ヤンキースで信頼関係を築いた黒田博樹と田中将大【写真:田口有史】

誠実な人柄でメジャーでも信頼を集めた黒田

 ヤンキースからフリーエージェント(FA)となり、広島復帰を決めた黒田博樹投手は、その誠実な人柄でメジャーでも信頼を集めた。現在、現役ナンバー1投手とも言われるドジャースのクレイトン・カーショーと熱い友情で結ばれているのは有名な話。昨年は、ヤンキースの対戦相手に所属する日本人投手が試合前に外野で練習中の黒田のもとに駆け寄り、話し込む姿もよく見られた。

 日本人選手同士が試合前に雑談を交わす光景は日常的にあるが、黒田の周りには自然と輪ができ上がり、野球談義にも花が咲いた。松坂大輔、岩隈久志、ダルビッシュ有ら先発投手が一目を置く存在。上原浩治、田澤純一といった救援投手もヤンキースとの対戦の度に、先輩右腕のもとに足を運んだ。

 そして、昨シーズンはチームメートとして1年を共に過ごした田中将大投手も、黒田に絶大な信頼を置いていた。

 昨年1月、ヤンキース入団が決まると、田中はすぐにイチローと黒田に電話で連絡を取ったという。2月の入団会見の時には、同じ先発投手である黒田について「いろいろと聞いてみたいです。見て、勉強したい」と話している。

 その数日後、フロリダ州タンパでのキャンプに臨むため、バッテリー組集合日に初対面した際は、お互いに時間がなかったこともあり、あいさつを交わしただけだった。それでも、黒田は「できる限りサポートしたい」と約束。その言葉通り、翌日に練習がスタートしてからは、英語やメジャーでの練習法に慣れていない田中をさりげなくサポートし「自分を見失わないことが大切」と報道陣を通じてアドバイスを送っている。

グラウンド外での付き合いも増え、距離を縮めていった2人

 キャンプ中は主にグラウンドで信頼関係を築いていった2人。関西弁でのやり取りが、取材中の報道陣のところまで聞こえてくることもよくあった。

「自分が25歳の時と比べられると、考えられないくらい落ち着いてるね」

 シーズン直前、黒田は田中の印象についてこう明かしている。そして、グラウンド外での付き合いも増え始めた開幕後に、14歳も差がある2人の距離はどんどん縮まっていった。開幕カードのアストロズ戦が行われたヒューストンでは、黒田が田中を誘う形で日本食レストランへと食事に出かけ、“決起集会”を行っている。

 シーズン初登板は、黒田が6回3安打2失点ながら援護がなくアストロズに敗戦。一方で、田中はその2日後にメジャーデビューのブルージェイズ戦に登板し、序盤にばたつきながら7回6安打3失点にまとめて初勝利を挙げた。黒田は田中の登板後に「自分の中で切り替える修正能力が、この世界で一番大事なこと。頼もしいというより、僕が(田中に)ついていけるかですよ」とうれしそうに話している。

 田中が昨季最大のアクシデントに見舞われた時にも、2人の信頼関係が垣間見えた。

 前半戦は破竹の勢いで白星を重ねていたルーキー右腕は、7月8日のインディアンス戦で右肘靭帯の部分断裂という重傷を負い、長期離脱を余儀なくされた。その3日後、開幕から本調子ではない中で先発ローテーションを守り続けていた黒田は、田中からメールで「迷惑かけます」と連絡を受けていたことを明かした上で、こう話している。

黒田と過ごした濃密な1年から田中が吸収したものは多い

「彼しか分からない色んなものを背負って投げていたので、少し野球の神様に休ませてもらえると思う。ゆっくり休んで、できれば最短で戻ってきてくれればチームとしてもいいですね。彼なりにここまでずっと突っ走ってきたので、そういう怪我も仕方ないと思います」

 これに対して、田中は「色んな方が今回こういう風になって声をかけてくれて、気にしてくださっている。『うれしい』というのが合っているか分からないですけど、感謝しています。もちろん、ちゃんと治さないと意味がないですけど、でも、自分の中ではできるだけ早く治したいという気持ちもあります」と心のうちを明かしていた。

 リバビリに臨んでいる間、田中はヤンキースタジアムでの試合を途中まで見届け、帰宅するという日々を送った。試合直前のベンチで、登板日ではない黒田と田中が談笑する姿は、テレビや場内の大型スクリーンに度々、映し出された。日本人の同僚、しかも誠実な人柄で周囲からの信頼が厚い黒田博樹という存在が、リハビリ中の田中の心を軽くしていたことは間違いない。

 9月中に復帰を果たし、シーズンを終えた田中は、黒田が過酷なメジャーで先発ローテーションを守り続けてきたことについて「あらためて凄いと感じた」と話した。そして、来季は自分自身がシーズンを通して投げ続けるという目標も掲げている。黒田と過ごした濃密な1年。先輩右腕が想像を絶する努力を重ね、マウンドに上がり、黙々と投げ続ける姿を間近で見てきた田中にとって、吸収できるものは多かったはずだ。

 広島からエースの復帰が発表された先月27日、田中は広報を通じてコメントを発表し、黒田への感謝の気持ちを明かした。今年は戦う舞台が変わるが、ニューヨークで築いた信頼関係が変わることはない。お互いの活躍を楽しみながら、マウンドに上がることになりそうだ。