その走り姿からは「ドタドタドタ!」という効果音が聞こえてきそうだった。

 2月中旬、中日・北谷(ちゃたん)キャンプの陸上競技場で、投手陣がシャトルランに精を出していた。スリムな体型、軽やかな身のこなしで駆ける投手が大半のなか、厚みのある肉体を重そうに引きずり、今にも地面に倒れ込みそうな青息吐息の投手がいた。

 この投手こそ、中日のドラフト1位ルーキー・鈴木博志だった。身長181センチ、体重95キロ。その立派な体格と鈍重な走り姿は、不朽の名作漫画『キャプテン』のキャラクター「近藤」を想起させた。


昨年のドラフトで中日から1位指名を受けて入団した鈴木博志

 今どき立ち方、歩き方からこだわって練習するアスリートが珍しくない時代に、この鈴木の存在は良くも悪くも際立って見えた。

「ムリっす……。キツイです……」

 ランメニューを終え、鈴木はストレートに弱音を吐いた。しかし、表情には明るさがあり、言葉通りプロの練習に戸惑っている様子は見受けられなかった。

 むしろ心配を覚えたのは、ランメニューの前に入ったブルペンでの投球練習だった。

 休日前ということもあったのだろう。鈴木の体はいかにも重そうで、本来の武器であるスレトートはいい球と悪い球がはっきり分かれた。

 社会人・ヤマハ時代の鈴木は最速157キロの快速球を武器にしていた。1球見ただけで「モノが違う」と思わせる、エンジンの強さと迫力。そのような剛球は影を潜めた。

 そんな心配をよそに、鈴木は「ブルペンでダメでも、実戦になると変わるので。悪くてもなんとも思ってないです」とあっけらかんと語った。このあたりは鈴木のおおらかさがポジティブに作用しているようだった。

 1年前の3月、静岡・草薙球場でキャンプを張っていたヤマハを取材したことがある。当時、美甘将弘(みかも・まさひろ)監督は心配そうな顔で鈴木についてこんなことを言っていた。

「今年でドラフト解禁ですけど、課題も多いですし、まだ早いのかなと。私としては『社会人のエース』と呼ばれるようになってから(プロに)行ってほしいんですけどね(笑)」

 鈴木は磐田東高を卒業し、ヤマハに3年在籍したものの、実質プレーができたのは2年しかない。何しろ、入社した時点ではボールを投げることすらできなかったのだ。鈴木は当時をこう振り返る。

「高校で右ヒジを疲労骨折して、手術したんです。だから最初の年は周りの人も『なんでこんな使えない高校生を獲ったんだ?』って思っていたと思いますよ(笑)」

 リハビリとトレーニングに明け暮れ、ヒジが完治した1年目の秋、試運転で登板したマウンドで鈴木に衝撃が走った。今まで味わったことのないスピード感のあるボールが腕から飛び出した。球速は148キロ。高校時代よりも5キロも速くなっていた。

 社会人2年目、3年目も実戦で投げられるようになったと言っても、圧倒するような実績を残したわけではない。とてつもない剛球を投げ込んだかと思えば、突然ムラッ気が顔を出して打たれるシーンも少なくなかった。

 それでも美甘監督の言う「社会人のエース」と呼ばれる前に、鈴木はその才能を十分に見せつけてしまった。最速157キロを投げるアマチュアの20歳が放っておかれるはずもなく、昨秋のドラフト会議で中日に1位指名されたのだった。

 社会人出のドラフト1位、しかも近年下位に低迷している中日ともなれば、即戦力級の働きを求められてもおかしくはない。しかし、現段階での鈴木はありあまる伸びしろを残した未完成の素材である。その点で一抹の不安があったのだが、鈴木のこんな一言にそれが杞憂であることを悟った。

「(森繁和)監督の言われることと僕がやろうとしていることが一緒なので、大丈夫です」

 森監督が鈴木にかけている言葉はこうだ。

「コースを狙おうとせず、強いストレートをストライクゾーンに投げ込んで、まず早めにワンストライクを取りなさい」

 この言葉に、いかに森監督が鈴木を理解し、その持ち味を発揮させようと心を砕いているかが伝わってくる。

 要は、森監督は現時点での鈴木に細かなことは求めていない。まずは余計なことを考えず、のびのびと腕を振って勢いで勝負しなさい――。社会人出の投手に求める内容としては低次元かもしれないが、それが森監督の期待を込めたメッセージなのだろう。

 とはいえ、鈴木は1年目から「将来性」という言葉にあぐらをかくつもりはない。こんな言葉に強い決意を込めていた。

「一軍キャンプに呼ばれてやっている時点で、今年からやっていく、即戦力というつもりで練習しています。だからといって、そこまでプレッシャーに感じることなく、自分のペースでやっていければと思っています」

 アマチュア時代の鈴木について、印象的なシーンがある。それは昨夏の都市対抗野球大会。新日鐵住金東海REXの補強選手として出場した鈴木は、2回戦・Honda戦でリリーフ登板した。3回無失点で勝利に貢献した試合後、当時の自己最速タイである155キロを計測したことについて、鈴木はこう言ってのけたのだ。

「出るものと思って投げたので……」

 その口ぶりがあまりに堂々としていて、しばらく二の句が継げなかった。とても狙って演出することはできない、「大物感」と呼ぶべき鈴木の天性だろう。

 現時点ではリリーフとしての起用方針を伝えられている鈴木だが、先発投手としての適性がないわけではない。経験を積むなかで投球を覚え、心身ともに成長すれば、いずれチームの大エースにのし上がってもおかしくない。

 鈴木博志という投手には、そんな大きな夢を抱くだけのロマンがある。

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