柳樂光隆が監修した「UKジャズ・シーン相関図」

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新世代UKジャズの重要アーティストが集結したコンピレーション『Blue Note Re:imagined』をより深く味わうために、「Jazz The New Chapter」シリーズで知られるジャズ評論家の柳樂光隆が監修した「UKジャズ・シーン相関図」が先ごろ公開され、Twitter上で大きなバズを生んだ。そして、柳樂による概論と4本の監修コラムからなるUKジャズの決定版ガイドがここに完成。相関図や写真、動画・音源も交えながら、これまで把握しづらかったシーンの全体像に迫る。

●「UKジャズ・シーン相関図」詳細はこちら

▪️Index

◎柳樂光隆の概論
1. 「Jazz not Jazz」の前史
2. 『Blue Note Re:Imagined』が証明する歴史の繋がり
3. UK新世代ジャズの中心地「Tomorrows Warriors」
4. 音楽的特徴は「ハイブリッド」

◎解説コラム
5. Tomorrows WarriorsとBrownswoodが育んだもの
6. 女性たちが主役を担うUKジャズの今
7. UKシーンを育てた交流の場と育成機関
8. UKジャズとアメリカ/アフリカの相互関係


『Blue Note Re:imagined』
Various Artists
Decca / ユニバーサルミュージック
発売中
視聴・購入:https://va.lnk.to/BN_ReimaginedPR

英国のデッカ・レコードと伝説的なジャズ・レーベルのブルーノートがタッグを組み、ブルーノートの歴史を代表する名曲をUK現代ジャズ・シーンの才能溢れるミュージシャン達が新たにカバーしたコンピレーション作品。ジャズ、ソウル、R&Bのシーンで世界的に活躍する気鋭のアーティスト17組が参加。

1. 「Jazz not Jazz」の前史

UKジャズと呼ばれているカテゴリーが特殊な理由は、イギリスにおいてジャズという音楽が、日本でいうところの「洋楽」だということを出発点に考えるとわかりやすい。それゆえにイギリスでのジャズはアメリカとは全く異なる歴史を経ているし、アメリカとは全く別の文脈で存在感を示してきた。

80年代にUKのDJたちがUSの60〜70年代のジャズを掘り起こし、ダンスフロアを盛り上げたことで、過去の音楽だと思われていたジャズにDJのためのダンストラックとしての意味がもたらされた。その時にまず再評価されたのがブルーノートのレコード。ケニー・ドーハム「Afrodisia」などのダンサブルなアフロキューバンやハードバップが、イギリスのDJジャイルス・ピーターソンが選曲したコンピレーション『Blue Bop』や『Blue Bossa』(共に(1986年)などに収録され、世界中に広まったことで「ジャズの名門」の再評価が促された。そういったコンピが一種のバイブルとなり、ブルーノートがDJ目線で再発見され続ける流れが生まれたのは、裏のジャズ史を知るうえでかなり重要なポイントだ。ブルーノート以外でも、80年代の『Jazz Juice』や90年代の『London Jazz Classics』といったUKのDJカルチャーならではの文脈に沿った選曲のコンピレーションは、アメリカのジャズ史におけるものとは異なる、新たな名盤・名曲を生み出した。


左から『Blue Bop』、『Blue Bossa』のジャケット写真

また、80年代に勃興したアシッドジャズも重要だ。前述の「ジャズで踊る」カルチャーの中心人物、ジャイルス・ピーターソンが立ち上げたアシッド・ジャズ・レコーズを中心に起こったこのムーブメントは、DJがかけるジャズだけでなく、ジャズファンクや、ファンク、ブラジル音楽やレゲエ、ヒップホップやブレイクビーツなどのサウンドを演奏したり、打ち込みで作り出すジャズ以外の音楽を作るアーティストもアシッド”ジャズ”という名前で括られていた。その流れはアシッド・ジャズ・レコーズが「トーキング・ラウド」と名前を変えた90年代以後も続き、ジャミロクワイ、ガリアーノ、ブラン・ニュー・ヘヴィーズ、インコグニート、ヤング・ディサイプルズらが人気を博した。

1993年にはヒップホップの影響を受けたロンドンのグループ、Us3がハービー・ハンコックの名曲「Cantaloupe Island」をサンプリングした「Cantaloop (Flip Fantasia)」で世界的なヒットを生み出す。日本人のグループU.F.Oがハンク・モブレーをサンプリングした「I Love My Baby My Baby Loves Jazz」、ミシェル・ルグランやアート・ブレイキーをサンプリングした「Loud Minority」をイギリスでヒットさせたのもこの頃だった。

それと同時期に、サックス奏者のコートニー・パインらはジャズ・ミュージシャンの立場からファンクやレゲエ、ヒップホップやドラムンベースなどを取り込み、アシッドジャズや90年代にUKから生まれたグラウンドビートのムーブメントなどにも接近。ジャンルの枠を超えて注目を集め、DJからも支持された。

コートニー・パインの1990年作『Closer To Home』に収録された「Im Still Waiting」(ダイアナ・ロスのカバー)

イギリスにもオーセンティックなジャズのシーンはある。ただ、上記のようなDJカルチャーと密接に繋がっていたジャズと言う名前が付いていながらジャズ以外の音楽もひっくるめて語られていた。”ジャズではないジャズ”のような音楽がイギリスにおいて何度も浮上していることは重要なトピックであり、イギリスのジャズ史において欠かせない物語だ。

2. 『Blue Note Re:Imagined』が証明する歴史の繋がり

新しい世代による”UKジャズ”と呼ばれる音楽が、上述したイギリスのジャズ史に接続できることを、(ほぼ)イギリスの若手ミュージシャンたちによるブルーノート音源の再解釈企画盤『Blue Note Re:Imagined』は鮮やかに証明している。ここにはUKならではのジャズとDJカルチャーの関係性が紛れもなく受け継がれている。

