「東大卒のネガティブな印象」をガラッと変えた女優の菊川怜さん(写真:Jun Sato/Getty)

テレビ番組、特にクイズやゲームなどを行う番組の回答者やチャレンジャーをキャスティングする際、制作側には「枠」という概念が存在します。

例えば、芸人枠、俳優枠(番組宣伝絡みがほとんど)、アイドル枠、アスリート枠、文化人枠、ミュージシャン枠などなどといった具合。その中で、近年確立されたといえるのが「東大生」という枠です。

もはや「東大生」はテレビに欠かせない存在

契機は、フジテレビ系で2016年3月からスペシャル番組として、不定期ながらこれまで9回にわたって放送されている『さんまの東大方程式』あたりではないでしょうか。この番組は、明石家さんまと東京大学の学生たちによるトークを中心としたバラエティですが、ここに登場する東大生たちのキャラクターの面白さがウケ、「東大生をイジるのはアリ」という空気が確立されていったのでしょう。

その翌年の2017年4月からは、TBS系でクイズバラエティ番組『東大王』がスタート。ここから生まれた、伊沢拓司という“クイズ王”が東大生キャラを一気に面白キャラとして広く認知させていったのです。

さらに、本職は予備校講師である林修のテレビにおける大ブレイクも大きいでしょう。彼が「今でしょ!」のキメ台詞で流行語大賞を受賞したのは2013年末のこと。

それと前後して大手事務所とタレント契約を交わし、多くのバラエティ番組に出演、東大卒であることを再三紹介されたことも、東大生枠・キャラの定着に一役買ったといえます。

こうして、今やテレビの一つのジャンルになったともいえる、東大生タレントですが、過去を振り返ってみると、そこには多様な変遷の歴史があったのです。

東京大学といえば「日本で最も高学歴」というのが、多くの人の抱くイメージ。それ故、エンターテインメントの中の一つのブランドとして機能してきました。

例えば、漫画の世界では、『東大一直線』(1976年連載開始/小林よしのり著)や『東京大学物語』(1992年連載開始/江川達也著)、『ドラゴン桜』(2003年連載開始/三田紀房著)など、東大を目指す学生、または東大生を扱った作品は、断続的に発表されてきています。

この「東大」の部分を他の大学、京大や早大などに置き換えても成立しないほどのインパクトと魅力が「東大」にはあるからこそ、長い間、ブランドとして機能し続けているといえます。

これは他のジャンル、ドラマや映画でも同様。上記の『東京大学物語』『ドラゴン桜』はいずれもテレビドラマ化されていますし、最近では、横浜流星のブレイク作ともなった『初めて恋をした日に読む話』(TBS系/2019年)という、不良高校生が東大を目指すという作品(これも漫画原作ですが)などなど、数多く存在します。

かつて東大卒は「反感を招く肩書」だった

こうした、エンターテインメントの世界を支える方々にも「東大卒」の方は数多くいらっしゃいました。日本映画界の巨匠・山田洋次、ムツゴロウ先生こと畑正憲、『世界ふしぎ発見』でお馴染み・草野仁、大御所シンガー・加藤登紀子などはすべて東京大学卒業生。

もっとさかのぼれば、『くいしん坊!万才』の初代リポーター・故渡辺文雄、シンガーソングライター・小椋佳、往年の名バイプレイヤー・矢崎滋なども東大出身です。

しかし、今挙げた方々は“東大”という肩書をことさらに押し出すことはなく、否、隠していた方すら少なくありません。「今、知った」という方もいるぐらいでは。そう、かつては“東大卒”が、エリートや選ばれた人々という、ヤッカミともいえるイメージを生み、世間の反感を呼んでいた時期もあったのです。

こうした、いわば負のイメージを一変させたのが、菊川怜です。1998年に現役東大生としてモデルデビューを果たし、翌年には女優としてドラマにも出演。


東大生のイメージ」を一変させた菊川怜さん。写真は2004年時のもの(写真:Albert L. Ortega/Getty)

また彼女が工学部建築学科卒という、いわゆるリケジョ(理系女子)だったことや、時折見せる“天然キャラ”の影響も大。「東大、しかも理系の女子」と言われて世間が抱く、少々とっつきにくいイメージをガラっと変えたのです。

その後、菊川は2002年から報道番組のキャスターとしての仕事もスタート。さらにはクイズ番組などに“東大卒”の肩書を前面に押し出して登場することで、現在に繋がる東大生キャラ確立の道筋を創り上げたと言っても過言ではないでしょう。

東大卒タレントはなぜ重宝される?

というような流れの中、菊川怜が切り開いた“東大生・東大卒タレント”が、ここ数年一気に花開きました。ではなぜテレビ界はここまで“東大生”を重宝するのでしょうか? 番組を制作する側に身を置く私なりの見解を述べると……「東大生は、どう転んでもオイシイから」です。

クイズ番組の回答者として東大生(東大卒)を起用した場合、当然のごとく、番組側は難しい問題を用意します。それに見事に正解すれば、視聴者は「やっぱり東大はスゴイ」となります。これに不正解すれば「東大も大したことないね」とばかりに、多くの視聴者はわずかながら優越感を得られるというワケです。

また、番組側が女子高生の間で流行っている事柄などを問題に設定し、これに東大キャラが不正解すると、従来通りの「東大生=お固く、浮世離れした人たち」というイメージに合致。「アイドルVS東大キャラ」といった図式を用意する場合などはその典型的使用例でしょう。

さらに東大生や東大卒タレントをトーク番組などで起用する場合は、“東大=浮世離れ”感に、さらなる重点を置き演出。いわば「珍獣キャラ」として重宝するという具合。わかりやすく「特別感」が発揮される図式にしやすいのです。

東大卒もつらいよ

最後にそんな東大キャラを、実際に東大を卒業された方々はどう捉えているのでしょう? 以前、ある東大卒の方にお話をうかがったところ、東大の卒業式で学長がされたこんなスピーチが印象的だったそうです。

【東大学長のスピーチ】
「皆さんは、大変な努力をされ東大に入学し、“東大生”という肩書を満喫もされたでしょう。しかし、卒業後はそのブランドが重い十字架にもなります。“東大を出ているから”“東大を出ているのに”という言葉が、あなたたちに降りかかるのです」

一般的に抱かれる「東大=簡単に到達できないゴール」というイメージは正に諸刃の剣ですよ、というメッセージですね。

このお話を聞かせていただいた方は「東大卒という経歴は、軽々に口にしないようにしている。それをテレビで堂々と押し出す人は、ある意味すごい」とおっしゃっていました。

誰もが一目置くインテリという共通認識は、ミステリアスかつ魅力的な部分も内包しており利用価値も高い一方、負の遺産も背負う運命にもあるようです。