「京王プラザホテル」売上高は9割減、京王電鉄を襲う鉄道&ホテルのWコロナショック
堅実経営で知られる京王電鉄は、沿線に大きな観光地がなく、事業展開も沿線が中心だ。それだけに新型コロナウイルスの影響は軽微だと思われたが、あの有名ホテルが大打撃を受けていた。インバウンド需要を追い風にした鉄道会社ほど、今、危機的な状況に陥っている。
「日常の足」としての
“コロナ禍”鉄道事情
京王電鉄は、新宿から京王八王子・高尾山口方面をメイン路線として、調布から分岐する相模原線、渋谷〜吉祥寺を走る井の頭線と、大きく3方面の路線から構成される。日本一の繁華街である新宿、渋谷を起点とし、新宿に京王百貨店を構えており、都内での知名度は高い。ただ、沿線の観光地といえば高尾山ぐらいで、華やかなイメージには乏しい。
今回、新型コロナウイルスで特に大きな打撃を受けたのは、観光業や、新幹線や飛行機による長距離移動である。いずれも景気動向に左右されやすい領域で、近年は好景気により右肩上がりだった。
では、好不況に左右されにくい「日常の足」としての鉄道は、新型コロナウイルスでどう変わったか?
京王電鉄の鉄道事業は、観光や長距離輸送との関わりが比較的少なく、都内の通勤・通学事情を如実に表す。裏付けとして、同じように有名観光地や空港路線を持たない東急電鉄の鉄道事業にも注目する。ちなみに、現時点で明らかになっているのは、8月末に公表された7月までの実績である。
京王電鉄の鉄道事業は、緊急事態宣言下の4月、5月に前年比55パーセント減まで落ち込み、6月は前年比34パーセント減と持ち直して、7月が前年比31パーセント減で横ばい傾向となった。東急電鉄の鉄道事業も、4月、5月は前年比の半分以下、6月、7月は前年比で約3割減だった。これが東京圏の「日常の足」の実態だろう。
両社とも、旅客運輸収入の面では通学定期の割合は5パーセントほど(新型コロナウイルス前)なので、大人の移動によって支えられている。現在の大幅な収入減は、在宅勤務で通勤者が減ったことなどが原因と推測できる。
在宅勤務が長期化すると、新人の育成など、企業でも中長期的な課題が顕在化してくる。下半期が始まる10月を境に、出社率を上げる企業も出てくるだろう。
しかし、それは微調整の範囲にとどまるのではないか。オフィスワーカーの場合、ワクチンや治療薬が開発されたとしても、全員が出社する日々は戻らないだろう。あれほどの満員電車は、すでに過去のものとなったのではないか。
では、仮に「日常の足」が3割減のままだったとして、鉄道経営は成り立つのだろうか。
京王電鉄の運輸業は、新型コロナウイルスの影響がない2018年度の実績で、営業収益は鉄道が861億円、バスが345億円で、運輸業全体で1,322億円だった。営業利益は、鉄道が116億円、バスが25億円で、運輸業全体で147億円である。
ちなみに、京王電鉄の運輸業はバスの割合が大きく、しかも利益を上げているのが特徴だ。
その京王電鉄では、今年度の第一四半期(4〜6月)に鉄道とバスの営業収益が約47%減となり、運輸業全体で76億円の赤字となった。3割減だった6月でも赤字ベースである。鉄道は固定費比率が高いので、利用者が減ると一気に採算が悪化する。
利用者からすれば、これまでの満員電車は非人間的で、現在の混雑状況があるべき姿と言いたいが、それでは鉄道会社の採算が合わない。言い換えると、あの朝夕のラッシュがあればこそ、これまでの鉄道経営は成り立っていた。
京王電鉄の強みと安心材料
現在の状況は危機的だが、これは京王電鉄に限ったことではない。むしろ京王電鉄の場合、他社よりも安心できる点がある。
京王電鉄の自己資本比率は42.6パーセント(2019年度末)で、小田急電鉄が29.1パーセント、京浜急行電鉄が30.0パーセントということからもわかるように、鉄道業界の中では安全性が高いことがわかる。
京王電鉄は、運賃が比較的安いことでも知られている。新宿〜多摩センターでは、競合する小田急電鉄より50円安く、新宿〜八王子では、同じく競合するJR東日本よりも120円も安い。採算を改善させる伝家の宝刀は、やはり運賃の値上げである。簡単には抜けない宝刀だが、京王電鉄の場合、他社に比べれば抜きやすい。