『Blue Note Re:Imagined』の原曲と収録曲が交互に並べられた公式プレイリスト


ジョルジャ・スミス
1997年生まれ、ロンドンの今を象徴するR&Bシンガー。ドレイク『More Life』やケンドリック・ラマー総指揮『Black Panther: The Album』への参加を経て、2018年のデビューアルバム『Lost & Found』でブレイク。

アルバム冒頭に収録されたジョルジャ・スミスの「Rose Rouge」は、フランスのクラブジャズ系ユニットのサンジェルマンが2000年にブルーノートからリリースした楽曲のカバーだが、これはもともとマリーナ・ショウがブルーノートから1974年にリリースしたアルバムに収められている「Woman of the Ghetto」をサンプリングしたもの。アメリカであればジャズ史にもとづいた解釈か、ジャズとヒップホップとの関係の文脈での解釈になるのが定石だと思うが、そこにクラブジャズが入る辺りがイギリスらしさであり、この「Rose Rouge」はイギリスのジャズ周辺のシーンの本質を示している。

『Blue Note Re:Imagined』の収録曲で最初に先行公開されたジョルジャ・スミスの「Rose Rouge」が”ジャズの曲”ではなく、”ジャズの曲をサンプリングしたクラブジャズ”を再解釈していることが象徴するように、このコンピレーションはブルーノートを再解釈することがコンセプトにはあるが、ジャズかどうかは全く問うていない。そもそもR&Bシンガーであるジョルジャ・スミスを筆頭に、ポピー・アジュダ、ジョーダン・ラカイ、スキニー・ペレンベ、アルファ・ミスト、ブルー・ラブ・ビーツ、ヤスミン・レイシー、ミスター・ジュークスといった参加アーティストの半数は、純粋なジャズ・ミュージシャンとは言いがたい人たちばかりだ。R&Bシンガー、ビートメイカー、プロデューサーだったりにカテゴライズされるほうが妥当だろう。


(左)ポピー・アジュダ:サウスロンドンを拠点に活動するネオソウル・シンガー。トム・ミッシュの人気曲「Disco Yes」にもヴォーカルとして参加。
(中央)アルファ・ミスト:イーストロンドン出身のプロデューサー/コンポーザー。トム・ミッシュやジョーダン・ラカイとの交流でも知られ、独自のビートメイクは日本でも人気。2019年に最新作『Structuralism』をリリース。
(右)ブルー・ラブ・ビーツ:90年代UKソウル・グループ、D・インフルエンスを率いたクワメの息子NK OKと、Mr DMによるプロデューサー・デュオ。2018年作『Xover』と2019年作『Voyage』にはUKジャズの重要人物が多数参加。

とはいえ、エズラ・コレクティヴやマイシャのメンバーと何度もコラボしてきたジョルジャ・スミス、ドラマーのモーゼス・ボイドによる作品でも起用されたシンガーのポピー・アジュダ、ドラマーのユセフ・デイズらとセッションをしているアルファ・ミスト、サックス奏者のヌバイア・ガルシアなどとコラボしてきたブルー・ラブ・ビーツといったふうに、ジャズ・ミュージシャンと積極的に交流してきたアーティストも少なくない。むしろ、その周縁もしくはすぐ外側にいるのがヤズミン・レイシーやスキニー・ペレンベと考えれば、全員がジャズ・ミュージシャンと何かしらの接点があったり、ジャズ・コミュニティのすぐ近くにいるアーティストばかりだとも言える。ジャズの名のもとに、ソウルやR&B、ヒップホップもクラブジャズも全てまとめられた光景は、80〜90年代にアシッドジャズ・レコーズ、トーキン・ラウドがやってきたこととの繋がりを思い起こさずにはいられない。


(左)マックスウェル・オーウィン:サウスロンドンのベーシスト/DJ/トラックメイカー、幅広い人脈をもつ影のキーマン。鍵盤奏者のジョー・アーモン・ジョーンズ(エズラ・コレクティヴ)と2017年にコラボEP『Idiom』をリリース。(Photo by Dan Medhurst)
(中央)Kwes:ロンドンのプロデューサー。自作も名門Warpからリリースしつつ、ソランジュの傑作『A Seat at the Table』を筆頭に、ロイル・カーナー、ケレラ、Tirzahなどの諸作に携わる。最近ではヌバイア・ガルシアの最新作『Source』をプロデュース。
(右)WU-LU:サウスロンドンのプロデューサー兼マルチ奏者。ローファイでサイケな質感が持ち味。2019年のEP『S.U.F.O.S.』にはヌバイアのほか、ドラマーのモーガン・シンプソン(ブラック・ミディ)などが参加。(Photo by Denisha Anderson)

アシッドジャズやクラブジャズと呼ばれていた時代にも、フランク・フォスターやハービー・ハンコックをサンプリングして楽曲を作っていたU.F.O.やUs3、ファラオ・サンダースやアーチー・シェップをサンプリングしてヒットを生み出していたガリアーノらが活躍していたそのすぐ隣で、グラウンドビートやドラムンベース、ブロークンビーツといったクラブミュージックのシーンが存在し、そこではコートニー・パインやギャリー・クロスビーらジャズ・ミュージシャンが演奏していて、お互いに交流しながら影響を与え合っていた。その頃と同じように、2020年現在のUKジャズシーンでは、上述のアルファ・ミストやブルー・ラブ・ビーツ、マックスウェル・オーウィン、テンダーロニアス、カマール・ウィリアムス、Kwes、WU-LU、もしくは彼らの先達にあたるフローティング・ポインツやスウィンドルのように、ビートメイカーやプロデューサーもジャズ・ミュージシャンたちと密接に交わっている。

