迷いも消え、101球を投げ込んだ榊原翼 [写真=北野正樹]

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◆ 猛牛ストーリー 【第4回:榊原翼】

 連覇と、昨年果たせなかった日本一を目指す2022年のオリックス。監督、コーチ、選手、スタッフらの思いを「猛牛ストーリー」として随時紹介していきます。

 第4回は、昨季終了後に戦力外通告を受けて育成選手として再契約。再び、支配下登録を目指す6年目の榊原翼投手(23)です。

◆ 再起へ一歩ずつ

 「行ったりますわ!」──

 宮崎キャンプ・第4クール最終日の17日、ブルペンに榊原の明るい声が響いた。

 力強いストレートが、アシスタントスタッフ・瓜野純嗣さんのミットに吸い込まれていく。

 バットを手に打席に立つ平井正史・育成コーチが大きくうなずくボールが何球もあり、球数は今キャンプで自身最多の101球にのぼった。

 数時間後、第2球場前のミックスゾーンに現れた榊原は、タンクトップにハーフパンツのいで立ち。

 「涼しいくらいですよ」というすぐ横を、ウインドブレーカーを着込んだ吉田正尚らが、苦笑いで通り過ぎていく。

 久しぶりに見た、にこやかな顔だった。

 じっくりと話すのは、育成で再契約を打診されていた昨年11月の高知での秋季キャンプ以来、約3カ月ぶり。

 2016年の育成ドラフト2位で指名を受け、浦和学院高から入団。2年目には支配下登録を掴み、3年目で13試合に登板してプロ初勝利を含む3勝(4敗/防御率2.72)を挙げるなど、飛躍が期待された。

 しかし、4年目は9試合に登板して1勝4敗。昨季は一軍登板が1試合にとどまった。

 球威のある直球と、打者に向かっていく強気の投球が魅力の右腕。

 捕手からの返球を待ちきれず、マウンドを数歩降りてボールを迎えにいったり、打者を打ち取るとガッツポーズをしながら跳ねるようにベンチに向かったりもする。

 そんな気持ちのこもったプレースタイルと、若者らしい飛び切りの笑顔で人気のある選手だ。

◆ 手を差し伸べてくれた福良淳一GM

 歯車が狂いだしたのは、2年前からだという。

 「ただうまくいかないだけではなかった。誰にも言えない悩みがあったんです」

 それを初めて昨季のオフ、福良淳一GMに打ち明けた。

 「自分の中の不安とかを、思い切って福良さんに相談した。『本当に、ゆっくりとやっていいよ。競争の中で、焦ることもあると思うが、慌てずにゆっくりとやっていい』と言ってもらえた。結果も残していないのに、また育成でチャンスをもらった。感謝しかありません」と榊原。

 「大好きな野球。投げるのは好きなのに、体は元気なのに、投げたくなくなっていた。苦しかった。誰にも言えなかったですから」という右腕には、「ボールは、持ちたくなるまで、持たなくていいよ」という福良GMの言葉が心に響いた。

 8月27日のウエスタン・ソフトバンク戦以来、ボールは握らなかった。

 すべてをリセットするために、秋季キャンプではトレーニングだけに汗を流した。

 しかし、そこから「野球をどうしようか…」と、再び迷路にはまってしまったという。

 その時も、福良GMは「ゆっくりでいい。やりたいことがあれば言ってこいよ」と、手を差し伸べてくれた。

 「福良さんだけでなく、投手コーチや、会う人会う人に『ゆっくりやれよ』と声を掛けていただいた。そう言われてもゆっくりと出来る人じゃなかったのですが、常に言ってくださるので、自分でもゆっくりでいいかなと思えるようになりました」

◆ 「あと一歩か二歩というところまでは…」

 ストレスもあったという。

 丸かった顔がさらに丸くなり、体も一回り以上、大きくなった。

 「体重は増えてもボール自体は悪くない。周りからは『太り過ぎだ』と言われますが、全然気にしていない」と、周囲の声には惑わされない。

 宮崎キャンプ合流2日目の11日、榊原が初めてブルペンに入ったことを福良GMに尋ねると、「慌てないで、自分のペースでやればいい。ボールを握りたくなってきたことが一番。ここからですね」と、嬉しそうに答えて下さった。

 一度出た舞洲の合宿所にも再び戻った。

 「もう一回、野球に集中できる環境の方がいいやろ、と本人と相談しました」と福良GM。

 「まだ、(復活のきっかけを)つかんだとまでは言えませんが、あと一歩か二歩というところまでは来ています。苦しかった時は、何も見えなかった。投げてもストライクが入らないというのがずっとあったんで。いろんな人に支えてもらって、感謝しています」

 復活へのストーリーを、そっと見守りたい。

取材・文=北野正樹(きたの・まさき)