コロナ禍でUターンして母親と暮らし始めたものの、都心とは異なる地方独特の空気感にストレスにさらされることに(写真:kotoru/PIXTA)

コロナの影響で生活環境がガラッと変わり、私のクライアントさんの中にはこれを機に都心を離れ地方の親元へUターンしたという方も何人かいらっしゃいます。

朱里さん(仮名、32歳)もその1人です。

今年3月下旬からリモートワークが本格化し、一人暮らしをする母親を心配してUターンを決意。現在では63歳の母親と実家で2人暮らしをしながら仕事を続けています。

朱里さんは常々「女手一人で私たち姉妹を育て上げてくれた母にはもう苦労させたくない。恩返しをしたい」と話しており、これまでもずっと毎月少しずつ仕送りをしたり、月に1度は帰省して実家の掃除、病院の付き添いなどを行っていました。

親の期待に応えられない自分に自己嫌悪

朱里さんから久々にご連絡をいただいたのは、Uターンからちょうど2カ月が過ぎた頃でした。

この日はオンラインでのカウンセリングでしたが、画面の向こうの朱里さんの表情は暗く、こちらのPCのボリュームを最大にしないと聞き取りにくいほど力のない弱々しい声でした。

「実は先日、4歳年下の妹がコロナ禍出産したんです。妹は去年結婚して実家から車で30分ほどのところに住んでいるので、母は毎日自分で運転して妹のところへ通っている状況です。

はじめは私もうれしくて母と一緒に甥っ子の顔を見に行くのが楽しみだったのですが、 日を追うごとに母が私に対してイライラする態度を取るようになってきたんです。そのうちに、“どうして妹に先を越されているんだ”って言われるようになってきて、妹のところから帰ってきて私の顔を見ると母がため息をつくんです……」

なるほど。とくに地方ではよく聞くお話です。

朱里さんは母親からの態度に、“親の期待に応えられていない。自分は長女として失格だ”と日に日に焦燥感と自己嫌悪を強めるようになっていったと言います。

朱里さんは、何かあるといつでも誰かのせいにするのではなく、すべて自分の中に閉じ込めてしまう繊細さんタイプです。“長女としてこうしなくては”と責任を感じやすい方ですので、精神的にとてもつらい状況です。さらに追い打ちをかけるように、地元の同級生の結婚ラッシュが重なり、強迫観念すら感じるようになってきました。

地方から上京して都心で仕事をしていると、晩婚や高齢出産が当たり前になってきている昨今、仕事が好きな女性はキャリアアップを最優先で、家庭を持つというのは後回し。家庭とキャリアアップの両立がまだまだ厳しい日本では、どうしてもどちらかを選ばなければならない、忙しくて恋愛をしているヒマがない、なんて会話も日常茶飯事です。

朱里さんは現在32歳という年齢で、言ってみれば女性が結婚や出産などを強く意識する年齢でもありますから、恋人がいない状況で結婚の予定もないということが、周囲との比較を強めてしまい、最近では、もう何に悩んでいるのかもわからなく、とりとめのない不安感が毎日襲ってくるといいます。

結婚や出産は人生の中でもとくに大きなイベントですし、計画していたとおりにいくというものでもありません。ましてや周囲と比較して決めることではなく、自分自身で“一生一緒にいたい”と思える人と出会ったときに自分の心の中で決めることです。

30歳を過ぎた女性の結婚・出産はとてもデリケートなテーマで、1度は焦燥感を味わった経験があるという方が多いのではないでしょうか。

「そんなの言われなくてもわかっているわよ! でも出会いがないんだもの、仕方ないじゃない!」なんて、たんかを切って言えるようなタイプだといいのですが、朱里さんのような内向性の強い繊細さんタイプの方で苦しい思いでいる方は少なくありません。

それでもずっと黙って我慢していたのでは、母親からすれば「自分の言葉が届いていないのではないか」と何度も繰り返し言ってしまいますし、元をたどれば娘を心配してのことと思いますので、結婚や出産について自分の人生の中でどう考えているのかということはきちんと伝えたほうがいいでしょう。

