今後のアメリカの販売を左右するコンパクトSUV「CX-30」。年内にも現地での販売を開始する予定だ(撮影:梅谷秀司)

「負けは負けなのでこれは挽回しなくてはいけない。ただ、台数を追い求めて販売の質を悪化させるのではなく、質を維持して台数との両立を図っていく」。マツダの藤原清志副社長は厳しい経営環境を乗り越えていく強い決意を示した。


東洋経済オンライン「自動車最前線」は、自動車にまつわるホットなニュースをタイムリーに配信! 記事一覧はこちら

11月1日、マツダは2020年3月期の連結業績予想を下方修正した。売上高見通しは前期比2%減の3兆5000億円と、従来予想の3兆7000億円から2000億円引き下げた。主力市場の北米や中国で販売が低迷していることを受け、世界販売台数も従来予想の161.8万台から6.8万台引き下げ155万台(前期比1%減)とした。

営業利益の予想は前期比27%減の600億円と、当初予想の1100億円から500億円引き下げ、増益予想から一転して減益見通しに。業績予想通りなら、2期連続の営業減益となる。

大幅下方修正の要因は販売低迷にあらず

ただ、販売低迷が今回の営業利益の下方修正につながったわけではない。インセンティブ(販売奨励金)を抑制し、台当たり収益を高めたことで、販売台数の減少によるマイナス影響を相殺。下方修正の主要因は為替レートが想定よりも円高で進行し、日本からの輸出採算が悪化していることにある。マツダは期初段階で1米ドル110円、1ユーロ126円と想定していたが、今回1米ドル107円、1ユーロ119円と円高方向に見直した。

この結果、前期比較では為替影響が営業利益を799億円押し下げる見通しだ。コストの改善で211億円、販売面での収益改善で477億円を積み上げても、為替影響を吸収できず、営業利益は前期を200億円あまり下回ることになる。

為替影響799億円のうち、米ドル分は11億円とむしろ小さい。アメリカ向けは日本からの輸出が多く、海外からドル建てで購入する部品を増やして為替リスクを減らす取り組みが奏功した。

一方、ユーロの影響は244億円、オーストラリアドルも同208億円と金額が大きい。マツダの主要生産拠点は日本、タイ、メキシコ、中国。ヨーロッパやオーストラリアには生産拠点がないため、日本などからの輸出でカバーしている。海外で現地生産し、部品の現地調達を進めれば、為替影響は抑えられるが、小規模メーカーであるマツダが世界各地に工場を持つことは現実的には難しい。それゆえに「為替感応度の低いアメリカや日本で販売台数を伸ばすほうが業績安定につながる」(古賀亮専務執行役員)。


アメリカはマツダにとって最重要市場だ。マツダの世界販売台数に占める割合は2割だが、販売価格が高く利幅の大きい大型車の比率が高いため、 「全社の利益の半分近くを稼いでいる」(国内証券アナリスト)とも言われる。とりわけ収益性が高いのが北米専用の大型SUV「CX-9」で、最上級グレードは4万5000ドル(約490万円)を超える。会社の業績を牽引する重責を担うはずのアメリカ販売だが、2019年4〜9月期は前年同期比9%減の13.7万台とふるわない。市場全体がほぼ横ばいで推移する中、苦戦している。

誤算があったのは2つの車種だ。マツダのアメリカの最量販車種であるSUV「CX-5」の販売が4月に急落。競合であるトヨタのSUV「RAV4」刷新のあおりを受け、毎月平均1万3000〜1万4000台を販売していたCX-5は9600台にまで沈んだ。マツダは4月に5年ぶりに刷新して発売した新型「MAZDA3」に広告を集中投入。それが裏目に出て、本来RAV4との対抗で守るべきCX-5のガードが甘くなったとも言える。

量販価格帯で苦戦するMAZDA3

そんなMAZDA3も高価格帯のグレードや4輪駆動タイプは売れたが、量販価格帯は伸び悩む。セダンタイプは2万1000ドルからに設定され、1万9000ドルからだった旧モデルに比べて1割強値上げした。最新技術や安全装備を採用するのに伴ったコストを上乗せしたのが値上げの理由だ。その上でインセンティブの額は旧モデルより絞る戦略を取った。アメリカでセダン系の人気が落ちている中、実売価格が上がったため、結果として価格に敏感な層が敬遠している。

旧型MAZDA3では、実売価格2万2000ドル以下の量販価格帯が販売台数の6割近くを占めた。新型MAZDA3では同じ価格帯の販売台数は1割程度にとどまり、2万4000〜3万ドルが6割を超える。藤原副社長は「MAZDA3のエントリーモデルに対しては価格コンシャス(価格に敏感)な消費者が多い」と話す。

小規模メーカーのマツダはたくさんの車種を取りそろえることはできない。1つのモデルにさまざまなパワートレインやグレードを設定することで、世界中の顧客の使い方や嗜好に対応する戦略を取る。エントリーモデルの価格は極力据え置きつつ、トップモデルの価格帯を引き上げることで、台当たりの収益性を高めていくのがマツダの戦略だ。

