若林正恭「うれしそうに本を持ってロイヤルホストへ」亡き父から学んだ日常の大切さ
2013年に出版された、若林正恭さん初の著作『社会人大学人見知り学部卒業見込』。雑誌『ダ・ヴィンチ』の連載をまとめたこの本は「中二病全開の自意識を閉じ込めて、社会への参加方法を模索した問題作!」と銘打たれ、ベストセラーとなった。
人よりも10年遅れくらい
「20代はショーパブのバイトくらいで、全然人と会ってこなかったんです“社会”とみんなが呼ぶものに参加してなかったんですよね。しかも自分は変じゃない、普通だと思ってた。
それで30代になってテレビに出るようになると、自分は変わってて、人よりも10年遅れくらいでいろいろと気づいてるんだとわかって(笑)。なのでその驚きだけで1冊書けたんですよ」
今回の最新刊『ナナメの夕暮れ』は、前作以降の連載に加筆したものだが、どうにも書けなくなり、一時期、連載を休みにしたことがあったそう。
「これまでバーベキューとかナイトプールなんかを“それってどうなのよ”と斜め目線で見てきたんですけど、オレも今年40歳なんで、“そんな文句言うなら見なけりゃいいじゃん”っていうことになるじゃないですか(笑)。
そうやっていろんなことが当たり前になり、ビックリしなくなって、斜め目線で書けなくなってしまった。
でも休んでいる間に、今までのような新発見や斜め目線じゃなく、そば屋や整体へ行ったりみたいな、身近なことを書くのもいいのかなって思ったら力が抜けたんです」
「書くことはガス抜き」と言う若林さん。行きつけの喫茶店で、ノートに思いを書き出すところから始めるのだという。
「書くときはけっこう自分の内側のいちばん深いところまで降りていくのが最初にする作業で、それは漫才を書くことに似てますかね。ただ漫才は相方の春日の奥底までも潜んなきゃいけないっていうのがめんどくさいんですけど……。
その春日、驚異の鈍感力なんですよ。寝たら忘れる人っていますけど、春日は寝る前に忘れる(笑)。でもオレは書き記すことで忘れていく作業ができるというか、春日とは真逆なんです」
今回のタイトルは、こんな経緯で決まった。
「諦念(ていねん)とか、“あきらめ”という字を使いたいなと思ってたんですけど、南海キャンディーズの山里亮太が『天才はあきらめた』って本を先に出しやがって、かぶったなと(笑)。
それからいろいろ考えて、肉体的にも若いときと変わってきて、夕方を感じていて、斜めが終わっていくな、あ、ナナメの夕暮れくらいでいいのかな、と……ちょっと鼻につく言い方しますけど、眠る前に降りてきましたね、タイトルが(笑)」
父親の死で大切なことを学んだ
本書では周りの目を気にせず、やりたいことを楽しめるようになっていくさまが綴(つづ)られているが、そうなったのは、おじさんになったこと以外に、ある理由があったと語る。
「親父が死んだのがデカかったですね。闘病の期間が長く、何年も病院のベッドで寝てたんです。それで手術がうまくいって、外出許可が出たんですけど、メチャクチャうれしそうに本を持ってロイヤルホストへ行ったんですよ。
それを見て“ロイヤルホストで本を読むことって、こんなうれしいことなのか”と思ったんです」
そんな父親の姿にこういう思いが浮かんだそう。
「趣味とか自分の生活に少しでも張りが出ることって、みんな少しずつ持ってますよね。そういうものがないと、人生キツイ。だから誰かが楽しんでるナイトプールをバカにしちゃいけないんだと思ったんです」
そこから、身近な日常を楽しみながら過ごしていくことの大切さを学んだ。
「それともうひとつ思ったのは、今の世の中って、人より優位に立ちたいとか、いろんなマウンティングをしてるけど、それで勝ったものって、あの世に持っていけないんだなってこと。
だから気が合って、すごいバカ話したり、あれは楽しかったな、美味しかったな、という友達との時間ってホント大事だなって。
オレは、人生の楽しみがピラミッドだとしたら、何かを成すとか、賞をもらって壇上にいるとか、そういうことが上のほうにあると思ってきたんです」
そんなもんでいいんだな
しかし、今はこう考えが変わってきた。
「でもいまだに同期の芸人と、深夜のコンビニの駐車場の輪止めに座って“あれって〇〇だよな”なんて話しながらアイス食ってたりするんですよ(笑)。
若いころは“なんか楽しいことねーかな”って話してひまをつぶしていた場所だった。それが、今は人生のピラミッドの結構上のところにあって、そんなもんでいいんだなって思えたんです」
クスッと笑えて、毒気があり、ときにホロリとする本書。女性にもぜひ読んでもらいたいと話す。
「男っていくつになってもこんなこと考えてるんだ、というのを知っていただきたいですね。だから共感するというよりは、いい意味で男を見下しながら楽しんでもらえれば。“何ゴチャゴチャ言ってんの……バカだなぁ!”って思いながら読んでいただければと思います(笑)」
ライターは見た!著者の素顔
おじさんになってくだらないことが好きになったという若林さん。
「こないだDJ機器を買ったんです。“自分の好きな音楽を聴いてみたい”という気持ち100%で買いました。若いころだと“アイツ金持って、芸人のくせにDJ始めやがった!”とか言われるから無理でしたね。
これでわかったのは、おじさんってこうやって自意識過剰が減っていくから、恥ずかしげもなくオヤジギャグを言うんだな、ってこと。でもそうなると、お笑い芸人としてどうなのかな、と(笑)」
わかばやし・まさやす 1978年生まれ。東京都出身。中学・高校の同級生・春日俊彰とのお笑いコンビ「オードリー」を結成、2008年にM-1グランプリで総合2位となって一躍人気に。俳優、作家としても活躍、著書『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』で斎藤茂太賞を受賞
(文/成田全)