コンビニの軒先を戦車が通過する日常 国内では数か所のみ、実際どう走らせている?
一般車両に交じり自衛隊車両が道路を走ることはままありますが、戦車が走るとなると珍しいもの。ところがそれが特別でもなんでもない日常光景という場所が、国内に数か所あります。日常とはいえ実際の走行は、少々大変な様子です。
道交法など各種法令は遵守のうえで
一般車が道をよけて不安そうな視線を送るなか、道路を前進する自衛隊の戦車群。怪獣映画などではよく描かれるシーンです。しかしリアルな日常生活では、公道で走っているのを見かける自衛隊の車輌といえば、各種のトラックなどがほとんどです。
北海道千歳市内の「C経路」を進む第71戦車連隊の90式戦車(月刊PANZER編集部撮影)。
ところが、映画のように戦車が公道を走ることがあります。戦車にも交通法規に則って、ナンバープレートや灯火などの保安部品類が付いていますので、公道を走ることはできるのですが、やはり一般車に混じって信号待ちし、コンビニの横を走るのは非日常な風景です。
大分県玖珠町(くすまち)のwebサイトには「戦車道における戦車等の通行予定について」というお知らせが掲載されています。玖珠駐屯地から日出生台(ひじゅうだい)演習場まで、公道を使って戦車や装甲車が移動する日程などを告知しているのです。この道は、地元ではリアルに「戦車道」と呼ばれています。
また北海道千歳市のwebサイトにも「令和元年度C経路通行予定のお知らせ」というページがあります。表題だけではなんのことか分かりませんが、陸上自衛隊の戦車などが東千歳駐屯地から北海道大演習場まで移動する際の、公道を含む区間を「C経路」と呼んでいるのです。
砲身が支障になる場合、後ろ向きに砲塔をロックする場合も(月刊PANZER編集部撮影)。
一般車も普通にすれ違う。路面はコンクリート舗装(月刊PANZER編集部撮影)。
74式戦車をけん引する78式戦車回収車(月刊PANZER編集部撮影)。
ちなみに宮城県大和町でも、昨年度まで大和駐屯地と王城寺原演習場のあいだを戦車が公道で移動する告知が出されていましたが、74式戦車が無くなって16式機動戦闘車に更新された今年度から、告知されることはなくなりました。
どこでも走れるが、どこでも走れるわけではない
戦車は履帯(いわゆるキャタピラー)を履いており、道路はもちろん、でこぼこやぬかるんだ悪路でも走れます。しかし74式戦車は重さ38t、90式戦車は50t、10式戦車は44tもあります。ちなみに最大積載量10tの一般的なダンプトラックは、車両総重量で約20t程度です。
そして履帯も鉄の塊であり、むやみに走り回れば路面を傷つけ、道路を破損してしまいます。実際に演習場では、非舗装路面を何台も戦車が通った後には大きな轍(わだち)ができてしまい、戦車以外は通れなくなってしまうこともよくあります。そのためか「戦車は壊し屋」と呼ばれているとか。
雪の森林地帯を戦車が通過した後の轍。こうなると4WD車でも通行できない(月刊PANZER編集部撮影)。
それだけに、戦車が公道を走るには色々な苦労があります。周辺自治体と走る経路、時間、走行速度、台数などを事前に調整しており、先に述べた自治体のwebサイトへの掲載もその一環です。
74式戦車の最高速度は53km/h、90式は70km/hとされており、公道を走るぶんには十分な速力が出せるのですが、40tから50tもある戦車がそんな速力を出せば、激しい振動や騒音、砂埃が起きて、道路やそれに付随する橋などの施設を破損しかねません。周辺住民にも迷惑がかかります。
そのようなわけで、自治体との合意の上で、通常は10km/h程度という速度でゆっくり走ります。履帯には、騒音や路面の破損防止のためゴムパッドが取り付けられ、そして経路のほうも、当然ですが路面や橋梁が戦車の通行に対応できる充分な強度を持っている道路が使われます。
後に戦車8両が来ると予告する先導車、それに続く90式戦車(月刊PANZER編集部撮影)。
後衛車にはこの先何台の戦車が走っているかを表示(月刊PANZER編集部撮影)。
「追越注意」掲げる90式戦車、追い越すタンクローリー(月刊PANZER編集部撮影)。
移動に際しては、部隊単位でまとまって車列を作り、駐屯地を出発します。車列の前には戦車が来ることを予告する先導車が走り、何台の戦車が走っているかを掲示、また最後尾には、この先に戦車が走っていることを知らせる後衛車が付きます。低速の車列ですので、一般車がどんどん追い越し、あいだにも入ってきます。戦車の後部には「追越注意」の看板が取り付けられ、操縦手の視界は自動車よりもずっと狭いので、乗員は砲塔から体を乗り出して前後を常に見張り、乗員間で周囲の状況を確認し合っています。
地域住民にはさして珍しくもない光景
地域の人たちのクルマは慣れたもので、この戦車の移動車列をスムーズにパスしていきます。戦車も、タイミングを見計らって減速したりして譲ります。さすがに戦車に対しあおり運転をするような人はいません。
横断歩道の汚れ防止のため戦車通過直前に手作業で散水する(月刊PANZER編集部撮影)。
慎重に交差点を左折する10式戦車(月刊PANZER編集部撮影)。
走行は夜間も。昼間と違った緊張感を強いられるという(月刊PANZER編集部撮影)。
経路の要所には自衛隊員が警戒に立ち、戦車が旋回する交差点には掃除道具、路面が乾燥しているときには水の入ったポリタンクが用意されています。戦車が旋回する際には、ゴムパッドを付けた履帯が路面を強く擦るため、その停止線や横断歩道の白い塗面を黒く汚してしまいます。そこで戦車が通過する直前に、ポリタンクから水をまき摩擦を減らして汚損を防ぐのです。このポリタンクや水も駐屯地から大型トラックで運んできたもので、細かくはく離したゴムパッドの破片も丁寧に回収するなど、大変な気の使いようです。
動く戦車をこれほど近くに見られる機会は、駐屯地開放日でもめったにありません。足元から地響きが伝わってくる大迫力シーンなのですが、地元の歩行者も一般車も見慣れた光景なのか、特に驚いた様子を見せません。待ち構えるファンとたまたま通りかかった旅行者が写真を撮っているか、近所の親子連れが散歩の途中で眺めているくらいです。
散歩の途中で90式戦車を見送る親子。結構な迫力だが動じる様子はない(月刊PANZER編集部撮影)。
戦車の移動はこのように大ごとなのですが、一方で配備が進む16式機動戦闘車はタイヤを履く「装輪式」です。戦車より軽量の26tで、履帯のように道路にも負荷がかかりませんので、こんな手間は掛からず、自治体が移動予定を告知することもありません。トラックと同じように普通に公道へ出ていき、高速道路も走ります。これが16式のメリットとも言われています。
もっとも有事ともなれば、戦車もこのように準備万端で「行儀良く」は走ってはいられないでしょうから、あくまでこれは「平時だけのメリット」と言えなくもありません。