子どもを持つことで幸福度が下がる「親ペナルティ」を知っていますか? 家事・育児の分担や家族のあり方を研究してきた立命館大学教授の筒井淳也先生は、「日本の親ペナルティは国際的に見て最大に近い状態にあってもおかしくありません」と指摘します。なぜ、日本では親になることがしんどいのでしょうか。

■なぜ親になると幸福度が下がるのか

※写真はイメージです。(写真=iStock.com/kokouu)

一般的には、子どもを持つと幸福度が下がるとされていて、これを「親ペナルティ」と言います。日本は含まれていませんが、先進22カ国で調査し、多くの国で「親になると幸福度が下がる」という調査結果が出ています。

結婚して親になったほうが不幸になるというのは、生物として悲しいと思われるかもしれません。ただこの調査は、「結婚していて子どもが生まれた前後でどう変わるか」という調査であって、独身でい続ける場合と比べると、結婚している人のほうが幸福度が高いというのが一般的です。

親ペナルティが起こる原因は、「育児に多くの時間やエネルギーが必要になる」「睡眠不足」「仕事と家事育児の両立問題」「質の高い保育サービスを見つけにくい」「お金が必要になるためストレスがたまる」などが挙げられるようです。

■「親ペナルティ」が一番大きいのはアメリカ

ただ、親ペナルティは支援制度の充実や政策的介入によって和らげられるようです。例えば、保育への補助金などがしっかりしていると、幸福度の減少度合いが小さくなります。

親ペナルティが起こる原因を公的な支援で緩和できている国ほど、幸福度の減少は小さくなります。「親ペナルティ」が無視できるほど小さい国はノルウェーで、一番大きいのはアメリカです。アメリカは育児に対する公的な支援制度がほぼないのです。国が定める育児休業の制度すらありません。保育はほとんど私費負担です。

日本の公的な家族関係社会支出はOECD諸国の中で最低レベルです。ですから、先進22カ国の中でも親ペナルティは最大に近い状態にあってもおかしくありません(※参照「なぜ日本では「共働き社会」へのシフトがこんなにも進まないのか?」)。特に女性の場合は、仕事と家事育児の両立問題が先鋭化していることが大きな原因だと考えられます。

■高福祉高負担で親ペナルティ無しの国も

技術の進展によってケア労働の負担が減ったとはいえ、共働きの夫婦は何らかの形で家族以外を頼らざるを得ません。もちろん、日本の男性が家事・育児をしないという課題はあります。しかし、それだけで問題が解決するかどうかは微妙だと思います。

北欧やヨーロッパの一部では、育児などのケアサービスのほとんどは公的機関によって提供されています。それぞれの家庭が直接ケアワーカーに報酬を払うのではなく、税金や社会保険料として支払われたお金を使って、政府がケアワーカーを雇用したり、民間企業に委託をしたりして、サービスを提供しています。こういったサービスを「社会サービス」といいます。日本でも、保育においては部分的にこのような仕組みをつくり上げています。

民間のサービスにしてしまうと、低所得者が利用できないぐらいコストが高くなってしまいます。所得格差に関わらず、必要な人が利用できるようにするためには、政府が公的資金でサービスを提供する必要があります。

そのためには、政府からの多額の補助金が必要になります。補助金が少ないと、賃金水準の高い地域で保育士が不足するなどの問題が起こります。実際に、東京都の待機児童数は突出して高くなっています。保育士の報酬を一定以下に抑える必要が出てきてしまうため、「他の仕事をしたほうが稼げる」ようになってしまい、保育士になる人が減ってしまうのです。

ですから、政府からの多額の補助金は、ケアサービスの十分な提供を行うためには欠かせません。例えば北欧社会では、社会サービスを得るために政府に支払う税金や社会保険料はかなり高い水準になっています。「高福祉高負担」が実現しているのです。

■男性稼ぎ手モデルの限界

「仕事と家事育児の両立」の、仕事の面からも考えてみましょう。親ペナルティを無くすためには、かつての「男性稼ぎ手モデル」と相性が良かった日本的な働き方を改善する必要もあります。

大企業で出世しようと思うなら、配置転換・長時間労働・転勤を受け入れることが前提となります。どこで、どのくらい、どのような仕事をするかについて、会社の指示に従うことによって、たしかに会社はある程度雇用を安定させることができます。他方で、これは共働きの時代にそぐわない働き方だと思います。

例えば、今年19年6月に炎上したカネカの件のように、転勤を受け入れるのは大変です。夫婦のどちらかに転勤が命じられれば、片方の(たいていは女性の)キャリアプランが断絶しやすいのです。また、転勤の可能性があるというだけで、子どもをつくるかどうか、持ち家を買うかどうかの判断などに必要な、生活の長期的な見通しが立てづらいということもあるでしょう。

日本の正社員の、「色んな仕事を、いろんな場所で、時間の制限なく」遂行する働き方は、もともとは女性を職場から排除しようとして普及したものではありません。ただ、副作用として女性の職場での活躍を阻害しているのです。

■親ペナルティには、あらゆる社会問題が絡んでいる

幸福度は簡単には比較できませんが、冒頭で述べたように独身でい続けたほうが幸せという調査結果はどこにもありません。

結婚して子どもがいないDinksは割合として少なく、世界的に見てもこのグループは一番の「マイノリティ」です。ただ、数は少ないけれど、子どもが生まれた人達よりは幸福度をキープできていると思います。しかしこれは短期的なものである可能性があります。将来的には、「子どもがいない」「寂しい」「老後はどうするか」という不安が勝ってくる可能性はあります。

結局「親ペナルティ」の問題は、仕事と家庭の両立のしづらさや、保育の支援制度の問題など、全ての社会課題が絡んでいます。ですから、それぞれを同時に少しずつ改善していくしかないのです。

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筒井 淳也(つつい・じゅんや)
立命館大学教授
1970年福岡県生まれ。93年一橋大学社会学部卒業、99年同大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得満期退学。主な研究分野は家族社会学、ワーク・ライフ・バランス、計量社会学など。著書に『結婚と家族のこれから 共働き社会の限界』(光文社新書)『仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか』(中公新書)などがある。
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(立命館大学教授 筒井 淳也 構成=梶塚美帆 写真=iStock.com)