※この記事は2012年02月25日にBLOGOSで公開されたものです

赤木智弘の眼光紙背：第212回

　2008年に発生した、当時ワタミフードサービスの社員であった26歳女性の自殺は、長時間労働によるストレスが原因、すなわち過労自殺であったとして、神奈川労働者災害補償保険審査官が労災適用を認める決定を下したという。(*1)

　このニュースが流れてからというもの、ネット上には、ワタミ株式会社取締役会長である渡邉美樹氏のツイートや過去の発言などをあげつらうツイートが溢れている。(*2)


　この件に関しては労災適用は当然だと思うし、また彼の発言には、私もこれまで散々呆れさせていただいた。2011年の都知事選に立候補をした時にも白眼視しかしていない。ハッキリ言えば大嫌いである。

　しかし、今回こうして彼がネット上でバッシングをされまくっているのを見ていると、不思議な気分になってくる。そんなにワタミを批判する人がいるのに、一方では「格差は自己責任」とか「働かざるもの食うべからず」といったことを口にして、貧しい人達を叩く人がたくさんいるのだろうか？　これだけワタミが批判されるのであれば、もっと格差問題や貧困の問題に親和的な意見がネットに多く見られてもよさそうなものだが……。

　しかし、今回ワタミが叩かれているのは、あくまでも「ワタミがヘマをやったから」に過ぎない。彼らが批判しているのは「ワタミ」という存在そのものであって、決して過労自殺を生み出すような日本のお寒い労働環境ではない。

　過労死や過労自殺は、けっしてワタミだけで発生しているわけではない。ニュースを調べたところ、例えば23日に京都の市立中学校教諭が自殺した問題を、大阪高裁が公務災害であると認める判決があった(*3)。

　さらに、過労死までいかずとも、長時間労働やサービス残業は、日本中の企業で蔓延しているといっていいだろう。

　そうした労働者に過剰な負担を強いるような「働かせ方」、または労働者側が労働利権を死守するために行う「働き方」が日本ではスタンダードになってしまっていることが問題の本質であり、「悪のワタミ」というネット上で生み出されたイメージを叩いても、問題はなんら解決しない。

　問題を解決するためには、やはり労働者が自らの労働環境に疑問を持ち、自分の身を守ることができるようにすることが必要だ。 　そのためにも、わざわざ悪質な企業で働かなくても生活が営めるような社会保障は当然必要不可欠だし、働くことを無理強いせず、悪質な労働環境に対してハッキリとNoを突きつけてもいいんだ、絶対に働かなければいけないなどということは無いんだ、という労働に対する意識の改革も必要不可欠である。

　そうした努力をすることによって、ダメな企業からは労働者が逃げ出して、企業が自ずと成り立たなくなるような社会状況を生み出すことこそが資本主義社会の健全な姿だと私は思うのだが、どうだろうか。

　しかしそうしたビジョンもなく、単にワタミという失態を犯した存在を叩くことは、社会制度の失態を個人の失態に貶めることに過ぎない。それはそのまま、貧困に陥った個人を叩くことと同じ意識である。だから今、ワタミを叩いて満足している人たちは、ワタミ叩きに飽きれば、また貧しい人達を叩き始めるのだと、私は考えてしまうのである。

*1：自殺のワタミ社員、労災認定＝「長時間労働のストレス」―神奈川（時事通信）http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120222-00000002-jij-soci

*2：渡邉美樹会長発言がネット大炎上　ワタミ側は「自殺社員」の労災認定に反論（J-CASTニュース）http://news.livedoor.com/article/detail/6307742/

*3：「夫の死、無駄にならなかった」京都市立中教諭の過労自殺を認定　大阪高裁で遺族側が逆転勝訴（産経新聞）http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120223-00000596-san-soci

プロフィール
画像を見る赤木智弘（あかぎ・ともひろ）
 1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。