地味に見える京王電鉄だが、知られざる大きな特徴もある。新宿副都心にある京王プラザホテル(新宿)の存在だ。
新型コロナウイルス前の2018年度、京王電鉄の「レジャー・サービス業」は営業収益の16.3パーセントを占めて、営業利益でも16.8パーセントを占めた。同社は、他社とは異なり、全国にゴルフ場やスキー場を展開するディベロッパーではない。それでも「レジャー・サービス業」が事業の柱になっているのは、まさに驚くべきことである。
その中でも、営業利益の85.5パーセントを占めるのはホテル業で、そのホテル業の中でも、営業収益の約半分を占めるのが京王プラザホテル(新宿)だ。
インバウンドを追い風に、多くの鉄道会社でホテル業に投資している。どの鉄道会社も、人口減少に直面する中、成長分野を見つけるのに必死である。京王電鉄も、宿泊特化型ホテルを沿線外に積極的に展開してきた。それまでの事業展開が沿線中心だったので、その思いの強さが伝わる。
コロナ以前はホテルの存在が
大きな強みだったが……
ホテル業の投資というのは、客室数を増やすばかりではない。最上位クラスの京王プラザホテルでは、客室改装などにより、客室単価・グレードを上げてきた。狙いは、「欧米豪の顧客・新興国の富裕層の獲得」だ。
その結果、2018年度までの6年間で、京王電鉄の「レジャー・サービス業」の営業利益は約5割もアップした。他社も積極的に投資する中、京王電鉄では京王プラザホテルの存在が大きな強みとなった。
その「レジャー・サービス業」が、新型コロナウイルスで大打撃を受けている。
この第一四半期には、営業収益が81.3%減にまで落ち込み、62億円の営業損失(赤字)を出した。特に京王プラザホテル(新宿)の落ち込みが深刻で、売上高は92パーセント減、客室稼働率は4.1パーセントである。新型コロナウイルス以前、同ホテルの客室稼働率は約8割だった。それが6月、7月になっても約6パーセントという事態である。
Go Toトラベル・キャンペーンは、新型コロナウイルスの第2波の最中にスタートしたこともあり、疑問の声が多かった。これで感染が再拡大したらどうするのかと。
一方で、京王プラザホテル(新宿)の数字などを見ると、Go Toトラベルを推進する側の意図もわかる。同ホテルは1,455室(2020年4月現在)の大型ホテルだが、その客室稼働率が約6パーセントというのだから、恐怖すら覚える事態である。京王電鉄だけではない。これだけの大打撃に、日本のホテル・旅館はいつまで耐えられるのか。経営破綻はどのレベルにまで及ぶのだろうか。
9月の4連休は、新型コロナウイルスが流行して以来、初めて自粛の呼びかけがない大型連休となった。感染拡大の第2波はピークを過ぎたが、いまだに日々の新規感染者数は数百人レベルである。それでも、人々の動きは活発になった。
10月には東京発着もGo Toトラベルの対象に加わることになったが、もはや感染拡大の懸念の声は小さく、歓迎の声の方が大きい。9月の大型連休は、旅行シーズンでもある。今年は、その結果が特に大きな意味を持つ。
私自身、この4連休、せっかくなので京王プラザホテルでランチを楽しむことにした。閑散としているか、混んでいるか、どちらの想像もできたが、結果的には混雑していた。私と同じように考えた人が多かったのではないか。旅行者というより、東京近辺の人たちが気軽に訪れているような印象だった。
一番リーズナブルなレストランで、しかもランチである。これだけでは経営の回復ぶりは予想できないが、少なくとも、多くの人に支持されるホテルなのだと再認識できた。
9月の4連休の結果が数字となって表れるのは、次の中間決算である。その結果には注目したい。
文)佐藤充(さとう・みつる):大手鉄道会社の元社員。現在は、ビジネスマンとして鉄道を利用する立場である。鉄道ライターとして幅広く活動しており、著書に『鉄道業界のウラ話』『鉄道の裏面史』『明暗分かれる鉄道ビジネス』がある。