最悪の日韓関係打開へ両国指導者の決意が必要
2019年12月に開かれた日中韓首脳会議。今年の同会議で、日韓両国の首脳は関係改善に動くか(写真:Yonhapnews/ニューズコム/共同通信イメージズ)
韓国では「安倍晋三首相の辞任表明で、日韓関係が改善する可能性」があるとの見方が広がっている。「日韓関係の悪化は安倍政権に原因がある」という認識が韓国では支配的だが、従軍慰安婦や徴用工といった解決が難しい問題は「ポスト安倍」でも続きそうだ。
韓国政治が専門で慶應義塾大学法学部の西野純也教授は、安倍首相の辞任は「国交正常化以降、最悪」と言われた日韓関係を改善させる機会になりうると言う。ただ、それには日韓ともに立場の違いを乗り越える努力が必要だと指摘する。
――8年近くに及んだ安倍政権の下で、日韓関係は「国交正常化以降、最悪の関係」に陥ったといわれています。最悪の関係という表現は、実情を正確に表しているでしょうか。これまでの安倍政権下における日韓関係をどう評価しますか。
日韓関係は重層的であり、多様な層・領域から成り立っている。主な領域として、政治、外交、経済、安全保障、人的・文化交流の5つを挙げることができる。これまでは、政治的関係が悪くなっても経済協力や人的・文化交流は順調で、関係の裾野を広げて下支えしていた。しかし2019年7月に日本が対韓輸出管理の運用見直しに踏み切って以降、5つの領域すべてにおいて負の連鎖が起きた。関係の基盤となる両国民の相互認識も極めて悪化し、固着化している。その意味では国交正常化以来の55年間で最も深刻な状況にあると言ってよい。
安倍首相辞任は日韓関係を変える1つの要素
ただし、2国間関係は相手との相互作用の産物である。安倍政権の対韓政策だけではなく、朴槿恵・文在寅政権の対日政策、そして日韓両政権のやりとりが約8年間の日韓関係を作ってきた。安倍首相の退任は関係を規定する大きな要素の1つに変化が生まれることを意味する。
――安倍首相の辞任は、日韓関係にどのような影響を与えますか。
前向きに展望すれば、新首相の登場は関係改善の機会を提供する可能性がある。しかし、新首相が誰になるのかによって、その可能性の高低は異なる。菅義偉政権、あるいは岸田文雄政権になれば、それは「安倍路線」の継承となるため、日韓関係に大きな変化はないだろう。石破茂政権になれば、安倍政権との差別化を徐々に目指すことになり、日韓関係の改善に努力することになるだろう。
しかし、韓国にしてみれば、日韓関係が悪化した原因は安倍首相にあると考えるだろうが、それは本質的な原因であるよりも副次的な原因であるということに留意すべきだ。日韓関係の悪化は、2011年の民主党政権の頃から始まっていた。つまり、慰安婦問題や徴用工問題などの歴史問題に対する、日韓両国の立場の違いが根本的な原因なのだ。それゆえ、日韓が関係改善を本格化させるには、両国が立場の違いを乗り越えていかなければならない。
――そのために、日韓は何をすべきでしょうか。日本では政府、世論ともに韓国に対するうんざり感、あるいは「相手にしても何も変わらない」という考えが蔓延しているように思えます。
西野純也(にしの・じゅんや)/慶應義塾大学法学部教授。1996年同大法学部卒、2003年同大大学院法学研究科博士課程単位取得退学。2005年韓国・延世大学大学院卒業。政治学博士。著書に『朝鮮半島の秩序再編』(編著)など多数(写真:本人提供)
新たな政権が発足しても、国政を安定的に運営するのは簡単ではない。総選挙がいつあってもおかしくないし、2021年秋には自民党の総裁選挙が再びある。外交面では今年11月にアメリカ大統領選挙もあり、これまで以上に日本の外交はアメリカ中心となるだろう。そのため、日韓関係の改善にすぐに取り組める状況ではない。
とはいえ、まずは日韓首脳同士の信頼関係を再構築することから始めるのが現実的だ。できれば年内に日韓首脳会談を開くことが望ましい。日本から発信できる関係改善のシグナルとしては、韓国への輸出管理問題で何か前向きな姿勢を示すことができるかが、1つの注目点になりそうだ。