3. UK新世代ジャズの中心地「Tomorrows Warriors」

『Blue Note Re:Imagined』に参加している若手ジャズ・ミュージシャン、ヌバイア・ガルシア、シャバカ・ハッチングス、エズラ・コレクティヴらもまた80年代以降の歴史と繋がっている。UKジャズの新しいムーブメントを浮上させるきっかけとなったコンピ『We Out Here』(2018年)でも中心的な役割を担っていたこの3組は、コートニー・パインのバンドでベーシストを務めたギャリー・クロスビーが運営している音楽教育NPO「Tomorrows Warriors」の教え子たちであり、師弟関係のような形でイギリスの音楽史の連続性を体現している。


(左上)ヌバイア・ガルシア:1991年生まれのサックス/フルート奏者/作曲家。2020年に名門コンコードと契約し、アルバム『Source』をリリース。ネリヤとマイシャの2組にも在籍。
(左下)シャバカ・ハッチングス:1984年生まれのサックス奏者。サンズ・オブ・ケメット、コメット・イズ・カミング、シャバカ・アンド・ジ・アンセスターズという3つのグループを率いる現代UKジャズの精神的支柱。
(右)エズラ・コレクティヴ:フェミ・コレオソ(Dr)、TJ・コレオソ(Ba)、ジョー・アーモン・ジョーンズ(Key)、ディラン・ジョーンズ(Tp)、ジェームス・モリソン(Sax)からなる5人組。2019年にデビューアルバム『You Cant Steal My Joy』を発表。

ヌバイア・ガルシア、NPR「Tiny Desk (Home) Concert」でのパフォーマンス映像。ジョー・アーモン・ジョーンズ、ダニエル・カシミール、キャシー・キノシも参加。

Boiler Room Londonに出演したエズラ・コレクティヴのライブ映像

ジャマイカ移民を両親に持つUKカリビアンだったコートニー・パインが、自身と同じような境遇をもつカリブやアフリカからの移民によるバンドを作ることを目的に始めた「ジャズ・ウォリアーズ」の名前を受け継いでいる同NPOは、UKカリビアンやUKアフリカンのジャズミュージシャンが多く育て上げ、今日のシーンに送り出している。トリニダードとガイアナをルーツに持つヌバイア、バルバドスをルーツに持つシャバカ、ナイジェリアをルーツに持つエズラ・コレクティヴのコレオソ兄弟ら、現在のイギリスのジャズシーンをけん引する若手はカリブ/アフリカ系移民の2世・3世たちだ。

また、マイノリティに音楽を演奏する機会を与える目的を持つ同NPOは、黒人を中心とした移民だけでなく、女性へのサポートにも力を入れている。現在ではヌバイアをはじめ、シード・アンサンブルを率いるキャシー・キノシ、ココロコを率いるシーラ・モーリス・グレイなど、Tomorrows Warriors出身の黒人女性ミュージシャンが多数活躍しており、(世界的に男性率が非常に高い)ジャズ・シーンの男女比率を飛躍的に改善しつつあることも世界中で話題になっている。

関係者や卒業生の発言も交えた、Tomorrows Warriorsの紹介動画

実際に相関図を見てもわかるように、今のUKジャズと呼ばれるシーンの中心にはTomorrows Warriorsがあり、その出身者たちがシーンの核になっている。図には書き切れなかったが、スチーム・ダウンやルビー・ラシュトン、トライフォースなどに起用されるドラマーのベンジャミン・アピアーも輩出しており、出身者が参加しているバンドは枚挙に暇がない。もはやTomorrows Warriors抜きにはシーンは成り立たないとさえ言えるだろう。

4.音楽的特徴は「ハイブリッド」

コートニー・パインやギャリー・クロスビー、クリーブランド・ワトキスといった旧世代のジャズミュージシャンたちは、ファンクやレゲエ、アフリカ音楽、ドラムンベース、ラガ・ジャングルなど、イギリスのDJカルチャー由来の音楽から自分たちのルーツ音楽まで融合させてきた。彼らの子どもたちとも言うべきシャバカやヌバイア、エズラ・コレクティヴ、モーゼス・ボイド、テオン・クロスといった面々は、そういった伝統やルーツを継承しながら、レゲエやダブ、アフロビート、ダブステップやグライムなど、現在のイギリスに根付くサウンドをジャズと融合させている。

その傾向はTomorrows Warriors門下生に限らず、ユセフ・デイズ、エマ・ジーン・サックレイなどシーン全域で広く見られるもので、今やUKジャズのカラーとしても認識されつつある。実際、彼らの音楽はジャズの範疇を超えて、幅広いプレイリストで引っ張りだこになっている状況だ。


(左)テンダーロニアス:ヘンリー・ウー(カマール・ウィリアムス)、レジナルド・オマス・マモード4世、モー・カラーズなどを擁するサウスロンドンのクルー&レーベル「22a Music」のリーダー。フルート/サックス奏者のジャズマンであると同時に、プロデューサーとしてトラック制作も行う。
(右)フローティング・ポインツ:マンチェスターのDJ/プロデューサー、サミュエル・シェパードのメイン・プロジェクト。エレクトロニック・ミュージックの第一人者でありながらジャズにもたびたび接近し、2015年のデビューアルバム『Elaenia』にはドラマーのトム・スキナーも参加。ヌバイアの講師を務めたこともあり、彼女に電子楽器のノウハウを伝授した。(Photo by Dan Medhurst)

