■追い詰められた韓国は反日政策が頼みの綱に

8月28日に安倍晋三首相が辞任を表明した。それに関して韓国国内では、韓国外交部の康京和(カン・ギョンファ)長官が、今後の日韓関係に関して希望的な見通しを持つことには慎重になるべきとの見解を示した。おそらくその通りだろう。日本側からすれば、次期首相が徴用工問題などで大きく韓国へ譲歩することは考えにくい。

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首相官邸に入る安倍晋三首相(中央)=2020年9月3日、東京・永田町 - 写真=時事通信フォト

韓国サイドとしても、対日問題よりも優先すべき問題が増えている。韓国の経済環境は厳しい。8月まで6カ月連続で韓国経済の屋台骨である輸出は減少し、所得・雇用環境の悪化懸念は強い。その状況に世論は不満を募らせている。

経済対策に加え、文氏は米中対立が激化する中で習近平国家主席の早期訪韓の用意があることを伝えた中国への返答も準備しなければならない。現状、文政権がわが国への対応に力を割くゆとりは小さくなっているといえる。

重要なことは、それが、文政権の対日政策の変化を意味するといえないことだ。二大重要政策の片方である南北宥和(ゆうわ)が難航した結果、文氏にとってもう片方の看板政策である反日政策の重要性は増しているだろう。

今後、支持の回復を狙って文氏が反日の姿勢を一段と強める可能性は軽視できない。元徴用工への賠償問題をはじめ、日韓関係はさらに厳しい状況を迎える恐れがある。

わが国は実害発生を回避するために安倍政権の対韓政策を強化し、一切の譲歩を排して日韓請求権協定などの順守を韓国に求めればよい。そのために、わが国と国際社会の関係強化の重要性は一段と高まっている。

■文在寅政権への5万人規模の反対デモ

現在、文政権はわが国よりも、国内世論への対応を優先しなければならない状況だ。特に、8月15日の「光復節」の記念日に、ソウル中心部で文政権を批判する5万人規模のデモが実行されたことは無視できない。その背景を考えると、経済運営や新型コロナウイルスへの対応などに関して、世論がかなりの不満を抱いていることが確認できる。

韓国銀行によると、4〜6月期の実質GDP(国内総生産)成長率は前期比3.2%のマイナス成長だった。ざっくり、GDPとは、企業の収益と給料の合計額だ。GDPがマイナスであることは、働く人々が受け取る給料の減少を意味する。

これまで韓国経済の成長を支えてきた輸出が減少傾向にある。輸出減少は、企業の収益と財務内容を悪化させ設備投資も減少した。

また、コロナショックの影響によって韓国の非製造業の業況は厳しい。中小の事業者を中心に事業継続に行き詰まる企業が増え、倒産件数が増加している。若年層や非正規雇用者が安定した所得環境を手に入れることは追加的に難しくなっている。現状への不満と先行きへの不安の高まりは文政権への反対デモの一因だ。

■「ソウルのマンションは上がる」という思い込み

また、不動産価格の上昇も深刻だ。韓国の経済の専門家の間では、不動産価格高騰の責任は文政権にあるとの指摘が多い。現状、世界的な低金利環境が不動産市場への資金流入を支えており、「ソウルのマンションは上がる」という主要投資家の“思い込み”はかなり強い。

文氏が政策によって不動産価格の高騰を抑えることは容易ではない。所得・雇用環境への不安が高まる中、住宅ローン負担や賃料の増加は家計の債務返済負担を増大させ、追加的に消費者心理を圧迫している。

文氏は財政政策を用いた雇用創出や、規制強化による不動産価格の鎮静化を優先している。また、大規模デモは新型コロナウイルスの感染再拡大の一因になり、文氏は感染食い止めにも対応しなければならない。その一方、文政権の医療政策に研修医などが反発し、医師のストライキが起きた。文氏にとって内政の立て直しは喫緊の課題だ。

