2017年はジェットエンジンが誕生して80周年です。その発明者としてイギリス人とドイツ人ふたりの名が挙げられるのは、当時これがあまりに時代の先を行き過ぎていたからでした。

「ジェットエンジン」の生みの親は…?

「飛行機の発明者は誰か?」 そう問われた場合、恐らく世界中ほとんどの人はウィルバー・ライトとオービル・ライトというふたりのアメリカ人の名を挙げることでしょう。いわゆるライト兄弟です。

 では「ジェットエンジン」の発明者はどうでしょう。ライト兄弟の飛行機は、もはやほとんど見ることのできないピストンエンジンでプロペラを駆動する古いタイプの飛行機(レシプロ機)ですが、いまや日本の空を飛んでいるほとんどの飛行機はジェット機です。

 これらは一部例外を除けば、「ターボファン」という種類のジェットエンジンを搭載しており、実はプロペラ機もヘリコプターもほとんどすべてが、ジェットの噴流を回転力に変えてプロペラやローターを駆動する「ターボプロップ」「ターボシャフト」を搭載します(これらジェットエンジンや、その亜種はすべてひっくるめて「ガスタービン」と呼ばれます)。

イギリス当局のジェットエンジンへの無理解から「史上初」を逃してしまった、イギリス初のジェット機E28/39。写真はロンドン科学博物館所蔵の実機(関 賢太郎撮影)。

 ともすれば、ジェットエンジンの発明者はライト兄弟に匹敵する偉業をなしたといっても過言ではありませんが、発明者たるイギリス人、フランク・ホイットルの名は、残念ながらまったくといっていいほど知られていません。

注目皆無 最初のジェットエンジンは時代の先を行きすぎた?

 ホイットルはいまからちょうど80年前の1937(昭和12)年4月12日に、「ホイットル・ユニット」と呼ばれる世界初のジェットエンジンの運転に成功しました。のちに航空の歴史を一変させてしまうこの偉大なる発明に対し、世間は信じられないほど注目しませんでした。

 実は1931(昭和6)年、ホイットルは24歳の時に原始的なジェットエンジンである「ターボジェット」の特許を取得していました。ところが、特許の更新費用が払えずこれを失効してしまっていたほどで、せいぜい時速300km程度のレシプロ機が当たり前の時代に、誰も超音速飛行すら可能なジェットエンジンのポテンシャルを理解できず、ありていに言えば無視されていました。1937年の初実験も、資金を集めてようやく達成することができたほどなのです。

30代半ばのフランク・ホイットル(写真出典:British Government [Public domain], via Wikimedia Commons, https://goo.gl/vF1t0P)。

 一方で運が良かったのは、ドイツ人のハンス・フォン・オハインです。オハインはホイットルのことをまったく知らずに、やや遅れてターボジェットを発案。ドイツの航空機メーカー大手ハインケル社社長がその価値を見抜き、ホイットルの成功からわずか4か月半後にオハインもまたジェットエンジンを「発明」しました。この時オハインはまだ25歳でした。

 こうした事情から、実際に飛行機に搭載しての試験飛行はオハインが先んじました。1939(昭和14)年8月27日、第二次世界大戦勃発の5日前に、オハインのエンジンを搭載した史上初のジェット機、ハインケルHe178が初飛行を成功裏に実施しています。

 ホイットルのエンジンを搭載したグロスターE.28/39が初飛行したのは1941年5月15日であり、オハインより2年弱も後れをとってしまいました。そのため「最初のジェットエンジンの発明者」はホイットルですが、「ジェット機の発明者」はオハインであり、現代ジェット機の発明者はふたりであるといえます。

戦後、邂逅を果たしたふたりは…?

 1939(昭和14)年から1945(昭和20)年にわたる第二次世界大戦によって、ホイットルの祖国イギリスとオハインの祖国ドイツは戦争状態になりました。そののち、1966(昭和41)年に彼らふたりは初めて出会います。そしてオハインはホイットルにこう言います

「もしあなたが適切な予算にさえ恵まれていれば、私に6年は先んじていたことでしょう。もしイギリスの専門家たちがあなたのエンジンを理解する十分な見識があったならば、ヒトラーはイングランド上空を時速800kmで飛び回るイギリス空軍に勝てるとは思わず、第二次世界大戦は勃発しなかったでしょう」

 英独のジェット機はすぐには実用化されず、ある程度、技術的な問題に目途がたった1944(昭和19)年になってようやく、ドイツ空軍のメッサーシュミットMe262「シュヴァルベ」戦闘機、やや遅れてイギリス空軍のグロスター「ミーティア」戦闘機として結実します。

ハンス・フォン・オハインは第二次大戦後、アメリカ空軍で研究職に就いた。写真は1970年代に撮影されたもの(写真出典:アメリカ空軍)。

 いずれも、第二次世界大戦の大勢がほぼ決した時期になって実用化されたことを考えれば、オハインの言葉が正しかったといえるかどうかは疑問です。しかし第二次世界大戦後、ジェットエンジンが飛行機の常識をすべて塗り替えてしまったことは事実です。

 いまや地球の裏側にまで気軽に旅行できるようになったのは、フランク・ホイットルとハンス・フォン・オハインの業績のおかげであり、彼らふたりはライト兄弟とともに、航空史における最も偉大な人物としてその名を残しています。

【写真】史上初の実用ジェット機

ハインケルはヒトラーに疎まれていたこともあり、実用機として完成したのは、オハインの開発ではないエンジンを搭載した本機Me262だった(関 賢太郎撮影)。