そんなハイブリッド志向のジャズ・ミュージシャンたちが、テンダーロニアスが主宰する22a、フローティング・ポインツが主宰するEglo Records、カマール・ウィリアムスが主宰するBlack Focusなど、DJカルチャー/クラブミュージック側からジャズと接近してきたレーベルとも交流し、同じイベントに出演したりしている。そんな土壌があるからこそ、トム・ミッシュとユセフ・デイズがコラボ作『What Kinda Music』を発表したり、シャバカ、ヌバイア、Wu-Lu、マックスウェル・オーウィンなど総勢18組のビートメイカーとジャズミュージシャンのコラボを集めた『Untitled』のような作品が生まれたりするわけだ。

シャバカ・ハッチングスはエレクトロニックミュージック系の音楽家と組んだコメット・イズ・カミング、南アフリカのミュージシャンと結成したシャバカ・アンド・ジ・アンセスターズ、カリブやアフリカの音楽を消化したサンズ・オブ・ケメットの3組を並行して運営し、モーゼス・ボイドはアフリカやカリブ音楽、グライムやダブステップを、生演奏とプロダクションが入り混じる独自のスタイルで融合させている。それらを聴いていると、80年代以降にイギリスで起こったDJカルチャーとジャズの関係性が受け継がれているだけでなく、当時よりもはるかに高い精度でジャンルの交配が行われていること、それらが昔より優れたテクニックで演奏され、多彩な形でアウトプットされていることがよくわかる。UKジャズが全く新しい次元にまで更新されていることは明白だ。

2019年、グラストンベリー・フェスに出演したコメット・イズ・カミングのライブ映像

21世紀以降、アメリカではロバート・グラスパーらの活躍によってジャズがハイブリッドな進化を遂げ、大きな支持を集めてきた。同時にジャズは世界中でそれぞれの地域の特性を活かし、歴史を受け継ぎながら独自の進化を遂げている。『Blue Note Re:Imagined』は、今日のイギリスにおける活況を鮮やかに切り取ったドキュメントのような作品でもある。ジャズを軸とした音楽の多種多様なバリエーションを、まずはここから楽しむといいだろう。

Column.1
Tomorrows WarriorsとBrownswoodが育んだもの

ポーラー・ベアやアコースティック・レディランドといった先輩バンドの2000年代の活躍を経て、2010年代に入るとそれらの中核メンバーのサックス奏者ピート・ウェアハムとドラマーのセバスチャン・ロッチフォードがこれまでの活動と並行して若手とのコラボレーションを開始。ピートはメルト・ユアセルフ・ダウン(『〜Re:Imagined』に参加)を結成し、セバスチャンはサンズ・オブ・ケメットに参加。両方のバンドにシャバカ・ハッチングスとトム・スキナーが参加していて、ここから彼らがシーンでの存在感を一気に強めていったことで現在の状況が生まれていった。アメリカに例えれば、ピートやトムはロバート・グラスパーらの世代にとってのロイ・ハーグローヴのような存在だった、と言えるかもしれない。

ポーラー・ベアの2015年作『Same as You』収録の「Dont Let The Feeling Go」と、メルト・ユアセルフ・ダウンの2013年作『Melt Yourself Down』収録の「Fix My Life」。共にシャバカが参加。

そんななか、2016年にヘンリー・ウー名義でエレクトロニック・ミュージックのシーンで活動していたプロデューサーのカマール・ウィリアムスとジャズ・ドラマーのユセフ・デイズによるプロジェクト、ユセフ・カマールによるデビューアルバム『Black Focus』が大ヒットを記録。ジャイルス・ピーターソン主宰のBrownswoodから発表され、ブロークンビーツやディープハウス、UKガラージをジャズの生演奏に置き換えた同作は、UK新世代ジャズシーンを顕在化させたマスターピースと言われている。ユセフ・カマールはその後、解散。ドラマーのユセフ・デイズはトム・ミッシュとのコラボ作『What Kinda Music』、鍵盤奏者兼プロデューサーのカマール・ウィリアムスはソロ2作目『Wu Hen』を、それぞれ2020年に発表している。

同じ2016年には、シャバカが牽引するシャバカ・アンド・ジ・アンセスターズとコメット・イズ・カミングが揃ってアルバムデビュー。前者の『Wisdom Of Elders』もBrownswoodからのリリースである。ここからシャバカはUK新世代の顔となり、(アメリカのメディアである)ローリングストーン誌が「Jazzs New British Invasion」と形容した快進撃において中心的な役割を担ってきた。その決定打となった2018年のコンピ『We Out Here』で、彼は音楽ディレクターを務めている。この『We Out Here』もまたBrownswoodからのリリースであり、ジャイルス・ピーターソンが仕掛けたものであった。


青:Brownswoodよりリーダー作をリリース、赤:『We Out Here』にリーダーとして参加、緑:『We Out Here』にメンバーとして参加

改めて相関図を眺めてみると、『We Out Here』の参加アーティストがTomorrows Warriors(以下、TW)の門下生によって構成されているのがよくわかる(トライフォースはドラマーのベンジャミン・アピアーのみTW出身)。ジャイルスはTWが育んだシーンを浮上させることで、それ以前からBrownswoodが提示してきたジャズとクロスオーバーの流れを決定的なものにした。2011年に最初のアルバムを発表したTW出身のザラ・マクファーレン、『We Out Here』への参加を経て、同年の『There Is A Place』でアルバムデビューを飾ったマイシャ、その翌年にヌバイアやユセフ・デイズも参加した『No More Normal』を発表しているスウィンドル。そのいずれもBrownswoodからのリリースであり、シーンにおいてTWとジャイルスの貢献がいかに大きかったのかがよくわかる。

