中国から見れば日本の女性は結構恵まれている
前回に引き続き、労働政策研究・研修機構(JILPT)の周燕飛氏(右)と中野円佳氏が、貧困層の母親について対談する(撮影:尾形文繁)
筆者は専業主婦がいないと回らない日本の構造について、連載「育休世代VS.専業主婦前提社会」、またそれを大幅加筆した書籍、『なぜ共働きも専業もしんどいのか〜主婦がいないと回らない構造』で考察してきた。
7月下旬に『貧困専業主婦』を出した労働政策研究・研修機構(JILPT)の周燕飛主任研究員は、女性たちに最も有利となるよう、その就業選択を軽く誘導するような政策が必要ではないかと論じる。
保育園は母親にこそいい効果となる
中野円佳(以下、中野):前回、貧困専業主婦について伺いました。つまり世帯の収入が客観的にはかなり低位で、妻のほうも働くことはできるのだけれど「子どものため」と思って働いていない層が一定程度いると。周さんは、このような層に対して、働くことを軽く後押しするような政策を推奨されています。
周燕飛(以下、周):半強制的に働け、とキャンペーンを張るのはよくないと思うのです。「産めよ、増やせよ」みたいな政策になってしまいますから。でも、軽く押す政策はできるのではないかと。
例えば、面倒な申請手続きを省いて、役所に申請書1枚の提出で利用できる認可保育所の「お試し利用券」を発給してはどうでしょうか。「1日あたり○百円、○回を上限とする」「就労体験プログラムへの参加を条件とする」といった制約を設け、簡単な手続きで保育所の利用体験や情報を得られるようにします。
前回、保育園は困窮家庭の子どもの健康と学業にいい効果をもたらすと言いましたが、保育園は母親のカウンセリングという意味でも重要な場所です。保育士さんが親と密に接触でき、育児支援の情報を発しているので、子どもだけではなく親にもいい影響をもたらします。
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中野:保育については、専業主婦にもリフレッシュ保育は必要ですし、理想的には働いているかどうかや雇用形態に関わらず利用できるべきだと思います。とくに孤独な育児に悩んでいる人が活用できる枠組みにしていかないといけない。
一方、働き方や夫婦の役割分担は、究極的には個人や家族の自由かもしれませんが、仕事が長時間労働だったりして子育てとの両立が大変すぎることや税・社会保障などの様々な社会の仕組みが、女性に働くことをためらわせる方向に導いている面もあります。
前回、共働きが増えたとはいえその半分程度はパートタイマーで処遇が低いという話をしましたが、税・社会保障・企業の扶養手当などの基準があることが、マクロに見れば賃金上昇も抑えてしまうし、男女賃金格差にもつながっていますよね。
周:今の制度は専業主婦を優遇する形になっていて、そこに安住して、抜け出せなくなるインセンティブを作ってしまう側面があります。税・社会保障は、税控除される上限額を引き上げることではなく、働くことに中立的な制度にしていく必要があります。
中野:色々な事情で働けない時期がある人もいますが、そのセーフティネットは社会にあるべきだし、一度選ぶとそこから抜け出しにくくなる構造は見直した方がいいと感じます。妻が専業主婦または低収入パートで固定化すると、夫の方もハードな働き方から逃げられなくなってしまう。
周:日本の社会制度の完成度が高すぎたことが、脱「専業主婦」を難しくさせている側面があります。配偶者控除や第3号被保険者制度は 専業主婦世帯の負担減を目的に作られたものですが、それが意図せずに女性を無業または低収入のパート就業に止まらせる結果につながっています。
また、女性保護のために必要とされる高い離婚障壁も、日本女性に「専業主婦」を選びやすくさせています。中国の男性は共働きが前提で「お前も働け」と言うので、中国人の学生に話すと「日本女性が羨ましい」という声も聞こえてきます。
中国人の女性に「辞める」という選択肢はほぼない
周燕飛(しゅう えんび)/1975年、中国生まれ。労働政策研究・研修機構(JILPT)主任研究員。大阪大学国際公共政策博士。専門は労働経済学・社会保障論。主な著書に『母子世帯のワーク・ライフと経済的自立』(第38回労働関係図書優秀賞、JILPT研究双書)など。3児の母(撮影:尾形文繁)
中野:日本を除くアジア諸国は近代化によって専業主婦化が進む前に脱主婦化の波が来て、欧米や日本のように専業主婦の黄金期がなかったという指摘が社会学でなされています。そういう国から見ると、日本には専業主婦という選択肢があっていいな、というふうにも見えますね。
中国は子育てに祖父母の力を借りるケースも多いし、男性の育児・家事割合も高いですよね。どのようにして共働きが当たり前というふうにシフトしたのでしょうか。
