今夜スタート「この世にたやすい仕事はない」さびしさを埋めないのも、本人の自由
4月6日(木)23:00から、NHK-BSプレミアムでドラマ『この世にたやすい仕事はない』(全8回)が始まる。
出演は真野恵里奈、浅野温子、塚本高史、馬場園梓(アジアン)、正名僕蔵など。
原作『この世にたやすい仕事はない』(日本経済新聞社、2015年)は、芥川賞作家・津村記久子の小説家デビュー10周年記念作品だ。
全5話からなる連作小説で、主人公兼語り手の〈私〉が、5つの奇妙な仕事を転々とする。
第1話「みはりのしごと」……〈私〉はビルの一室で、監視カメラの画像に映るひとり暮らしの小説家・山本山江(やまもとやまえ)の一挙手一投足をチェックしている。それが、今回紹介された仕事。
安部公房の不条理小説のような設定と、ミステリ的な急展開で、読者を不思議な世界に連れ去る。
第2話「バスのアナウンスのしごと」……〈みはりのしごと〉をやめた〈私〉に、相談員の正門(まさかど)さんは、町を循環するバス「アホウドリ号」の車内アナウンス広告音源のコピー作りの仕事を紹介する。
しかしその平凡なアナウンス広告は、町の現実に不気味な影響を及ぼしているらしかった。
『世にも奇妙な物語』(フジテレビ)に似た味わいで、本書中もっとも幻想的なテイストのお話。ドラマではこれが第1話となっているのもうなずける。
第3話「おかきの袋のしごと」……つぎに紹介されたのは、米菓会社のおかきの袋に書くひとことメモ(ミニ知識)を考案する仕事。
新製品『ふじこさん おしょうゆ』のキャラクター〈ふじこさん〉にしゃべらせたひとことが、ふとした事件から商品の大ヒットを呼ぶが、それはまた、厄介なしがらみを呼ぶきっかけでもあった。
作中に出てくる架空の米菓のかずかずが超リアル。龍神貴之による挿画の『ふじこさん おしょうゆ』パッケージもいかにもありそうで、
「あれ? これ近所のファミマで見たような……」
と思わせる。
第4話「路地を訪ねるしごと」……つぎの仕事は、節水や緑化を訴えるメッセージポスターを、許諾をとって町の家々に貼らせてもらう仕事。じつはこの仕事には、〈さびしくない〉という集会(カルト? ボランティア? カウンセリング?)との敵対関係がからんでいた。
小川洋子の不条理短篇小説にも似た静謐な悪意を描きながら、津村さんならではの超リアルなディテールが配されて、未体験の味わいとなっている。
第5話「大きな森の小屋での簡単なしごと」……大林大森林公園(おおばやしだいしんりんこうえん)の管理事務所に頼まれて、森の小屋でこの上なく地味な仕事を振られた〈私〉。
その広大な仕事場に、姿を見せない何者かが棲んでいるらしいと気づく。幽霊か? それとも犯罪者か?
第1話とはまたべつのタイプのミステリっぽさと、仄かな希望を感じさせる展開で、充実のシメになってます。
第2話以降少しだけ明らかになるのだが、〈私〉は燃え尽き症候群(バーンアウト)のようにして前職を辞めた過去を、どこかで引きずっている。
その経験を持つ〈私〉が語り手でもあるわけで、人の心の機微をつく考察・分析が各話に見られる。第4話から印象的な部分を抜いてみよう。
たとえば、自分が淋しいということを認めることや、淋しい人だと他人から見られることを、人はいつからこんなにひどく恐れるようになったのだろうか、と僕はふだん思っているので、
〈みんながみんなさびしいとして、そのさびしさを誰とのどの関わりで埋めるか、もしくは埋めないのかは、本人の自由なのだ〉
(239頁)
なんてフレーズを読むと、ああ、ここに正気の人がいる!とホッとしてしまう。
また人と人とのかかわりにぬっと顔を出す「暴力」にも、〈私〉の考察は及ぶ。
〈『孤独に死ね』なんて、すごく劇場型っぽいせりふだ。憎しみを不当に盛って投げつけてきている。投げつけられた相手がどう思うかに依存する悪態でもある。相手が、孤独に死ぬこともものともしない人間だったらどうするのか。そこに、投げつけた側の価値観が炙り出される。『孤独に死ぬぐらいなら死んだほうがまし』なんていう、金切り声が〉
(234頁)
番組サイトによれば、
・主人公が30代半ばではなく〈28歳〉だったり、
・前職は〈子供の頃から抱いていた夢をかなえた〉結果の就職だったことになってたり、
・そのバーンアウトの原因が〈有り余る熱意がオーバーワークを引き起こし、志半ばで"燃え尽きて”退職〉って表面温度の高い話になってたり、
・〈恋人(塚本高史)との関係にもある結論を下し、徐々に仕事への向き合い方、働く意味を見出していく〉と原作にない恋愛要素がぬけぬけと加えられたり、
・正門さんが浅野温子だったり
と、原作が好きな人にはもう不安要素しかない感じ。日本のTVドラマを見ないという人は、この手の味つけが苦手で見ないというケースが多いはずだ。
でも原作は原作、ドラマはドラマ。「津村記久子作品の映像化」というだけで興味津々です。
昨年の朝ドラ『とと姉ちゃん』で昭和戦前のバリキャリであるタイピストの社内トップをクールに演じた真野恵里奈が、今回は一転して21世紀の迷える転職者を演じるあたり、けっこう味わい深い。
