6県で約20校の高校から盗まれたボールやバットの陳列が「すごい」と話題になった。(写真:栃木県警察)

10月初旬、栃木県や埼玉県など6県で約20校の高校からボールやバットを大量に盗んだとして、水戸市の男性2人が逮捕された。ネットで注目が集まったのは、被害内容もさることながら、会見における押収品の展示方法だ。ボールやバットの並べ方が「スゴすぎる」と話題になったのだ。

筆者は店舗の陳列や販売促進のコンサルティングを生業としているが、押収品の写真を見て「VMD(ビジュアル・マーチャンダイジング:来店顧客の視覚に訴求する商品計画・売り場演出)」の手法を知る者が手掛けたに違いないと思った。

百貨店などで用いられるVMDとは?

VMDとは、お店の売り場が魅力的に映るように商品を展示し購買意欲をわかせる陳列テクニックである。1944年、アメリカのディスプレイ業者であるアルバート・ブリス氏が、初めてこの言葉を使用したと言われている。戦前からアメリカでは店頭マーケティングの概念を実践していたようだ。1970年代後半、アメリカの高級デパートでVMDが盛んに用いられると、その様子を視察した日本のファッション関係者によって本格的に導入されはじめたという経緯がある。

今回の栃木県警の押収品陳列では、トライアングル(三角構成)、シンメトリー(左右対称)、リピテーション(繰り返し)という3つのテクニックが用いられていると考えられる。1つずつ解説していこう。

まず、トライアングル(三角構成)では空間を三角形で構成するのが基本だ。中心線を基準として三角形を作り、立体感を売り場に演出する。たとえば、センターのゴールデン・ゾーン(一番目立つ位置)に、売れ筋や売りたい商品を少し高く並べて、左にその次の商品、右にその他の関連商材を置くといったやり方だ。視線の動きは、中心かつ高い位置にあるセンターが一番先に見られ、次に平行に左から右へと流れるという法則を利用している。

スポーツ選手が登る表彰台も1番高いセンターに1位の金メダリストが位置し、左に2位の銀メダル、右に3位の銅メダルの選手が並ぶが、同様の視覚効果を利用している。デパ地下の惣菜売り場でも、パレットにただ平坦に盛るのではなく、トライアングルの山盛りにすることでボリューム感を演出している。

今回の押収品陳列では、ボールの陳列にトライアングルの手法が使われている。最下段は10個×10個のボールが入る四角い枠を作り固定し、その上にピラミッド型に10段に並べ合計385個のボールからなる山を形成。ピラミッド型にすることで、そのまま積み上げるのに比べ、より少ないボールの数でボリューム感を出している。

国会議事堂と東京駅とピラミッドの共通点とは?


エジプトのギザのピラミッドとスフィンクス(写真:photo-imp / PIXTA)

2つめのテクニックがシンメトリー(左右対称)だ。真ん中の中心線を基準として、左右が対称となる均衡状態を作り出す。これにより安定感を演出できる。国会議事堂、東京駅やピラミッドが代表的なシンメトリーの建築デザインだ。

今回の場合、2つのピラミッドやそれらを囲む新球の箱・中央のバットは左右対称に並べられ、さらに細かい点をいうと、箱に入っている新球は、すべて縫い目をそろえて向いている。これは「フェイシング」という手法で、パッケージ正面を見せることを指す。

よくコンビニでは、リーチイン・クーラー(後方からドリンク類を品出し、陳列する冷蔵庫タイプ)で、棚の後ろ側から商品をレールに流して入れている。通常のコンビニでは単に流して並べるだけだが、売り上げが高いお店では前から商品の正面が見えるよう、位置を直している。商品の視認面積率が低いと、商品自体がないと判断されかねないからだ。しかも、球の入った箱自体に斜度を付け、見やすくする工夫までなされている。

最後に、リピテーション(繰り返し)を紹介しよう。同じパターンを複数回繰り返すことで、見る側にストレスを感じさせず、中身を強く印象づける手法だ。リピテーションによりボリューム感と複数あることによるリズム感が生まれ、全体としての視認性が高められる。今回で言うと、2つのボールの山と横一線に並ぶ新球の箱がそれにあたる。

もし、売り場改善コンテストのように警察署の陳列テクニックを競うイベントがあったとしたら、今回の陳列は文句なしに高得点で上位に入賞するはずだ。それだけ、素晴らしい数々の陳列テクニックを披露しているのだ。あえて改善点を挙げるとすれば、中央のバットをらせん状に多く並べること。これにより、注視度を上げるのも手であると講評をしたくなった。

栃木県警に「スゴすぎる陳列」の理由を直撃

栃木県警宇都宮東署に「なぜ押収品展示にVMDが使われているのか」について取材を行った。すると意外な答えが返ってきた。

「特に商品陳列のテクニックがわかる者はおりません。多くのボールを並べるために、四角い枠を使ったので、たくさん積むと自然とピラミッドの三角形になりました。ボールの数が多いので、1つの山よりはやはり2つだろうと。また、10円玉の平等院のデザインが、きれいな左右対称だったので、参考にはしました」(広報担当者)という。押収品を陳列した署員の中に、高級ブランド店やブティックからの転職者がいると思っていただけに、拍子抜けしてしまった。

しかし、この陳列からは第一に被害者感情を慮り丁寧に証拠品を扱う署員の姿勢が感じとれる。かつ、一般市民に盗難品が大量であった実態を理解してもらいたい想いがあったのだろう。その願いが、自然と高いレベルの陳列へと結実したのではなかろうか。