周:中華人民共和国になる前は性別分業の時代もありましたが、それ以降は「婦人は天の半分を支えるものだ」という形で、男性も女性も働くべきというスローガンが打ち出されました。男性だけで長い間家計を支えることはできないという暗黙の了解もありますし、女性の収入もお小遣い程度ではなく世帯収入の重要な構成要素になっています。
もちろん中国人女性にも両立が難しいなと思うタイミングはありますが、じゃあ辞める、という選択肢はほとんど存在しないですね。出世を諦めて両立しやすい部署や会社への異動というオプションはあっても、完全に辞めるという逃げ道は用意されていません。
中野:日本の場合、国の社会保障は薄いけれども、夫が企業から家族賃金や手当をもらって、それで妻の内助の功に報いて家族で解決してねというモデルだったわけですよね。でもその稼ぎ主の男性側の状況が変わっています。 日本でも男性の片働きは男性に長時間労働による過労や転勤などの負担が大きいし、男性の正社員比率減少や終身雇用の崩壊など、社会構造的にも無理がきています。
周:稼げる男性は減ってきていますが、男女ともに意識が追いついていません。そのため、女性側に長期的なキャリアプランを立てるよう促す必要があると思います。
就業選択行動は、経済的には賢い選択がしづらい領域です。目先の「両立どうしよう」とか、「疲れた」という感情、周りの環境に流される心理、あるいは税優遇があるからといった理由で働くべきかどうかを決めてしまいやすい。
中野円佳(なかの まどか)/1984年、東京都生まれ。ジャーナリスト。東京大学大学院教育学研究科博士課程在籍。2007年、東京大学教育学部卒、日本経済新聞社入社。金融機関を中心とする大企業の財務や経営、厚生労働政策などを担当。2014年、育休中に立命館大学大学院先端総合学術研究科に提出した修士論文を『「育休世代」のジレンマ』として出版。2015年に新聞社を退社し、「東洋経済オンライン」「Yahoo!ニュース個人」などで発信をはじめる。現在はシンガポール在住(撮影:尾形文繁)
でも生涯賃金では2億円損するかもしれない。そうしたマッピング情報を提供することが必要だと思います。仕事をやめるパターン、やめないパターン、何年で復帰するかというパターンなどはデータで予見ができるので、情報を与えることで、そのときの勢いではなくプランニングしてほしいです。
また、復帰のタイミングは「子どもが小学生になってから」とか「(小学校)高学年になったら」というパターンが多く、ちょっとブランクが長すぎます。労働市場の価値が大幅に落ち込んでしまうので、そこまで待たずに産休後1、2年程度で復帰できないかと思います。
中野:小学校もPTAなどで母親の献身が前提になっている側面があり、こういったところを変えていく必要もあると思います。女性の意識改革だけではなく、夫婦でプランを立てて、男性が家事や育児をもっと担うようにならないと、女性にばかり負担がかかりますね。
男女ともに柔軟な働き方ができる体制も必要ですよね。人手不足や新サービスの登場などで、再就職の選択肢や働き方の多様性も少し増えてきたのではないでしょうか。私の本ではパートタイムで総合職的な仕事をする事例やシェアリングエコノミー・ギグエコノミーなどの可能性についても触れています。もちろん保障面でまだまだ課題はあり、スキルを身につける方法なども含めて整備が必要な領域でもありますが。
ブランクを空けるのは得策ではない
周:中途採用も若干増えてはいますが、やはり条件がいいのは圧倒的に新卒採用です。だから苦しい時期があっても踏ん張ってほしい。同じ会社でなくても、何らかの形でキャリアに継続性があることが重要です。労働市場に居続けることが大事。ゼロになってしまって再スタートするよりも、少し働き方を変えながらも、あとから追いつくことのほうが簡単なんです。企業側としても厳選採用でとった女性に辞められると痛手です。非正規でも同じ分野で仕事を積み上げることで、人的資本価値は高まります。
中野:新卒一括採用の仕組み自体が見直されるべき面もあると思いますし、現状で新卒採用で溢れ落ちてしまうケースや時期によって地元でちょっとした仕事をして生活していきたいというようなケースもあると思うので、 やり直しがきく社会にしていく必要がありますね。
男性を含めた働き方改革も必要ですね。正社員で長時間労働、転勤ありか、そうでなければ低処遇の非正規かの二極化ではなく、前回の鶴光太郎先生のインタビューで議論したようなジョブ型正社員も選択肢になりえます。
周:企業内部の働き方改革は必要ですね。子育て期間中は短時間勤務制度を使って対応する女性が増えていますが、それによって管理職登用が遅れたり、責任の軽い仕事に配属されるようになったりするケースが報告されています。
それよりも働く時間や場所に柔軟性を持たせて、保護者会や子どもの病気などのときにきちんと休めるよう、働き方を内部で変えていくほうが望ましいかと思います。ジョブ型正社員は、その具体形の1つとも言えます。