TWはジャマイカ系イギリス人のジャズ・ベーシスト、ゲイリー・クロスビーと彼のパートナーのジェニー・アイアンズが1991年に設立した教育機関で、ゲイリーが若手のために行っていたジャム・セッションが出発点。助成金や寄付などから得た予算で全てのプログラムを無償提供しているのが特徴で、中高生対象の「Junior Band」などで若者に演奏機会を与えるだけでなく、マイノリティへのサポートも理念に掲げており、2010年代からは「Female Collective」のような女性向けプログラムを積極的に増やしている。さらに近年は、弦楽器を教えるStringTing、管弦楽団のYouth Orchestraなどクラシック関連のプログラムも増設。多くのミュージシャンを育ててきた。

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Tomorrows Warriors(@tom_warriors)がシェアした投稿 - 2020年 6月月29日午前8時34分PDT

左からゲイリー・クロスビー、ジェニー・アイアンズ

その卒業生を中心としたコミュニティは、ヌバイアが「真の意味での友情」と呼んでいるように深い絆で結ばれている。それぞれの作品やライブに「電話一本で駆けつけて」出入りしながらサポートし合う有機的な交流は、相関図には書き尽くせないほど緻密で入り組んだものだ。ここでは主要なグループやリーダー作を紹介しながら、キーマンたちの関係性についてもう少し整理しておこう。


左からモーゼス・ボイド(Photo by Liz Johnson Artur)、ビンカー・ゴールディング

ヌバイア、シャバカ、エズラ・コレクティヴと並ぶもう一人の重要人物がモーゼス・ボイド。サックス奏者のビンカー・ゴールディングと2014年に結成したデュオ「ビンカー&モーゼス」や、前述のザラ・マクファーレン、ベーシストのダニエル・カシミールといったTW出身者との交流や、リトル・シムズ、フォー・テット、フローティング・ポインツ、ムラ・マサなど越境的なコラボに加えて、ビヨンセ監修の『ライオン・キング』サウンドトラックにも参加した「UKシーンで最も多忙なドラマー」。マーキュリー・プライズにノミネートされた2020年の最新作『Dark Matter』では、アフロビートからグライムまで取り込んだ未来的なサウンドを提示している。

2020年、マーキュリー・プライズ受賞イベントでライブを披露したモーゼス・ボイド

ビンカー&モーゼスとしてはフリージャズ寄りのサウンドを掲げたビンカー・ゴールディングだが、ジョー・アーモン・ジョーンズやダニエル・カシミールが参加した2019年の初リーダー作『Abstractions Of Reality Past And Incredible Feathers』では、フュージョンにブロークンビーツを織り混ぜた洗練のサウンドを提示。また、ヌバイアやカミラ・ジョージ、山中千尋などと共演してきたダニエル・カシミールは、女性ヴォーカリストのテス・ハーストとのコラボ作『These Days』を2020年にJazz re:freshed(詳しくは後述)からリリースしている。


左からジョー・アーモン・ジョーンズ(Photo by Fabrice Bourgelle)、オスカー・ジェローム(Photo by Denisha Anderson)

エズラ・コレクティヴの鍵盤奏者であるジョー・アーモン・ジョーンズは、シーンを支えるDJ/プロデューサーのマックスウェル・オーウィンとの共作EP『idiom』(2016年)を経て、ヌバイアやモーゼス・ボイド、オスカー・ジェロームなどが参加した2枚のリーダー作『Starting Today』(2018年)と『Turn To Clear View』(2019年)をBrownswoodから発表し、コンポーザー/プロデューサーとしての才能も全面開花させた。シャバカに匹敵するほどシーンへの影響力は大きく、ヌバイアの初期EPから上述の『Dark Matter』までシーンの重要作に多数参加している。

Brownswoodの企画で披露された、ジョー・アーモン・ジョーンズとフェミ・コレオソのデュオ演奏

ココロコのメンバー(現在は脱退)として『We Out Here』にも参加した、「ネクスト・トム・ミッシュ」ことギタリストのオスカー・ジェロームによる2020年のアルバム『Breathe Deep』には、ジョー・アーモン・ジョーンズに加えて、シーラ・モーリス・グレイなどココロコのメンバーや、マイシャのジェイク・ロング、さらにリアン・ラ・ハヴァスも参加。同作の共同プロデューサーであるBeni Gilesは、リアンが同時期に発表したアルバム『Lianne La Havas』にも携わっている。


左からマンスール・ブラウン、テオン・クロス

ギタリストではもう一人、マンスール・ブラウンにも要注目。上述のユセフ・カマール『Black Focus』に加えて、『We Out Here』にもトライフォースの一員として参加。さらにアルファ・ミストやリトル・シムズともコラボしてきた彼は、2018年にカマール・ウィリアムスことヘンリー・ウーのレーベルから自身のリーダーアルバム『Shiroi』を発表。トム・ミッシュやオスカー・ジェロームと同様、ジョージ・ベンソンを独自に進化させたようなギターを披露している。2020年にはLAのレーベル「Soulection」からEP『Tesuto』を発表した。

そして、シャバカ率いるサンズ・オブ・ケメットでも存在感を示し、チューバという管楽器に革新をもたらしてきたのがテオン・クロス。ダブステップにも通じるベースラインを表現し、ヒップホップやクラブミュージックのセンスも持ち合わせる彼は、シード・アンサンブルに参加するほか、自身のリーダー作『Fyah』(2019年)ではヌバイアやモーゼス・ボイドを交えて、ニューオーリンズ〜ラテン音楽も吸収した先鋭的なサウンドを披露している。

Column 2
女性たちが主役を担うUKジャズの今

ヌバイア・ガルシアはインタビューで、女性のミュージシャンが集まって演奏するTWのプログラム「Female Collective」を通じて、先輩サックス奏者のカミラ・ジョージから多くを学んだと語っていた。彼女が在籍するバンド、ネリヤ(Nérija)も「Female Collective」から生まれたという。彼女の最新アルバム『Source』には、ジョー・アーモン・ジョーンズやダニエル・カシミールといった盟友たちに加えて、ヌバイアと同じくネリヤの一員でもあるシーラ・モーリス・グレイとキャシー・キノシが参加している。インディロックの名門として知られるドミノ・レコーズより、2019年にデビューアルバム『Blume』を発表したネリヤは、女性6人+男性1人というバンド編成も特徴的だ。


