拓殖大学紅陵高等学校(千葉)【後編】
変革を遂げ、いざ13年ぶり夏の甲子園へ
千葉大会ではBシード。7月14日に流山南と松戸六実の勝者を千葉県野球場で迎え撃つ拓大紅陵。昨夏限りで、1981年の就任以来、春夏通じて9度の甲子園に導き、今年「日本高野連育成功労賞」も受賞した名将・小枝 守監督が勇退。小枝氏と長年タッグを組んできた澤村 史郎部長が監督に就任後、最初の夏を迎えることになる。気づいてみれば春は2004年・夏は2002年以来遠ざかる甲子園出場へ。そして「激戦千葉」を勝ち抜くために具体的にどのようなことに取り組んでいるのか?
打撃強化策の両輪の1つ「スイング量とコーチ」に特化した前編に続き、後編では両輪のもう1つ「食事改革」による選手の具体的変化と春の戦いを踏まえ、夏への意気込みを大いに語って頂きました。
「食事改革」で肉体改造を果たした4番エース鈴木 寿希也選手(拓殖大学紅陵高等学校)
拓大紅陵が打撃強化策としてスイング量増加と同時に取り組んできたのが食事面である。「食べたものでしか体は作れない。3食食べることと、しっかりと食べることを大切にしました」と意図を話す澤村 史郎監督も、寮の食堂で彼らの「食事改革」に同席。これにより劇的な肉体改造を遂げたのが4番でエースの鈴木 寿希也(3年)である。
鈴木は入学時、やや太めの93キロだった。それを1年間で73キロまで減量した代償として球速、飛距離も落ちてしまった。「やっぱり体を大きくしないと。そして、しっかりと食べないといけない」と危機感を覚えた鈴木。新チーム結成後は朝、昼、晩と「どんぶり飯2杯以上」食べるようになった。さらに秋から冬にかけて朝4時から7時まで選手の技術、精神力を徹底的に鍛え上げる恒例の「早朝練習」の時期には、「どんぶり飯3杯〜4杯」までボリュームアップ。もちろんこれも「食事改革」の一環である。
そして迎えた今年の春。鈴木は180センチ83キロまでサイズアップ。投手としても最速141キロまで伸ばし、大きくレベルアップを果たした。「チーム全員が徹底して、食べることをやってきてよかったと思います」。鈴木自身も効果を実感している。
[page_break:県8強の春に見えた収穫と課題]県8強の春に見えた収穫と課題こうして、充実したオフシーズンを送った拓大紅陵は、シード入りを目指して春季大会に臨んだ。地区予選では、翔凜に8対4で勝利し、県大会出場を決めると、県大会では流通経済大柏に8対5、市川に7対3で勝利し、3回戦では昨秋の3回戦で敗れた市立船橋と再戦。試合は9回表まで5対4の1点リードで迎えたが、その裏、3番・佐藤 虹輝(3年)に同点本塁打を打たれ、さらに続く及川 茂樹(3年)に三塁打を打たれ、サヨナラの大ピンチを迎える。
しかしこの時、ベンチは平然としていた。澤村 史郎監督は振り返る。「何やっているんだよ〜という感じでしたね(笑)。でも全然選手たちは臆している様子はありませんでした」
指揮官の感じた通り。3番手の小笠原 健介(3年)が後続の打者を抑え、延長戦へ。そして10回表に1点を勝ち越し、市立船橋を破ると同時に千葉大会のシード権を獲得。双方向からの打撃強化が精神面強化の二次的な効果をもたらし、拓大紅陵は当初の目標達成を果たしたのである。
が、Aシードを目指した準々決勝では専大松戸に1対2で敗れベスト8止まり。この試合では夏への課題もはっきり見えた。「やっぱり打線は水物なので、なかなか力を発揮できない時がある。そういう時、投手がどれだけ我慢できるか。やはり軸となる投手が出てきてほしい」(澤村監督)
林 世翔投手(拓殖大学紅陵高等学校)
夏の千葉大会は15日間で7試合をこなさなければならないタイトなスケジュール。よって拓大紅陵でも当然、複数投手が準備を整えている。制球力のある小笠原 健介、ピッチングが上手い技巧派右サイド・境 優多(3年)、故障から復帰し、調子を上げてきており、鈴木に負けない威力ある速球を投げ込む林 世翔(3年)、そしてこの春台頭し複数の変化球を備える左腕・小林 李空(2年)。いずれも戦える4投手が控える。
しかし、その中でもやはり軸は必要。「春季大会では不調でしたが、やはり鈴木が出てこないといけないですし、エースとしてチームを引っ張ってもらいたい」と澤村監督はあえて鈴木に期待を込める。対して「春では納得いく投球が出来なかったので、夏にリベンジしたい」と闘志を燃やす鈴木。強化された打撃と投手陣。そしてエースと指揮官の信頼関係が拓大紅陵をさらなる高みへと押し上げようとしている。
[page_break:「精神的な支柱」を随所に備え、13年ぶり頂点へ]「精神的な支柱」を随所に備え、13年ぶり頂点へ樫森 恒太主将(拓殖大学紅陵高等学校)
指揮官の信頼はエースばかりでなく野手にも向けられている。「精神的な支柱」として期待するのはフットワークの軽快さと巧みなグラブさばきが光る遊撃手・主将の樫森 恒太(3年)。そして1年春から拓大紅陵投手陣を支え、二塁送球1.9秒台のスローイングを披露する強肩捕手・伊藤 寿真(3年)。
澤村 史郎監督は2人に対して性格を把握した言葉を送る。まずは樫森について。「あいつがエラーしたら仕方ない」「この冬は下半身を中心としたトレーニングで、フットワークに磨きをかけて上達していると感じます。しっかりと守備でチームを引っ張っていきます」と責任感の強さが光る樫森の性格を全面的に信頼している。
伊藤 寿真捕手(拓殖大学紅陵高等学校)
対して、2004年センバツ出場時の中野 大地捕手(明大〜日産自動車〜現:JFE東日本)、東京情報大の正捕手・石井 大和捕手と同じように英才教育を施してきた伊藤への指揮官の評価は「まだ投手心理、打者心理を考えたリードの使い分けができていないところがありあります」と手厳しい。
ただ、「これほどバラエティに富んだ投手陣の持ち味を引き出しています」と長所は長所として評価。もちろんこれも、「配球面では本当に厳しいです。1球1球の意図を説明することを常に言われていますし、大変ですが、できるだけ投手陣の持ち味を引き出すように心がけています。スローイングもまだ上体だけで投げてしまう癖があるので、フットワークを使ったスローイングができるようにしたい」と、どん欲に吸収する意欲がある伊藤の性格を見越しての発言である。だからこそ2人は精神的支柱であり続けるのだ。
「このチームはずっと勝ちにこだわってやってきた。夏こそは頂点に立ちたい」樫森の誓いは数多くの旅客機が飛び交う木更津の空に響く。その視線は航空機の行き先の1つである関西へ。そして13年ぶりの千葉大会制覇と夏の甲子園出場へとしっかり向けられている。
(取材・文=河嶋 宗一)