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カニエ・ウェストとパリス・ヒルトンも所有

translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

フェルナンド・アロンソとカニエ・ウェスト、パリス・ヒルトンに共通するところは、ビリオネアということ以外、何があるかおわかりだろうか。おそらく、という前置詞付きながら、3名ともにメルセデス・ベンツSLRマクラーレンを所有していたことがあるのだ。F1のチャンピオンや世界的なラッパー、ホテル王のテレビスターを魅了したクルマでもあり、賛否両論を呼んだクルマでもある。

発表当時は、技術的に最も洗練されたスーパーカーとしての評価を得ることはできず、エンジニアが自負するところは安全性だったようなクルマ。なぜ評価の分かれたSLRマクラーレンが誕生したのだろうか。それは、1999年のデトロイト・モーターショーで発表された、ビジョンSLRコンセプトから始まった。

メルセデス・ベンツSLRマクラーレン

とにかくメルセデス・ベンツにとっては「明日のシルバーアロー」として主な目的は果たせたはず。ミレニアムを迎えるに向けた新しいデザイン言語を具現化し、R129型SLの後継モデルとして2001年に登場したR230型SLのイメージリーダー的な役目を果たした。加えて新技術の実証実験でもあり、新しいメルセデス・ベンツ製スーパーカー、SLRの礎を築くことにも成功したといえる。

ビジョンSLRを生み出すにあたり、メルセデス・ベンツのデザイナーは温故知新といえる表現を模索した。スターリング・モスがドライブし、1950年代を通じて大きな成功を収めた、メルセデス・ベンツ300SLRだ。F1マシン、W196のエンジンを流用し、当時最先端の技術が盛り込まれた名車としてご存知の読者も多いだろう。

量産化の責務を受けたのはマクラーレン社

ビジョンSLRコンセプトのスタイリングからは、明確にその血筋を見て取れる。長いボンネットと、フロントタイヤの後ろに穿たれた大きなエアベント、滑らかなカーブを描いたリアエンドなどは、オリジナルの300SLRクーペを現代的に解釈したものだろう。

もちろんドアは、電動式になってはいるものの、ガルウイング(バタフライ)。低い位置のフロントスポイラーには2本の縦方向のリブが走り、1998年にF1グランプリでドライバーズ・チャンピオンを獲得した、ミカ・ハッキネンのマシンのフロントエンドを思わせる。

メルセデス・ベンツSLRマクラーレン

エンジンは5.4LのV8エンジンで、Sクラス譲りの一般的なものだったが、流線型を描くボディの内側には、量産型SLRだけでなくR230型のSLにも搭載される、数多くの革新技術を盛り込んでいた。

例えば、電動油圧ブレーキ。2001年に量産化されるまでは「センストロニック・ブレーキ・コントロール」と呼ばれていた技術だ。複数のコントローラーが組み込まれ、様々な状況に応じて最適なブレーキ圧を演算。極めて高温にも耐える繊維強化セラミック・ディスクブレーキローターを採用し、並外れた制動力を発揮した。

コンセプトカー最大の注目ポイントは、複合繊維素材とアルミニウムを用いたシャシーだろう。極めて高いボディ剛性を確保しながら、一般的なスチール製のモノコック・シャシーと比較して重量は40%も削ることができている。

メルセデス・ベンツの期待がかかったビジョンSLRコンセプトを、ショールーム・モデルへと具現化する責務を受けたのは、マクラーレン社のゴードン・マレー。コンセプトカーは技術的な提案の場ではある。だがビジョンSLRコンセプトはプロトタイプというより、単なるデザインスタディに過ぎないことにマレーは気付いた。

エンジンの位置を見直し前後バランスを改善

マレーがメルセデス・ベンツへ投げかけた提案は、V8エンジンを搭載したスーパーカーだったが、ビジョンSLRコンセプトのスタイリングの範疇の中で、量産モデルを構築する必要性を説き伏せられた。アピアランスは斬新なものではあったが、明らかにそのプロポーションはグランドツアラーだ。

伝説的なスーパーカー、マクラーレンF1を生み出したのはわずか36名の精鋭チームだったが、メルセデス・ベンツという大手自動車メーカーとの連携ということで、SLRの量産化プロジェクトに関わった人数は450名。

メルセデス・ベンツSLRマクラーレン

まず取り組んだのは、コンセプトカーの明確な欠点の改善。フロントに搭載されたV8エンジンを可能な限り車両中央へと寄せ、フロントバンパーからは1m後方、フロントアクスルからは500mm後方へとマウントされた。

マレーはスタイリングには手が出せなかったものの、アクティブ・エアロダイナミクスの考えは気に入っていた。電子制御されるリアのアクティブスポイラーは、95km/hになると10度せり上がりダウンフォースを増加し、ハードブレーキング時には65度まで立ち上がり、エアブレーキのように作動する。ちなみに、オリジナルの300SLRにもエアブレーキは搭載されている。

コンセプトカーのラウンドしたテールはフラットになり、ウエストラインも高められ、ダウンフォースは増やされている。ボディ底面はフラット化され、レースカーを彷彿とさせるリアディフューザーも搭載していた。

燃料タンクやエンジン搭載位置の変更は前後重量配分を改善し、49:51へとバランスを改善したものの、1768kgという車重がSLRにのしかかった。1138kgと軽量だったマクラーレンF1との差は大きい。

635psのV8が生む最高速度は333km/h

ビジョンSLRコンセプトのシャシーは、キャビンを構成する強固なカーボン・コンポジット・セルを中心に量産モデルへと展開された。セルの前後にはカーボンファイバー製のクラッシャブルゾーンも採用され、これは量産モデルとしては初めてのことだった。

当時カーボンファイバーといえば手作業で折り重ねるような素材だったが、マクラーレンによって近代化。専用の生産施設の中でロボットがカーボン繊維を編んでシートにし、複雑なカーボン製アーキテクチャを製造する技術が導入された。

メルセデス・ベンツSLRマクラーレン

オリジナルの300SLRに搭載されたのは直列8気筒エンジンだったが、新しいスーパーGTに搭載されたのは、メルセデス・ベンツ社の中では使い慣れた5439ccのオールアルミ製V型8気筒。5速ATが組み合わされ、量産化にあたっては70psのパワーアップも図られている。

リショルム式ツインスクリュー・スーパーチャージャーと、高圧縮比化により、最高出力は635psにまで高めれられた。マクラーレンF1より1ps低い数値ではあったものの、1999年のクルマとしては望外に高いパワーだった。この最高出力により、0-96km/h加速に要する時間は3.8秒で、最高速度は王代の200mph(321km/h)を超える、333km/hに到達している。

そんなSLRの真のパフォーマンスを確かめることは、公道では不可能。そこで今回の試乗では、シルバーのクーペと、その4年後に追加された黒のロードスターをサーキットへと持ち込むことにした。

メルセデス・ベンツSLRマクラーレンの試乗レポートは後編にて