ネリヤ(Photo by Perry Gibson)

近年のUKジャズシーンでは多くの女性ミュージシャンが活躍している。イギリスではTWのほかにも、女性が積極的に活躍できるよう様々なサポートが実践されてきた。PRS for Music(日本でいうJASRACに近い著作権管理団体)が運営するアーティスト育成団体「PRS Foundation」では、女性アーティストの活動支援を目的としたファンド「Women Make Music」や、2022年までに音楽フェス出演アーティストの男女比を均等にすることを目標に掲げる「Keychange」を立ち上げ、奨励金や育成プログラムに加えて、理念に賛同する音楽フェスへの出演や、国境を越えたコラボの機会も提供してきた。また、女性アーティストのブッキングを推し進め、名門ライブハウスやジャズ・カフェとの橋渡しをするほか、ラジオ番組やワークショップも展開している「Women in Jazz」のような団体もある。音楽業界全体でジェンダー・イコーリティに取り組んできた成果が、シーンに如実に表れているのが今日のUKジャズと言える。ここから主なミュージシャンを紹介していこう。


左からカミラ・ジョージ、シーラ・モーリス・グレイ(Photo by Denisha Anderson)、キャシー・キノシ(Photo by Adama Jalloh)

現在はTWで講師も務めるカミラ・ジョージは、ダニエル・カシミール、フェミ・コレオソ、鍵盤奏者のサラ・タンディによるカルテットで2017年にアルバム『Isang』を発表。翌年発表のリーダー作『The People Could Fly』では、ギタリストのシャーリー・テテやUKソウルを代表するシンガーのオマーも迎えて、アフリカ音楽の要素も取り入れつつ幅広いサウンドを提示している。

トランペッターの「MS・モーリス」ことシーラ・モーリス・グレイは、ネリヤやシード・アンサンブルに参加するとともに、『We Out Here』にも参加したココロコのリーダーを務めている。シエラレオネ出身の母とギニアビサウ出身の父をもつ彼女は、ココロコでサックス奏者のキャシー・キノシ、トロンボーン奏者のリッチー・シーヴライトと女性3人でフロントを担い、西アフリカ音楽の影響を反映したアフロジャズを実践。2019年にデビューEP『KOKOROKO』をBrownswoodより発表しているほか、2020年のシングル「Carry Me Home」はSpotifyで約200万再生回数を記録している。ヌバイアによると、上述の「Female Collective」を現在運営しているのもシーラだという。

「The British Music Embassy Sessions」に出演したココロコのパフォーマンス映像

キャシー・キノシは6管を含む10人編成の大所帯バンド、シード・アンサンブルのリーダー。ここにはネリヤからシーラ、シャーリー・テテ、男性ベーシストのリオ・カイが参加し、テオン・クロスや女性サックス奏者のチェルシー・カーマイケル(プーマ・ブルーやモーゼス・ボイドの作品に参加)も名を連ねている。2019年のアルバム『Driftglass』では、鍵盤でジョー・アーモン・ジョーンズとサラ・タンディが客演しており、西アフリカやカリブ音楽、ネオソウルまで横断したグルーヴを大迫力で奏でている。

2019年、マーキュリー・プライズ授賞式でライブを披露したシード・アンサンブル


左からシャーリー・テテ、サラ・タンディ

ネリヤのメンバーで、シード・アンサンブルやマイシャにも参加しているシャーリー・テテは、ソロ名義のナーデイデイ(Nardeydey)としてはインディロック系レーベルのLucky Numberに所属し、チャーミングで屈折したレフトフィールド・ポップを打ち出している。ピアニスト/作曲家のサラ・タンディは、幼少期からクラシックを学びながらロンドンのジャズシーンに関与するようになり、マイシャやネリヤ、ヤズ・アハメドなどとの共演を経て、2020年にデビューアルバム『Infection In The Sentence』を発表。ビンカー・ゴールディング、フェミ・コレオソ、ココロコからシーラとベース奏者のムタレ・チャシを迎え、引く手数多の演奏センスを発揮している。


左からヤズ・アハメド、エマ=ジーン・サックレイ

トランペット/フリューゲルホルン奏者のヤズ・アハメドは、このシーンにおける多様性を象徴する存在だ。中東バーレーン出身で、レディオヘッド『The King Of Limbs』に参加し、ジョン・ゾーンやエヴリシング・イズ・レコーデッド、イシュマエル・アンサンブルなどと共演。2019年の最新アルバム『Polyhymnia』ではヌバイア、シーラ、シャーリー・テテ、サラ・タンディを迎え、独自のサイケデリック・アラビック・ジャズを追求している。

『Blue Note Re:Imagined』に参加しているエマ=ジーン・サックレイもシーン随一の個性派。ヨークシャー地方で育ったトランペッター/マルチ奏者で、TW周辺のシーンとも共演を重ねてきた彼女は、2020年に設立した自身のレーベル「Movementt」からEP『Rain Dance』を発表。ジャズ・アンサンブルと、ダブを通過した宅録的なフィーリングが溶け合うことで、スリリングな音像を描いている。

Column 3
UKシーンを育てた交流の場と育成機関

2010年代以降のロンドンにはTomorrows Warriorsのほかにも、音楽を学び、ミュージシャンが交流するための「場」がいくつも存在してきた。

演奏家とDJ/プロデューサーが入り混ざるイベントとして2003年に西ロンドンでスタートした「Jazz re:freshed」は、ディーゴ(4ヒーロー)やカイディ・テイタム(バグズ・イン・ジ・アティック)、マーク・ド・クライブ・ロウといった現行シーンにおける先輩格や、ブレイク前夜のテイラー・マクファーリンも参加した2008年のコンピ『Jazz re:freshed vol.1』を境に、レーベルとしての活動も本格化。