周りがどうかではなく、自分がどうしたいのか

そしてなにより、“自分は劣っている”と感じてしまう対象の人ばかりを目に入れるのではなく、結婚していなくても幸せで充実した生活を送っている仲間や、年齢を重ねてからすてきな出会いに恵まれて幸せになっている人がいるということも思い出して、“周りがどうかではなく、自分がどうしたいのか”ということをよく考えて自分と向き合う時間をつくったほうがいいと、この日はお伝えしました。

朱里さんも「そうですよね。頭ではわかっているのですが、何しろ田舎の狭いところにいると、思考に自由が利かなくなるような感じがして。でも自分を見失わないようにしっかりしなければいけませんね」と少しほっとしたような表情をし、声も明るくなっていました。

しかし、その状況に追い打ちをかけたのが8月に入ってからです。

朱里さんから1通のメールが届きました。

「私、やっぱり東京に戻ったほうがいいのでしょうか。私は3月下旬にUターンしてきているのに、最近になって近所の人から母が呼び止められて『朱里ちゃん、東京から来てるんだって?』なんて少し嫌そうに言われたりしたみたいで。疎外感がすごくて体が震えるんです」と。

筆者も先日、宮城県の幼なじみに「今年は帰省を諦めるね」なんて連絡を取っていた際に、「そうしたほうがいいよ」とスパッと言われたので、何かあったのか聞いてみると、「隣町の人がね、先日東京に遊びに行ったみたいで、そしたら近所の人から誹謗中傷がたくさん来て、引っ越しに追い込まれたんだよ」と驚く返事がきました。まさに村八分が起きていたのです。

地方は高齢化も進んでいますし、医療機関にも限界がありますので不安が大きくなっているのもよく理解できます。しかし、引っ越しに追い込まれるまでとは深刻な状況でした。

朱里さんは「東京に住んでいた」というだけでご近所の方から“コロナ”と見られてしまうことに恐怖を感じていたのです。ましてや、元をたどれば一人暮らしの母が心配でUターンしたのに、自分がいることで母親に迷惑がかかるのではないかと朱里さんの心中はとても複雑なものでした。

結婚・出産問題に関しては「恋人がいない状況で、今は結婚なんて考えていないし、したいとも思っていない。大事な人と出会ってから考える」と自分の思いをきちんと伝えてからは、母親も「こればっかりはご縁だからね」と理解してくれ、関係も回復。平穏な生活を取り戻した矢先のことでした。

もちろん母親はこれに対し「うちの娘は3月に帰ってきていてその後東京には一度も行っていないし、戻ってから体調を崩したことはないので大丈夫です」とその都度返事をしてご近所への理解を求めているといいます。

状況が心配になった筆者は、メールではなくオンラインでお会いしたい旨を伝え、お会いすることに。

画面を開けると、朱里さんの隣に母親が一緒にいました。

「なんだか最近私も母も夜寝るときに胸のあたりがチクチク痛くなるんです。あとは喉のあたりが圧迫される感じがして違和感があって、夜寝れなくなるんです。循環器と耳鼻咽喉科、内科とまわって検査しても、2人とも問題なしでした」と朱里さん。

疑いの目で見られても毅然とした態度をとるべき

朱里さん親子の置かれた状況を考えればこのような症状が出るのも理解できます。

ストレスとは無意識のうちに蓄積されていくもので、それが限界に近くなるとこのようなストレス症状が出てくるものです。

ましてや長らく住んでいる地域の人たちに、疑いの目で見られていると考えるだけで相当な不安とストレスです。

身体の症状に関しては、悪化していけば生活のクオリティーが下がってしまいますので、半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)という安心作用のある漢方を担当医や近くのドラッグストアの薬剤師に相談したうえで購入して試してみるように促しました。


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そして、朱里さん親子には「今はおつらいでしょうけれど、どんなことがあっても毅然とした態度でいるのがいい。悪いことなどしていない。という気持ちを忘れずにいてくださいね」ということをお伝えしました。

コソコソすれば“あ、やっぱり”と思ってしまうのも人ですし、逆に、毅然としていれば、“あれ? なんか大丈夫みたい”と徐々に周りの人の気持ちは変わっていくものです。

母親は「娘が戻ってきてくれて安心です」と言って喜んでいましたし、画面の向こうで並ぶ姿がとても和ましい光景でした。現在、朱里さん親子にとってこの状況を乗り越えていく大きなカギは、親子二人三脚で強い心を持つということなのかもしれません。