ドイツ・ブンデスリーガの地方クラブが、素晴らしい記録を打ち立てた。ウインターブレイク明けのリーグ戦に勝利したホッフェンハイムが、シーズン前半の17試合を無敗で乗り切ったのだ。

 昨シーズンは残留争いを演じたクラブの躍進は、ユリアン・ナーゲルスマン監督抜きには語れない。カジュアルな服装でベンチに座る彼は、ブンデスリーガ史上最年少の指揮官だ。16年2月、ナーゲルスマンは28歳で監督に就任した。

 そもそもの驚きは、20代でブンデスリーガ1部の監督になれることだ。言い換えれば、そのためのライセンスを取得できる、ということである。

 指導者ライセンスがC級、B級、A級……とステップアップしていく日本では、なかなかそうもいかない。現役のうちから指導者ライセンスを取得する選手は多いが、レベルが上になると拘束期間が長くなる。たとえば、B級なら5泊6日の講習が2回で済んだが、ひとつ上のA級では現場での指導が必須に、といったぐあいだ。

 指導対象のレベルが上がれば、身に付ける知識が増えるのは当然である。現場での経験も、積んでいかなければならないだろう。ただ、ライセンスの取得に必要な拘束時間が長くなると、現役生活と並行して取得へ動くのは難しい。「現役の間はB級まで」というJリーガーが多い理由である。

 その一方で、プロサッカー選手としての活動は、ライセンス取得の大きな手助けになる。

 Jリーグの監督に必要な最高位のS級ライセンスの取得は、基本的にJクラブの推薦が条件となっている。プロとして活動したことのない人材が若くしてA級まで辿り着いたとしても、S級を受講できるとは限らない。順番待ちの長い行列に、最後尾から加わる可能性が高い。というわけで、20代でJ1リーグの監督になるような人材は、構造的に生まれにくいと言うことができる。

 若くしてS級ライセンスを取得した人材が登場しても、抜擢するチームが現われるかという疑問もある。日本には年齢に基づいた先輩と後輩の関係があり、サッカーチームには30歳を越えた選手も少なくない。カズこと三浦知良によってベテランの概念が書き換えられ、川口能活、楢粼正剛、中村俊輔らが“キング”を追いかけていく今後は、選手寿命が今以上に伸びていきそうだ。

 そのなかで、選手より年下の監督を起用するクラブが現われるだろうか?

 現実的に考えにくい。

 ただ、ナーゲルスマンが采配をふるっているのは、ドイツのブンデスリーガである。W杯でプレーしたことのある選手は、毎週末のリーグ戦でどの会場にも見かけるぐらいだ。世界チャンピオンやヨーロッパ王者に輝いたことのある元選手も、かなりの数にのぼると言っていい。そして、代表チームの土台となるブンデスリーガは、Jリーグをはるかに上回る歴史を積み重ねている。

 つまり、ブンデスリーガのクラブを率いるのにふさわしい実績を持った元選手は、Jリーグと比較にならないぐらいに多いのだ。クラブ側からすれば、圧倒的なまでの買い手市場である。

 ナーゲルスマンの就任当初は1部残留がきわめて厳しい状況で、監督を引き受けるのは火中の栗を拾うのに等しかった。彼の場合は次シーズンからの監督就任が決まっており、前倒しでチームを率いることになった。予定通りと言えばそうなるのだが、ドイツ代表の経験もなく、ブンデスリーガ1部でプレーしたこともない20代の若者に、トップチームを託すとい決断が驚きだ。潔いというか、思い切りがいいといか、リスクをかえりみないというか、懐が深いというか……。

 いずれにせよ、新世代の監督が台頭著しいブンデスリーガは、ナーゲルスマンの登場によってさらに魅力あるものとなっている。彼らのような監督が作り上げるチームが観衆を惹きつけるのはもちろん、これから監督を目ざす者にとっても、である。先輩・後輩の関係が色濃いから若い人材の登用は難しいとの論理が、都合のいい言い訳に聞こえてくる。