自転車の原則「歩道禁止」で事故は減ったのか?

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 新型コロナウイルスの感染拡大で、電車やバスの「密」を避けるために自転車移動をする動きが広がっている。自転車販売大手あさひは、6月以降の売り上げが前年比で4割増えたと公表。ロードバイクに乗る『ウーバーイーツ』などの宅配業者の姿も目立つようになってきた。

【写真】歩道通行の自転車、車のドライバー目線ではどう見える?

 そこで改めて指摘されているのが「自転車は原則、車道通行」というルールだ。

 歩道で歩行者に対してベルを鳴らして走る自転車をよく見かけるが、これは道路交通法違反になる。

 あなたは自転車に乗る際、歩道と車道のどちらを走っているだろうか──。

車道はやっぱり怖い

 職場まで自転車通勤をしているという50代女性は「歩道」を走るという。

「もちろん、原則は車道通行だと知ってますよ。でも、私はママチャリだし、歩道だったら何かあってもすぐ止まれる。車道はやっぱり怖い。車道を走るのはロードバイクとか、運転免許を持っている人じゃないんですか? 免許を持ってない人は、歩道を走るのが常識だと思うんですけど……」

 電動アシスト自転車の前と後ろに2人の息子を乗せるという30代主婦も「基本的には歩道を走る」と話す。

「広い歩道があるところでは、やはり歩道を走ります。自転車専用レーンがある道路では、そちらを通ることもありますが、やはり車道は怖いですね」

 2008年6月、道路交通法(以下、道交法)の改正により、自転車は“軽車両”と位置づけられている。そのため、車道と歩道の区別のあるところでは、原則、車道の左端を、車と同じ左側通行で走らなければならない。自動車運転免許の有無にかかわらずである。

 また、子どもを前後に乗せていても原則車道通行がルールだ。

 ただ、例外もある。(1)歩道に「自転車通行可」の道路標識がある(2)運転者が13歳未満、70歳以上、身体の不自由な人(3)路上駐車が多い道路(4)車道が狭く交通量が多い道路。

 これら安全のためにやむをえないケースでは歩道を通ることが許されている。

 一方で、自転車利用者の「車道が怖い」という認識は根強い。

 今年8月、au損害保険株式会社は、全国の自転車利用者の男女1000人を対象に、自転車の車道通行に関する調査を実施。すると、「自転車は車道の左側を通行しなければならない」というルールを知っていると答えた人が93・7%。道交法の認知度の高さが明らかになったが、同時に95・2%の人が「車道を走るのは危険」と回答した。実際には、車道と歩道のどちらが「安全」だと言えるのか。車道通行のルールが定められて以降、事故は減ったのだろうか。

車道ルールになって事故件数は減ったのか?

 2019年の自転車関連事故の件数は、8万473件。この数字は、道交法が改正された翌年の2009年から毎年、減少傾向にある。

 ’05年には18万件以上の自転車事故があったのだから、目に見えて少なくなっていると言えるだろう。

 自転車事故の研究を続ける自転車総合研究所の工学博士・古倉宗治さん(70)は「私は自転車の車道通行推進派です」と前置きしたうえで、こう言う。

自転車の事故の相手は80%以上が自動車で、2018年のデータでは、事故発生現場の約71%が交差点、歩道が約10%、車道で約8%です。この数字だけを見ると、自動車との事故件数に関しては歩道と車道の事故で大差はないように思われます。ですが、交差点で起きる事故の多くは、歩道を走行してきた自転車が交差点で車道に飛び出し、車とぶつかるケースだと考えられます」

 実は、車道を走る自転車は、かなり遠くからでも車のドライバーに認知されている。だが、歩道を走る自転車は「死角」になることが多く、交差点や店の駐車場出入り口など出合い頭で「急に現れる」という認知の遅れが生じているのだ。

「車道を走る車から左側の歩道を走る自転車はほとんど見えません。そのため、交差点で左折しようとした瞬間に突然、歩道から現れた自転車を巻き込む事故につながるのです。また、コンビニの駐車場や脇道から出てくる車と歩道を走行していた自転車がぶつかるケースも多く見られます。これも自転車が車道を走っていれば、防げる事故です」

 左側通行のルールを無視した「右側走行(=逆走)」の自転車事故も多発している、と古倉さん。

「これはルール違反どころか最大の道交法違反です。車道の左側走行をする場合と比較して、逆走は脇道から出てくる車との事故発生率が極めて高い割合になるという研究結果もあります。裏道などで安易に右側通行する人がいますが、これも交差点で車から死角になりやすいので絶対やめてほしい」

 古倉さんは「歩道のほうが『安心』という心理」には、根拠のない車道への恐れがあると指摘する。

「車道を危険と感じる人の多くは“車との間隔の近さ”に不安を抱いています。ですが、自動車安全運転センターの’08年の調査によると、『自転車を追い越す場合、空間を十分確保しますか?』というアンケートで95%のドライバーは、『確保する』と回答しています。

 歩道は『安心』のイメージがありますが、事故件数からみると、実際は車道の左側を走るほうが『安全』だと言えるでしょう」

歩道通行で危険な目に遭い「車道派」に

自転車による交通事故ゼロ」という活動で主に高校生の自転車事故減少に実績のある株式会社セルクルの代表・田中章夫さん(59)は、15年前から自転車通勤をしている。最初の半年間は歩道を通っていたが、事故や事故手前の危険な出来事「ヒヤリハット」を体験したと明かす。