■文在寅の「二枚舌外交」は矛盾だらけ

文大統領は米中対立にも対応しなければならない。米中対立の先鋭化によって中国と距離をとる国が増えた。中国は国際社会から孤立し始めている。それを食い止めるために、中国は韓国に習氏の早期訪韓を提案した。

大統領に就任して以来、経済運営面で中国との関係を重視してきた文氏は、表向きその案を歓迎した。歓迎した以上、韓国は中国に返答を用意しなければならない。

問題は、現在の国際情勢が、韓国の対中関係強化を支持すると考えられないことだ。ベトナムやフィリピンなどが中国の海洋進出によって自国の領海を侵害されたと国際世論に訴えている。米国は南シナ海における中国の領有権主張は国際法違反であると明確な立場を表明した。韓国は米国の同盟国であり、米国の意向に背を向けることはできない。

安全保障は国家の安定にかかわる問題だ。辞任を表明した安倍首相が一貫してトランプ大統領との関係維持に注力したのは、米国との安全保障関係の強化がわが国の国力の安定と強化に欠かせないとの認識があったからだ。そうした明確な政策方針が、わが国が中国の人権問題や海洋進出に対して国際世論と協調して懸念を表明することにつながった。

しかし、文大統領は安全保障を米国との同盟関係に依存しているにもかかわらず、経済面での関係強化のために中国に秋波を送った。米国は韓国が中国に近づくことを容認しない。それは、9月2日にスティーブン・ビーガン国務副長官が韓国との持続的な関係の重要性を文政権に伝えたことから確認できる。米国は一貫して韓国に自陣にとどまり、国際連携網に加わるよう圧力をかけている。

現在の状況は、米中両方から利得を手に入れようと「二枚舌」を使った文氏の政策の矛盾を露呈している。米中板挟みの中で、文氏が国際社会からのさらなる孤立を回避できるか否か、先行きは不透明だ。その状況への対応にも文氏は時間を割かなければならず、わが国への対応に手が回っていないだろう。

韓国人の7割超が北朝鮮の独裁体制に懸念

今後、文大統領にとって、わが国への批判や強硬姿勢を強める可能性がある。安倍首相の辞任が日韓関係を変化させるとは考えづらい。

文大統領にとって、北朝鮮との宥和・統一を目指す政策と、歴史問題などでわが国への批判的な姿勢を強める政策は、2つの看板政策だ。

6月以降、南北の宥和策は難航した。独裁体制の維持を目指す金一族が核の保有をあきらめるとは考えらず、米国は文大統領の南北融和策により厳しい姿勢をとるだろう。KBS(韓国放送公社)の世論調査では7割超が北朝鮮の独裁体制に懸念を抱いている。

北朝鮮政策の行き詰まりによって、わが国への批判的な姿勢を強める以外に、文氏が世論の後押しを狙うことは難しくなっているといっても過言ではない。

8月末まで2週間続けて文氏の支持率は上昇し、不支持の割合を上回った。しかし、大規模デモの実施などをもとに考えると、文氏を取り巻く社会心理は額面通りではない。データが示す以上に、文氏の政権基盤は不安定に見える。

文氏は世論の批判が自らに向かうのを避けるため、反日強硬政策をより重視しわが国への批判を一段と強める可能性がある。元徴用工問題に関して文政権は司法判断に介入しない立場だ。わが国企業の資産が韓国の司法判断によって売却され、実害が発生する展開は排除できない。

■ポスト安倍は韓国に法に則った対応を求めよ

ポスト安倍のわが国政府は、安倍首相の韓国に対して一切譲歩せず、国家間の最終的かつ不可逆的な合意順守を求めるという明確な方針の維持・強化に徹すればよい。韓国には冷静に感情を排して、国際法に則った対応を求める。

その一方で、わが国は自国の主張が国際社会の基本的ルールに従った正当なものであるとの賛同を米国などの国際世論から取り付け、国際社会での発言力の強化を目指せばよい。

韓国が歴史問題などを中心にわが国への批判を強めた場合、わが国は譲歩せず、毅然(きぜん)とした態度で対応する体制を強化しなければならない。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)