――日本では「文在寅大統領や韓国大統領府は、そもそも日本に関心がない」と思われています。
いずれにせよ安倍政権は終わる。だからこそ、文政権はこの機会を関係改善につなげるように対日外交を活性化すべきだ。文大統領は8月15日の演説で「協議の門戸は大きく開かれている」と述べた。それなら、まずは文政権が日本の新政権に対して能動的で積極的な外交を行って、関係改善への強い意志を見せてほしい。
口先だけの外交は日韓ともにやめよ
――現在の状況で、日韓関係の改善で最も重要なことは何ですか。
第1には、関係改善のための政治指導者の決意とリーダーシップ、第2にその指導力を発揮するための国民とのコミュニケーションおよび国内における政治基盤固め、第3に日韓共通の戦略構築のために今後も努力することだ。
両国首脳は関係改善を口先だけで語るのではなく、能動的で柔軟性のある外交を実際の行動で示すべきだ。ここ数年、日韓ともに歴史問題では相手の変化を待っているような、受動的で硬直的な外交に終始してきた。柔軟に行動・対応するには、日韓関係の重要性を国民に説明して理解を得る必要があることは言うまでもない。
国内での支持がなければ、日韓関係の改善は難しい。例えば、短期的には新型コロナウイルス感染症の対策といった、比較的協力しやすい分野で双方の協力を積み重ねていくといった方法も考えられる。中長期的には、米中が戦略的な競争を繰り広げている中で、日韓が協力できるような戦略的対話を続けていくことも重要だ。
――国民とのコミュニケーションの重要性を指摘されました。日韓双方のメディアを中心に、日韓の世論も対立している状況だと感じられますが、そこも改善できるでしょうか。ともに強硬な世論に対韓、対日外交が縛られているようにも見えます。
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民主国家である日韓の政治指導者が世論に敏感なのは当然だ。対外政策が国内政治に大きく左右されるのは日韓だけではなく世界共通の現象でもある。それでも、首相官邸の力が強くなった日本と大統領権限の強い韓国では、外交における政治指導者の役割は依然として重要だ。だからこそ、懸案を抱える日韓関係では、関係改善に向けた両国指導者の決意と同時に、その決意への理解を得ることが意味を持ってくる。世論に縛られるだけでなく、世論を説得するための努力はどの政策でも不可欠だ。
――文政権の外交は北朝鮮との関係改善に集中しています。アメリカ大統領選挙の結果によっても、外交戦略は変わる可能性があります。文大統領は、自身の外交戦略において日米をどのように位置づけているのでしょうか。また、中国とはどのような外交方針をもって、対応しているのでしょうか。
文政権の外交政策の中心にあるのは北朝鮮問題、特に南北関係の改善だ。単純化を恐れずに言えば、対日、対米、対中のいずれも、南北関係にどれだけ影響を及ぼすかが政策を決める際の大事な判断基準となっている。誰がアメリカ大統領になっても、南北融和を目指す文政権の方針に変更はない。
文大統領は南北融和政策を変える気はない
また、日本が対北朝鮮政策で協力的だと文政権が判断していたならば、歴史問題があっても今ほど関係は深刻化しなかっただろう。歴史問題は関係悪化の根本的な原因ではあるが、唯一の原因ではない。
韓国の対中認識は、THAAD(終末高高度防衛ミサイル)システムの韓国内配置に対する中国の経済報復によって、決定的に悪化した。それを教訓に、経済関係は対中依存を少しでも減らそうと東南アジア諸国などとの関係強化をさらに進めている。それでも中国を重視せざるをえないのは、北朝鮮問題に圧倒的影響力を持っていると見ているからだ。
――日本の新政権が発足すれば、年内までに関係改善に向けた具体的な動きが見られるでしょうか。
年内に開催が予定されている日中韓首脳会議が実際に行われれば、日韓首脳会議も開かれることになり、それが重要な機会となるだろう。逆に、そこできっかけをつくることができず、現在のような日韓関係が続くことになれば、徴用工問題で日本企業の保有資産の「現金化」の火種が燃え上がる。これは最悪のシナリオだ。