(千野帽子)
出演は真野恵里奈、浅野温子、塚本高史、馬場園梓(アジアン)、正名僕蔵など。
原作『この世にたやすい仕事はない』(日本経済新聞社、2015年)は、芥川賞作家・津村記久子の小説家デビュー10周年記念作品だ。
全5話からなる連作小説で、主人公兼語り手の〈私〉が、5つの奇妙な仕事を転々とする。
あるときはミステリ、あるときは『世にも奇妙な物語』
第1話「みはりのしごと」……〈私〉はビルの一室で、監視カメラの画像に映るひとり暮らしの小説家・山本山江(やまもとやまえ)の一挙手一投足をチェックしている。それが、今回紹介された仕事。
安部公房の不条理小説のような設定と、ミステリ的な急展開で、読者を不思議な世界に連れ去る。
第2話「バスのアナウンスのしごと」……〈みはりのしごと〉をやめた〈私〉に、相談員の正門(まさかど)さんは、町を循環するバス「アホウドリ号」の車内アナウンス広告音源のコピー作りの仕事を紹介する。
しかしその平凡なアナウンス広告は、町の現実に不気味な影響を及ぼしているらしかった。
『世にも奇妙な物語』(フジテレビ)に似た味わいで、本書中もっとも幻想的なテイストのお話。ドラマではこれが第1話となっているのもうなずける。
超リアルな架空の米菓
第3話「おかきの袋のしごと」……つぎに紹介されたのは、米菓会社のおかきの袋に書くひとことメモ(ミニ知識)を考案する仕事。
新製品『ふじこさん おしょうゆ』のキャラクター〈ふじこさん〉にしゃべらせたひとことが、ふとした事件から商品の大ヒットを呼ぶが、それはまた、厄介なしがらみを呼ぶきっかけでもあった。
作中に出てくる架空の米菓のかずかずが超リアル。龍神貴之による挿画の『ふじこさん おしょうゆ』パッケージもいかにもありそうで、
「あれ? これ近所のファミマで見たような……」
と思わせる。
シュールな異界としての住宅地と自然公園
第4話「路地を訪ねるしごと」……つぎの仕事は、節水や緑化を訴えるメッセージポスターを、許諾をとって町の家々に貼らせてもらう仕事。じつはこの仕事には、〈さびしくない〉という集会(カルト? ボランティア? カウンセリング?)との敵対関係がからんでいた。
小川洋子の不条理短篇小説にも似た静謐な悪意を描きながら、津村さんならではの超リアルなディテールが配されて、未体験の味わいとなっている。
第5話「大きな森の小屋での簡単なしごと」……大林大森林公園(おおばやしだいしんりんこうえん)の管理事務所に頼まれて、森の小屋でこの上なく地味な仕事を振られた〈私〉。
その広大な仕事場に、姿を見せない何者かが棲んでいるらしいと気づく。幽霊か? それとも犯罪者か?
第1話とはまたべつのタイプのミステリっぽさと、仄かな希望を感じさせる展開で、充実のシメになってます。
人の心の機微をつく考察
第2話以降少しだけ明らかになるのだが、〈私〉は燃え尽き症候群(バーンアウト)のようにして前職を辞めた過去を、どこかで引きずっている。
その経験を持つ〈私〉が語り手でもあるわけで、人の心の機微をつく考察・分析が各話に見られる。第4話から印象的な部分を抜いてみよう。
たとえば、自分が淋しいということを認めることや、淋しい人だと他人から見られることを、人はいつからこんなにひどく恐れるようになったのだろうか、と僕はふだん思っているので、
〈みんながみんなさびしいとして、そのさびしさを誰とのどの関わりで埋めるか、もしくは埋めないのかは、本人の自由なのだ〉
(239頁)
なんてフレーズを読むと、ああ、ここに正気の人がいる!とホッとしてしまう。
また人と人とのかかわりにぬっと顔を出す「暴力」にも、〈私〉の考察は及ぶ。
〈『孤独に死ね』なんて、すごく劇場型っぽいせりふだ。憎しみを不当に盛って投げつけてきている。投げつけられた相手がどう思うかに依存する悪態でもある。相手が、孤独に死ぬこともものともしない人間だったらどうするのか。そこに、投げつけた側の価値観が炙り出される。『孤独に死ぬぐらいなら死んだほうがまし』なんていう、金切り声が〉
(234頁)
原作は原作、ドラマはドラマ
番組サイトによれば、
・主人公が30代半ばではなく〈28歳〉だったり、
・前職は〈子供の頃から抱いていた夢をかなえた〉結果の就職だったことになってたり、
・そのバーンアウトの原因が〈有り余る熱意がオーバーワークを引き起こし、志半ばで"燃え尽きて”退職〉って表面温度の高い話になってたり、
・〈恋人(塚本高史)との関係にもある結論を下し、徐々に仕事への向き合い方、働く意味を見出していく〉と原作にない恋愛要素がぬけぬけと加えられたり、
・正門さんが浅野温子だったり
と、原作が好きな人にはもう不安要素しかない感じ。日本のTVドラマを見ないという人は、この手の味つけが苦手で見ないというケースが多いはずだ。
でも原作は原作、ドラマはドラマ。「津村記久子作品の映像化」というだけで興味津々です。
昨年の朝ドラ『とと姉ちゃん』で昭和戦前のバリキャリであるタイピストの社内トップをクールに演じた真野恵里奈が、今回は一転して21世紀の迷える転職者を演じるあたり、けっこう味わい深い。
(千野帽子)