日本でもようやくキャッシュレスが広がりつつあるが、それに伴って「信用格差社会」が訪れるという懸念の声も(写真:Graphs/PIXTA)

キャッシュレス決済後進国といわれる日本はその比率20%。韓国90%、中国60%からは程遠い。官民挙げてのキャッシュレス狂騒曲を俯瞰・解説するとともに、その先に待ち受ける“信用格差社会”について警鐘を鳴らす。『キャッシュレス覇権戦争』(NHK出版新書 574)を書いた消費生活ジャーナリストの岩田昭男氏に詳しく聞いた。

大盤振る舞いに踊りまくったのは誰?

──政府は将来的にキャッシュレス決済比率80%を目指しています。

「ペイペイ」の100億円還元キャンペーンは、キャッシュレス時代に向けた最初の強烈なカンフル剤にはなりました。ただ、お金が回ったのは大手家電量販店と一部コンビニばかりで、小規模商店は取り残されてしまった。

大盤振る舞いに踊りまくったのは、ポイント好き、ネット好き、新しいものに最初に飛びつく“アーリーアダプター”たち。彼らは実だけ摘み取ってさっさと逃げる“チェリーピッカー”でもあります。大型キャンペーン時に飛びつくだけで、地に足の着いた本当の客になるかどうか。実際、ペイペイの還元キャンペーンも第1弾は上限10万円でばらまいたのが、第2弾は1000円にケチったら、みんなブーブー文句言ってましたよね。

──普及のカギはやはり中小個人商店への導入いかんですか?

今年10月の消費増税に伴う景気対策として、10月1日から東京オリンピック前の2020年6月末まで、中小小売店でキャッシュレス決済をすると決済額の5%が客にポイント還元されます。店がクレジットカード会社に支払う手数料は現状の最大6%程度から、3.25%以下へ引き下げられる。必要な端末などの導入コストもタダ同然という至れり尽くせりのメニュー。とにかくオリンピック前までにキャッシュレス化を一気に進めてしまおうという狙いです。

──オリンピック後は?

かなり大胆な補助なので、9カ月間限定じゃないかと思いますね。

そもそも個人商店のキャッシュレス化が進まない最大の障害が、カード会社や電子マネー会社へ支払う加盟店手数料の高さでした。カード会社としては、中小小売店はリスクが高いから、4%とか5%とか手数料率を高く設定している。それを国のお達しで9カ月間、無理やり3.25%以下に引き下げたとしても、その後はまた戻してしまうかもしれない。

となると「やっぱりカード決済は儲からない」とやめる中小小売店が増えるんじゃないか。そうならないよう、とにかくオリンピック前までの9カ月間が勝負でしょうね。中小のお店にどれだけ決済端末を設置させて、その間に店にも消費者にも慣れさせて、もうカードから離れられないようにしないと。

その点、今最前線で各社火花を散らしてるQRコード決済は導入に専用機器が不要で、加盟店手数料も低く抑えられている。決済から入金までもカードの15〜30日に対し、即日などと短い。中小店にとってこれは魅力です。

クレジットスコアがモノを言うように

──ところで、岩田さんが最も懸念されているのが、その先に予想される“信用格差社会”です。


岩田昭男(いわた あきお)/1952年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業、同大学院修士課程修了。月刊誌記者、テレビ局勤務などを経て、1990年独立。NPO法人「消費生活とカード教育を考える会」理事長も務める。近著『キャッシュレスで得する! お金の新常識』ほか著書多数(撮影:梅谷秀司)

キャッシュレスはスマートだけど、ポイントサービスの延長線上にあるのが信用スコアではないか。

支払いの多くがクレジットカードのアメリカでは、過去の返済履歴、カード所有枚数、借入残高などの情報が記載されるクレジットヒストリーを基に、各個人の信用度=クレジットスコアという数値が割り出される。一般市民の点数化ですね。アメリカの暮らしでは何かにつけクレジットスコアが最重視される。だからみんなクレジットスコアを上げることに躍起です。

独立して渡米した私の友人は、仕事は順調なのに現地のクレジットカードが作れなくて困っていました。アメリカでのクレジットヒストリーがないからカード会社に新規発行してもらえない。これではローンも組めない、引っ越しもおぼつかないと。カードを持てない人や、持っていてもスコアの点数が低い人は悲惨です。

──高スコアの者はさらに富み、低スコアの者はさらに貧しくなる、と。

動画配信のネットフリックスに、近未来SFドラマ「ブラック・ミラー」というシリーズがあって、その中に信用格差社会の行き着く先を描いた「ランク社会」という作品がある。これは必見です。他人同士が互いに人物評価し合って5段階評価で星を送り合う。評価してくれた人の数や星の数で総合点が出され、その点数によって日常生活での待遇が決まるという世界。星の多い人から高評価をもらうとより点数が上がるので、付き合う人間も選ばなきゃならない。

──人のランクづけという意味では、中国の例が強烈でした。

中国では「アリペイ」のクレジットスコアに個人の生活情報も取り込んで点数化する「芝麻(ジーマ)信用」が、個人をランクづけする半ば公的な基準になりつつあります。返済履歴や資産状況はもちろん、公共料金の支払いから学歴・職歴、罰金や犯罪履歴、果ては交友関係、日常の行動・趣味嗜好・関心事、SNSでどんなことを話しているかまで吸い上げられる。

芝麻信用で高スコアだと、病院の預かり金が不要、空港では専用通路で並ばずに手続き、部屋の敷金無料、就活や婚活サイトでも有利など、あらゆるサービスで優遇されます。生活をよくしたければ個人情報をどんどん芝麻信用に提供して点数を上げ、社会的ステータスを高める。そしてできるだけ点数の高い友人知人を増やしてさらに点数を稼ぐ。

国にとって好ましくない人間は…

中国政府は2020年までに国家版芝麻信用ともいえる「社会信用システム」を普及させる方針です。国にとって好ましくない人間は普通の生活すら立ち行かなくなる、と公然と述べている。ブラックリストに載れば飛行機や高速鉄道の切符が買えなくなるという、究極の監視社会、窒息社会ですよね。


──まさにディストピア……。

アメリカはまだ金融、経済に限ってるけど、中国は日常の行儀のよさ、思考、信条、交友関係にまで格付けが入ってきてる。そんな未来像があることも、日本は一度立ち止まって考えたほうがいい。

ところがびっくりしたことに、若い人と話すとみんな何の疑問もなく、格付けを受け入れようとしている。「怖くないの?」って聞くと、「いや、自分がどれくらいの位置にいるか知りたい」って。自分の経歴に箔をつけたいって感じですかね。とくに自分は上位にいるはずと思っている男性ね。そういう人がどんどん出現しているのは世代的なものなのか。僕ら怖くて嫌だけどね。