森山直太朗『エール』の演技でも見せた存在感、唯一無二の「死と再生」の表現者
NHKの朝ドラ『エール』第88話(10月14日放送)で、森山直太朗(44)扮する藤堂清晴が壮絶な戦死を遂げた。窪田正孝が演じる主人公・古山裕一をかばいながらの最期であり、翌日の放送で藤堂の妻は裕一にこう告げる。
「あの人、あなたのこと、本当に好きだった。きっと、自分の人生、託してたのね」
そう、藤堂は裕一のいわば分身的存在であり、実はこのドラマの「影の主役」といえる。彼は裕一の才能を発見し、自身があきらめた音楽への夢を委ねた。
ドラマの初回では、藤堂の死から20年後の東京五輪が描かれる。裕一が『オリンピック・マーチ』を作曲したことを、裕一の盟友が藤堂の墓前で報告するのだ。つまり、藤堂は自らの分身が夢をかなえてくれたことを、草葉の陰で見届けるわけだ。
森山は「死と再生」の唯一無二
それにしても、このドラマは思いきった起用をしたものだ。森山の本業は歌手で、演技経験はほとんどない。にもかかわらず、このような大役を任せたのだから。その謎が個人的に解けたのは、藤堂の戦死シーンから数時間後のことだった。たまたま観た映画『望み』(10月9日公開)のラストで、森山による主題歌『落日』が流れたのである。
この映画は、少年同士の殺人事件がもたらした家族の混乱、そこからの喪失と再出発をテーマにしていて、いわば「死と再生」の物語である。そして『エール』もまた、戦争を通して、主人公たちが直面する「死と再生」を描こうとしている。そこでふと、思い当たったのだ。
それは森山が「死と再生」の表現者として当代随一であるということ。『エール』はそこを演技でも生かせると考えたのだろう。実際、劇中では裕一の作曲した軍歌をうたう場面があったが、彼のそれは勇ましさよりむしろ、死を予感させる儚さと、それでもなおギリギリまで生きて何かを残そうとする芯の強さを感じさせたものだ。
ちなみに『望み』のパンフレットには、制作側が主題歌を彼に依頼した理由がこう記されている。
《未来の明るい光を照らすものにしたい》
たしかに、彼の歌には凄惨な現実にも希望をもたらす力がある。その秘密を探るうえで見逃せないのが、母・森山良子から受け継いだ音楽的DNAだ。彼女は反戦フォークが流行した時代に世に出て『さとうきび畑』など、戦争をテーマにした作品も歌ってきた人である。
そしてもうひとり、母経由で受け継いだ才能がある。さだまさしだ。良子はさだが若いころに作った『掌』が好きで、直太朗にもよく歌って聴かせたという(のちに、良子も直太朗もこれをカバーしている)。
また、さだは『精霊流し』『防人の詩』『償い』など死をテーマにした作品に定評があるほか、難病の青年を描いた小説『解夏』は『愛し君へ』(フジテレビ系)というタイトルでドラマ化された。これは主題歌『生きとし生ける物へ』をはじめ、直太朗作品が随所に使われたドラマでもある。
森山が示す「生」の概念
そんな先人たちの影響を受けた彼は、2008年に『生きてることが辛いなら』を世に問うた。「いっそ小さく死ねばいい」というフレーズが物議をかもしたが、終盤には「くたばる喜びとっておけ」というメッセージが置かれている。そこには、死を意識し直視しながら、それを生への意志とエネルギーに変えていこうとする姿勢が見てとれた。
『エール』もまた、物語的にそういう転回点にさしかかっている。主人公は自らの音楽が日本人の士気を煽り、死へとかきたてる結果になったのではと落ち込むが、やがて生への希望の音楽を書こうとすることで自らを甦らせていくのである。
そもそも、森山の出世作『さくら(独唱)』自体、死と再生という意味合いが秘められていた。彼は咲いては散り、散っては咲く桜に、別れと旅立ち、再会への祈りを重ねたのだ。
なお、これ以前のJ-POPや歌謡曲に桜ソングは意外と多くない。昭和歌謡を代表する作詞家・阿久悠などは、桜に軍国日本の「負」のイメージを感じるとして、あえて避けていたほどだ。森山は桜に新たな希望を吹き込み、「正」のイメージを再生させたともいえる。
そんな出世作から17年、森山は『最悪の春』という曲を発表した(配信限定)。コロナ禍で迎えた今年の春への屈折した思いを赤裸々に歌ったものだ。8月に情報番組『あさイチ』(NHK総合)で披露すると、MCの博多大吉はこんな感想を漏らした。
「ネガティブも口に出すと、なんかポジティブに通じる、みたいな、ね」
そのあたりはまさに、森山の表現者としての真骨頂だろう。その特性は『エール』でも発揮された。朝ドラとしては異例なほど、戦争の凄惨さに踏み込む描き方がされたなか、彼はそこにどこか清冽(せいれつ)な空気と、希望の予感をも付け加えたのだ。
ネガティブをポジティブに。それは人生の極意でもあり、戦争やコロナ禍からも、そうやって立ち直っていくしかない。ただし、藤堂ロスからはなかなか立ち直れないという『エール』ファンも多そうだが――。