今回の相関図にまつわる重要リリースも多く、2016年には『We Out Here』にも参加したトライフィースのアルバム『Triforce 5ive』、マイシャやアシュリー・ヘンリーのEP『Ashley Henrys 5ive』、2017年にはヌバイアのデビューアルバム『Nubyas 5ive』とダニエル・カシミールのEP、そして2019年にシード・アンサンブルやサラ・タンディのアルバムに、上述したダニエル・カシミール&テス・ハーストのコラボ作をそれぞれ発表している。

Jazz re:freshedで演奏するテオン・クロス、ヌバイア、モーゼス・ボイド

『Blue Note Re:Imagined』にも参加している「スチーム・ダウン」は、ロンドン南東部のバー「Buster Mantis」で毎週水曜に同名のイベントを主宰しているアーティスト・チーム。セッション企画ではアフロビートのテイストを前面に押し出し、カマシ・ワシントン、ヌバイア・ガルシアなど数多くのアーティストとのコラボレーションを行っている。

さらに、ジャズやファンクを軸に、新たなサウンドを模索するミュージシャンをブッキングするライブ・シリーズ「Church of Sound」、マカヤ・マクレイヴン『Where We Come From (Chicago × London Mixtape)』の舞台にもなった、レコーディングスタジオとライブスペースが併設されているUKジャズの拠点「Total Refreshment Centre」(ライブハウス営業は休止中)など交流の場は枚挙に暇がない。そういったイベントに加えて、ジャイルス・ピーターソンの「Worldwide FM」や、「Balamii」「NTS Radio」といった、インディペンデントなラジオ局もジャズシーンを積極的にサポートしている。

エズラ・コレクティヴ、Church of Soundでのライブ映像、シーラ・モーリス・グレイ、キャシー・キノシなども共演

Total Refreshment Centreで収録されたネリヤのライブ映像

ジャイルス・ピーターソンのBBCラジオ番組内での放映用に録音されたライブ音源『Gilles Peterson Presents: MV4』。ジョー・アーモン・ジョーンズ、オスカー・ジェロームなどが参加。


左からスキニー・ペレンベ、ヤスミン・レイシー

教育機関についても整理しておこう。ジャイルス・ピーターソンが2014年に設立したNPO「Future Bubblers」では、次世代アーティスト育成の一環として、同名のコンピ・シリーズを通じて、彼らの音楽を世界中にアピール。『Blue Note Re:Imagined』に参加している南アフリカ出身マルチ奏者のスキニー・ペレンベ、ジョルジャ・スミスに続くディーヴァとして注目されるヤスミン・レイシーなど注目すべき才能をいくつも発掘してきた。

また、このシーンにはトリニティ・ラバン音楽院で学んだ者も多く、ジャズギターを専攻したトム・ミッシュのほか(中退)、ヌバイア、ジョー・アーモン・ジョーンズとフェミ・コレオソ(エズラ・コレクティヴ)、オスカー・ジェローム、シーラ・モーリス・グレイ、キャシー・キノシ、モーゼス・ボイド、アマネ・スガナミ(マイシャ)などが同学校の卒業生である。

もう一つ、ブリット・スクールも欠かせないだろう。同校は音楽のみならず、演劇やダンスからゲーム、アプリまであらゆる分野を学ぶことができるパフォーミングアート&テクノロジースクール。授業料は無料で(国の財源で賄われている)、アデルやエイミー・ワインハウスを筆頭に、FKAツイッグスやラッパーのオクタヴィアンなど気鋭のアーティストを多く輩出してきた。


アシュリー・ヘンリー(Photo by Max Fairclough)

ジャズシーンではサウスロンドンのピアニスト/コンポーザー、アシュリー・ヘンリーが同校の出身。2019年の1stアルバム『Beautiful Vinyl Hunter』では、キーヨン・ハロルド、マカヤ・マクレイヴン、モーゼス・ボイド、ビンカー・ゴールディングなど英米の気鋭ミュージシャンを迎え、ソランジュ「Cranes in the Sky」のインストカバーも披露している。

さらに相関図にもあるように、同校からはキング・クルールや、彼の同級生であるロイル・カーナーやジェイミー・アイザックの背中を追うように、最新作『Pony』で全米3位/全英5位を記録したレックス・オレンジ・カウンティなど、新しい感性をもつシンガーソングライターが続々と台頭。そのなかでもプーマ・ブルーやコスモ・パイクは、同時代のジャズシーンとも連動するようなサウンドを鳴らしてきた。

ここで注目したいのが、アシッドジャズの時代に、ヤング・ディサイプルズのエンジニアとして活躍したディーマスことディル・ハリス。彼は近年、キング・クルールやプーマ・ブルーの作品に携わりながら、サンズ・オブ・ケメット『Your Queen Is A Reptile』(2018年)や、シャバカ&ジ・アンせスターズ『We Are Sent Here By History』といったシャバカ・ハッチングスの重要作も並行して手がけ、プロデューサー/エンジニアとして再注目されている。この縦横の繋がりもまた、今日のUKシーンを象徴していると言えるだろう。

Column 4
UKジャズとアメリカ/アフリカの相互関係

『Blue Note Re:Imagined』にオーストラリア出身のジョーダン・ラカイやノルウェー発のネオソウル・バンドことフィア(Fieh)が抜擢され、全英チャート1位も成し遂げたボンベイ・バイシクル・クラブのフロントマン、ジャック・ステッドマンによるミスター・ジュークスや、デトロイト・テクノの重鎮ことカール・クレイグともコラボしてきたイシュマエル・アンサンブルも参加しているように、今日のUKジャズは国境やジャンルを超えてミュージシャンが集い、様々なフィールドに相互作用をもたらしている。