MAZDA3には、ガソリン、ディーゼルに加えて、ヨーロッパと日本では「SKYACTIV X」と呼ばれる新型エンジンと新開発の24ボルトマイルドハイブリッドを組み合わせたパワートレインも設定する。ヨーロッパではこの新型パワートレインの受注比率が全体の約6割に上っているという。 日本では9月下旬時点でMAZDA3の販売は計画の135%で推移し、好調だという。


マツダが今春に投入した「MAZDA3」(撮影:大澤誠)

MAZDA3だけ見ても各地域の反応はさまざまだが、車種の数が限られている以上、どの地域でも当たり外れは極力避けたいところ。計画通りの台数を販売していく精緻なマーケティングが欠かせない。モデルあたり一定の生産台数を確保できないと、部品調達コストの上昇や工場稼働率の低下を招くことになる。 実際、メキシコ工場はアメリカ向けMAZDA3の伸び悩みで、2019年1〜8月の稼働率は30%台にまで落ちこみ固定費負担が重くのしかかった。

他方、アメリカ販売テコ入れの起爆剤は新型のコンパクトSUV「CX-30」。年内にも投入される見通しだ。新車の全体需要が横ばいのアメリカにあってもSUVの販売は好調で、コンパクトSUVにも一定の需要があるとマツダは見る。初めて車を買う若年層を含め、「マツダブランドへの入口」の役割も期待する。

藤原副社長は「アメリカはCX-30を中心に販売を組み立てていきたい」とまで話す。CX-30でマツダユーザーになってもらい、より車体が大きいCX-5やCX-9へのステップアップにつなげていく。2021年にはアラバマ州にトヨタ自動車との合弁で新工場も完成し、マツダの生産能力は15万台拡大する。新型クロスオーバーの生産も始まる予定だ。

マツダというブランドで顧客に選ばれ、ユーザーの家族構成や車の使用用途に応じて車種をセレクトしてもらう。これがマツダの目指すところだ。これはアメリカに限ったことではなく、日本やヨーロッパなど他地域でも共通している。日本向けの車種名「デミオ」「アクセラ」「アテンザ」を海外車種と同様の「MAZDA2」「MAZDA3」「MAZDA6」に統一したのもマツダブランドを消費者に訴求するためだ。

販売台数の追求から距離を置く

マツダは決算と同時に2020年3月期〜2025年3月期までの6年間の新しい中期経営計画を発表した。最終年度の2025年3月期には2020年3月期より約25万台多い世界販売180万台を目指す。1年半前の時点では2022年3月期に180万台の販売目標を掲げていたが、達成時期を3年後ろ倒しにした。

「販売現場にプレッシャーをかけない」(丸本明社長)というのが理由で、販売台数の追求からは距離を置く。中計期間の前半3年間は本格的収益成長に向けた足場固めの時期と位置づける。マツダのある中堅社員は「最近は経営陣から社員に対して“稼ぐ力をつけよう” というメッセージが頻繁に出るようになった」と話す。

中期計画発表の場で、藤原副社長は基幹車種「CX-5」を引き合いに出し、平均販売価格が上昇したことを説明した。2012年発売の初代「CX-5」の平均販売価格は約270万円。2代目となる2017年発売の現行「CX-5」は2.5リッターターボの追加や商品改良が効き、約320万円と約50万円上昇した。

環境性能と走行性能を両立させた「スカイアクティブ」技術や野生動物がモチーフの「魂動(こどう)」デザインで商品力が向上し、中古車の下取り価格(残価)も上がった。藤原副社長は「マツダ地獄はなくなった」と自信を示した。

商品価値を訴求した販売への転換

マツダ地獄」とはかつてのマツダ車販売を巡る悪循環を揶揄した言葉だ。2010年以前はマツダの販売会社は販売台数目標を達成するとマツダ本社からもらえるインセンティブ目当てに、極端な値引きや自ら購入して中古車市場に流す自社登録が常態化していた。この影響で、マツダ車を中古車として売ろうとしても、低い残価しかつかない。結局マツダ車ユーザーはマツダ車にしか乗り換えられず、顧客満足度の低下につながっていた。


マツダの藤原副社長は「質を維持して台数との両立を図っていく」と強調する(記者撮影)

マツダは2012年の初代「CX-5」を皮切りとする新世代商品群の導入にあわせて、「正価販売」に舵を切る。 正価販売とは商品の価値や魅力にあった価格を消費者に納得してもらうことで極力値引きをしない販売手法だ。ここで足元の販売低迷から脱するためにインセンティブを増やしてしまうと、また負のスパイラルに入ってしまう。そんな危機感が経営陣をはじめとして、マツダ社員にはある。藤原副社長は「マツダブランドの確立には非常に高い商品価値と納得感のある価格が重要」としたうえで、「その価値や納得感を顧客に理解してもらうコミュニケーションや販売力が必須」と訴える。

マツダがアメリカの販売改革の手本とするSUBARUは、安全性能などの付加価値にお金を払ってもらえる顧客獲得を進め、そのブランド確立には20年を要した。マツダはアメリカにおいて、販売会社の入れ替えや新型店舗へのリニューアル、販売店の評価基準変更など、台数よりも商品価値を訴求した販売への転換を目指す。

2020年1月に創業100周年を迎えるマツダ。100年後もマツダが存在し続けるために改革をやり切る覚悟が今まさに問われている。