量を規制しながら復旧させしようとしたが、新たな異常が見つかり、障害は解消するどころか、全国に広がってしまったという。
まぁ、こんなシステムのトラブル事情を聞いても、きちんと理解できる人はほとんどいないだろう。
大半の利用者にとって最大の関心事は、「いつになったら、スマホが普通に使えるようになるのか」だった。
丸1日半経った3日午後5時ごろ、ようやく復旧作業が終了したが、実際には接続制限を続けたためつながりにくい状態が続いた。KDDIが「音声通話・データ通信ともに全国的にほぼ回復した」と説明したのは、障害発生から約61時間後の4日午後3時。スマホは、ようやくスムーズにつながるようになった。しかし、なお、正常化の検討作業が残り、「完全復旧」を確認したのは5日午後3時36分。障害発生から86時間、丸3日半余が経っていた。
影響を受けた人は、音声通話で約2316万人、データ通信で775万人以上の延べ3091万人以上という。
また、KDDIの回線を利用する楽天モバイルやIIJなどの格安スマホの利用者もとばっちりを受けた。
■障害は生活インフラを直撃した
実は、今回の「事件」の中核的問題は、通信障害の影響が利用者にとどまらず、あらゆる生活インフラに広がったことだ。
その内容は、実に多岐にわたる、
・体調不良を訴えた高齢者が救急車を呼べなかった
・登山中に負傷した人が救助を求められなかった
・新型コロナの感染者と連絡が取れなくなった
・災害対策で派遣した職員とつながらなくなった
・銀行のATMが利用できなくなった
・気象庁の地域気象観測システム(アメダス)の観測データが集約できなくなった
・宅配便の配送状況を確認できなくなった
・車のコネクテッドサービスがつかえなくなった
・バスの運行掲示板が使えなくなった
等々、数え上げたらキリがないほどのトラブルが全国から報告された。
いったん通信障害が発生すれば、人の命にも関わる事態も起きることが、誰の目にもはっきりしたのである。
それは、通信ネットワークが、既にネット社会の隅々まで活用されていることの裏返しでもある。
■なぜ補償額は「一律200円」なのか
そこで、KDDIが発表した補償の全体像を、あらためて整理してみる。
「約款にしたがって278万人の音声サービスの契約者に平均104
補償額の算出はこうだ。KDDIの約款は「24時間以上、すべてのサービスが利用できない場合に返金し、24時間ごとに加算する」と定めている。
いわゆる「24時間ルール」だ。そこで、これに該当する278万人の利用者の月額基本料金を日割りで計算すると、1日あたり平均52円になる。障害は61時間余に及んだため、返金額は2日分相当の平均104円となった。
一方、約款には明示されていないものの、KDDIは、利用者の大半が長時間にわたって音声通話もデータ通信も利用しづらくなった事態を重く見て、別途、「おわび」をすることにした。
ただ、その根拠となったのが約款で、障害が起きていた時間を3日間と勘定して、約款にしたがった前述の日割り額52円×3日=156円、これに44円を上乗せした200円を、すべての利用者に一律で返金することにしたという。
高橋誠社長は「おわびの返金についてはかなり悩んだ」という。
KDDIにしてみれば、杓子定規に約款にしたがったわけではなく、約款にはない「おわび」を行い、不利益を被らなかった人にまで返金するのだから、とやかく言われる筋合いはない、と言いたいかもしれない。
確かに、約款上は、文句のつけようがない対応といえるだろう。
■根拠は30年前から変わらない約款
だが、釈然としない利用者は多いに違いない。
「『日数分だけ』補償という考え方がセコい」という声も聞こえてきた。「おわび」が3日分ということなら、利用者がKDDIに支払っている月額料金の1割程度が返金されると計算した人は少なくないだろう。4000円なら返金額は400円、少しヘビーユーザーで1万円使う人なら1000円となる。
だが、そうはならなかった。補償額算出の基準となった約款がくせものなのだ。
KDDIの約款は、NTTドコモが設立直後の1992年に設けた補償基準を踏襲しているという。まだ携帯電話がほとんど普及していない時代の産物で、30年間変わっていない。
ところが、時代は様変わりした。ネット社会が浸透し、多様なデジタルサービスが広がる中、通信障害が与える社会的影響は段違いに大きくなっている。
にもかかわらず、補償の考え方だけは旧態依然なのである。
■韓国では2時間以上の障害で契約料の10倍の返金も
参考になるのが韓国の例だろう。
2021年10月に発生した通信大手KTの約3500万回線が1時間半不通になった通信障害で、1人当たりの補償額が100円ほどだったため、利用者の不満が爆発した。
これに危機感を募らせた政府は、通信障害の補償に関する指針を改め、2時間以上の障害が起きたときには、時間当たりの契約料金の10倍の返金を求める指針を出した。今回の「事件」に当てはめれば、月額基本料金を上回る返金額になるという。
欧米でも、通信障害に備えたルールづくりが進んでいる。
通信会社の社会的責任の大きさを踏まえれば、利用者目線に立って約款を精査し直し、補償の在り方を全面的に見直すべきではないだろうか。
■KDDIに社会インフラを担う自覚はあるのか
「便利になればなるほど、こういうリスクは全ての人間が覚悟しなければならない時代にさしかかってることを認識しなければならないですね。一昔前までは携帯すらない時代があったのですから」
ネットには、不満や怒り、バッシングばかりが満ちているわけではなく、このような時代を見つめる書き込みもあった。
高速通信の5GやモノがつながるIoTが着々と浸透する中、通信ネットワークに結びつけられたネット社会は、ますます高度化していく。
携帯電話会社から社会インフラ会社へ。
時代が求める通信会社像は、明らかに変わってきている。そのことを通信会社自身が理解し、実践することが求められている。
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水野 泰志(みずの・やすし)
メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で万博協会情報通信部門総編集長。現在、一般社団法人メディア激動研究所代表。日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。
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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)