(左上から時計回りに)ジョーダン・ラカイ、フィア、イシュマエル・アンサンブル、ミスター・ジュークス


マカヤ・マクレイヴン(Photo by Eddie Otchere)

アメリカでこの動きにいち早く反応したのが、鬼才ドラマーのマカヤ・マクレイヴン。ジェフ・パーカーなど共に新たな隆盛を見せるシカゴシーンの最重要人物である彼は、2018年のミックステープ『Where We Come From (Chicago × London Mixtape)』でヌバイア、ジョー・アーモン・ジョーンズ、テオン・クロス、カマール・ウィリアムズと行ったセッションを再構築したあと、2018年の傑作アルバム『Universal Being』でも、「ジャズの今」を象徴する都市としてNY、LA、シカゴとともにロンドンへと渡り、シャバカ、ヌバイア、ダニエル・カシミール、アシュリー・ヘンリーとの演奏を録音/リエディット。2019年にはエマ=ジーン・サックレイとスプリット・シングル「Too Shy / Run Dem」をリリースし、ヌバイア・ガルシア最新作『Source』の楽曲をリミックスするなど、活発な交流を見せている。

また、モーゼス・サムニーが2020年に発表し、高く評価された2ndアルバム『græ』では、ジェイムス・ブレイクやワンオートリックス・ポイント・ネヴァーことダニエル・ロパティン、サンダーキャットなどに並んで、シャバカとヌバイア(ここではフルートを担当)が参加。その逆で、カマール・ウィリアムス『Wu Hen』にはLAを拠点とするミゲル・アトウッド・ファーガソンや、ドラマーのグレッグ・ポール(ソランジュやジェイ・Zといった大物を支えるジャズ・コレクティヴ「カタリスト」に所属)が参加している。このように、今後もUKとアメリカの交流が化学反応を生み出すに違いない。


トム・スキナー

もう一つ注目しておきたいのがアフリカシーンとの繋がり。TWの門下生で、サンズ・オブ・ケメットやメルト・ユアセルフ・ダウンでドラムを担当し、同時にハロー・スキニー名義でエレクトロニックミュージックも制作してきた(2017年作『 Watermelon Sun』はBrownswoodよりリリース)トム・スキナーは、ゼロ7やフローティング・ポインツなどとの共演を通じてUKのクラブシーンで活躍してきた一方で、エチオピア・ジャズのレジェンドであるムラトゥ・アスタトゥケのバンドにも起用されてきた。実はシャバカもムラトゥと共演歴があり、エチオピア音楽からの影響を幾度となく語っている。

さらに、シャバカは南アフリカ出身のフリージャズ系ドラマーのルイス・モホロや、ナイジェリア音楽の大家であるキング・サニー・アデ、ナイジェリア産アフロビートの巨匠オーランド・ジュリアスとも共演してきた。彼が率いるシャバカ・アンド・ジ・アンセスターズでは、ドラマーのトゥミ・モゴロシやサックス奏者のムトゥンジ・ムヴブといったバンドメンバーや、2020年にブルーノートからリーダー作『Modes of Communication: Letters from the Underworlds』を発表したピアニストのンドゥドゥーゾ・マカティニ、女性ピアニストのタンディ・ントゥリなど元メンバーやゲスト陣も含めて、南アフリカの実力派ミュージシャンが参加している。

2016年、南アフリカのヨハネスブルグで演奏するシャバカ・アンド・ジ・アンセスターズ

この流れとも呼応するように、ニンジャ・チューンを主宰するコールドカットが始動させたプロジェクトがケレケトラ!だ。2020年に発表させたセルフタイトル作では、シャバカやジョー・アーモン・ジョーンズ、テンダーロニアスなどUK勢が、アフロビートの創始者ことトニー・アレン(2020年死去)、フェラ・クティに仕えた鍵盤奏者のデレ・ソシミを含む南アフリカのミュージシャンや、USアフロビートの代表格であるアンティバラスなどと実り多きコラボを見せている。さらにジョー・アーモン・ジョーンズは、南アフリカを代表するトランペッターのヒュー・マセケラ(2018年死去)とトニー・アレンの遺作となったコラボ作『Rejoice』で、ムタレ・チャシ(ココロコ)とともに大きく貢献している。

南アフリカはもともとイギリスの植民地だったこともあり、昔から南アフリカ出身のミュージシャンがUKのジャズシーンで活躍してきた。さらに、サンズ・オブ・ケメットやエズラ・コレクティヴ、もしくはココロコやモーゼス・ボイドの音楽性にも明らかなように、今日のUKジャズシーンはアフロビートを貪欲に取り入れ、様々な要素をミックスさせながら進化させてきた。シャバカやジョーはそんな歴史も踏まえつつ、UKと南アフリカのコネクションをもう一度深めながら新しい関係を作り出そうとしているのだろう。

最後に、リーズとロンドンを拠点にする大所帯ジャズ・コレクティヴ、ヌビヤン・ツイストにも注目しておきたい。2019年発表の2ndアルバム『Jungle Run』では、ムラトゥ・アスタトゥケとトニー・アレンをゲストに迎えて、アフロジャズとブラジル音楽、エレクトロニスが融合した刺激的なサウンドを展開されている。そして、ベナン共和国の大御所シンガー・ソングライター、アンジェリーク・キジョーによる最新作『Celia』(2019年)に、トニー・アレンやミシェル・ンデゲオチェロなどと並んで、シャバカがサンズ・オブ・ケメットのメンバーを率いて参加していることも付け加えておこう。