自転車通勤で歩道を通行していると、交差点や駐車場の出入り口、脇道から出てくる車とぶつかりそうになりました。毎週のように車とぶつかりそうになったし、急ブレーキをかけて、ひっくり返ることもありました。常に身体のどこかに生傷がある状態でしたね」

 その後、車道通行について学び、車道を走るようになって14年、見事に「ヒヤリハット」がなくなった。

「運転中の車は歩道までしっかり見る余裕がありません。でも、車道にいる自転車は否応なしに“邪魔だな”と思いながら認識している。だから、ドライバーから見えやすい車道が自転車にとっていちばん安全ということになるんです」

自転車が「歩道」を走る国は野蛮!?

 歩道は歩行者優先。そして車道は、車、自転車、バイクなどすべての車両で共有する場所。だが、歩道では自転車が幅をきかせ、車道では車が幅をきかせる。そんな妙な実態がある。

 特に、「車道は自動車専用道」という車のドライバー側の意識を田中さんは問題視する。

「歴史的な背景が生み出した誤った認識です。ほとんど知られていませんが、日本では長い間、自転車が普通に車道を走っていました。

 明治から大正時代に自動車が登場しますが、車道を自転車と共有していました。昭和の時代も、やはり車道を自転車が普通に走っている。

 ところが1970年、高度成長の時代に、暫定的に一部の歩道を自転車が通行してもよいという場所を造ったんです。そこから『自転車はどこでも歩道を走れる』という間違った習慣が広まってしまった。ただ、道交法ではずっと一貫して、自転車は車道を通行するように明記されているんです」

 今から50年前だとすれば、小誌読者のほとんどが「自転車は歩道を走るもの」と認識して育ったのではないだろうか。だが、世界的な基準でみても、自転車が『歩道』を走る国はまれだという。

 それを象徴するエピソードを田中さんが教えてくれた。

「アフリカの某大使が日本に来たときに“日本は素晴らしい。食べ物はおいしいし、人は親切だし、さすがおもてなしの国だ。ただし、ひとつだけ残念なことがある。それは自転車が歩道を走っていることだ”と言ったそうです」

 欧州では自転車政策が進化し、車より自転車を優先する道路も造られている。

 オランダでは、自転車が横に2台、デンマークでは3台並んで走れる自転車専用空間を主要道路に設けている。また、イギリスやアメリカなど多くの国で、交差点における自転車の停止線は、車の前方に設けられ、車より先に発進できる。それが世界的な常識なのだ。

「車道では自動車が優先という認識は、日本だけなんですね。ドライバーの認識を改める教育をもっと徹底するべきだと思います」

 田中さんは、車道で幅寄せして自転車を押しやる悪質ドライバーにも遭遇してきた。いわゆる自転車へのあおり運転だ。そうした「安全のためにやむをえない」シーンは道交法の例外に該当するため、歩道に逃げて身を守る選択をする必要がある。

 日本でも、自転車を意識した道路整備は積極的に進められている。

 今年6月、国土交通省は新型コロナウイルスの感染拡大対策で自転車交通量が増加したのを受け、「東京23区内の国道および主要都道の自転車通行帯などを今年度に約17km整備する」と発表。こうした道路整備とドライバーに正しい意識が浸透することで、自転車が安心して「車道通行」を選択できる社会が形成されるのかもしれない。

歩道通行の事故で約1億円の賠償金も

 どうしても『歩道通行』を選択する場合は、ルールを守り、事故のリスクも知っておく必要がある。自転車と歩行者の事故では大きな責任が問われるからだ。数千万円の賠償金を支払わなければならないケースもあり、たとえ未成年でも加害責任は免れない。

 au損保によると、自転車による加害事故では次のような例もあった。

 2013年、神戸地方裁判所にあった判決で、男児が夜自転車で走行していたところ、62歳の女性歩行者と正面衝突し、女性は意識不明の重体となった。9521万円の賠償金の支払いが命じられたという。

 また、2008年には、東京地方裁判所での判決で、男子高校生が歩道から車道を斜めに横断していたところ、対向車線を自転車で直進していた24歳男性に衝突し、その男性には後遺障害が残った。判決は9266万円の賠償金だった。

 自転車保険の加入者も増加中だ。東京都をはじめ、多くの自治体で自転車保険の加入を義務化するようになった。毎月、数百円で加入できるので、この機会に加入も考えておきたい。

 前出の古倉さんは、『歩道』を選ぶ人たちのルール違反に警鐘を鳴らす。

「どうしても歩道を選ぶ人は、歩行者優先で車道寄りを徐行が鉄則。徐行とは大人が早歩きするくらいのスピードです。また、歩道と車道を行き来する走行はドライバーの判断を迷わせて事故につながるのでやめてください。歩道を走る場合は歩行者用信号、車道は車両用信号に従うこと。歩道は車のドライバーの死角になると認識し、一時停止で安全確認と細心の注意を払えることが大前提ですね」

 とはいえ、自転車走行のいちばんの安全策は「車道左側を堂々と走る。一時停止で確実に止まる」。これだけで、事故リスクは確実に減少することをお忘れなく。

(取材・文/小泉カツミ)