9日に報じられた、カヌー選手によるライバル選手のドリンクへの薬物混入事件。前代未聞のスキャンダルは日本スポーツ界と、それを取り巻くファンたちに衝撃を与えました。被害にあった小松正治選手は本当に災難であり、資格停止処分が解除されたことは本当によかったと思います。

ただ、この事件をめぐる反応に関しては、ドーピングに関する認識が少し不足しているのかなと思うところがあります。被害者である小松選手に対して全面的な同情をする報じ方が一部で見られますが、それはドーピング事件の受け止め方としては間違いなのです。

ドーピングというのはインチキをするつもりがあってもなくても「陽性反応が出たこと自体が違反」となるものです。日本アンチ・ドーピング規程においてアンチ・ドーピング規則違反の定義を定めた第2条第1項には「競技者の検体に、禁止物質又はその代謝物若しくはマーカーが存在すること」とあります。故意であろうが、過失であろうが、悪意によるものであろうが、陽性反応が出ること自体がアンチ・ドーピング規則違反なのです。

そのことは小松選手に関する規律パネルに「本規程2.1項の違反が認められる」と明確に記されていることからもわかります。小松選手は悪意によって陥れられた被害者ではありますが、同時に「アンチ・ドーピング規則違反者」でもあり、ただし他者の悪意が明らかになったので資格停止処分が解除されたに過ぎないのです。つまり、冤罪による無実の人ではなく、有罪ではあるが他者の悪意が明らかとなったので罰則がナシになった、という話であり両者には大きな違いがあるのです。

陽性反応が出た選手は、「誰かにクスリを盛られた」「コーチが知らない間にクスリを混ぜた」と言うものです。それは本当かもしれないし、ウソかもしれない。誰にも区別がつきません。だから、盛られたかどうかは関係なく、陽性反応が出たなら処分が科されるのです。そうなった場合、処分の解除・軽減のためには「他者の悪意を違反者側で証明する」しかありません。

今回はたまたまカヌー連盟による極めて熱心かつ要件を完璧に満たした調査によって、鈴木選手が「悪意をもって薬物を混入させた」と自白し、小松選手の処分は解除されました。しかし、もしも鈴木選手が「悪意」を自白しなければ、仮に防犯ビデオなどで鈴木選手が薬物を混入させる場面の映像が撮られていたとしても、小松選手には処分が科されたでしょう。「悪意をもって薬物を入れた卑怯者」なのか、「組織的ドーピングにおけるクスリ配布担当者」なのか、行為だけでは判別できないわけですから。

そのことは、日本アンチ・ドーピング規程においても「競技者は自らが摂取する物について責任を負うとともに、自己の飲食物への接触を許している人の行為についても責任を負う」と明確に記されています。他人が手を加えられる状況に飲食物を置いた結果として起きたことは、競技者自身の責任として問われるのです。

だからこそ、多くのアスリートが「小松選手側の意識の低さ」を指摘するのです。

一度目を離したドリンクは飲まない。信頼できる人物から提供された食物以外は食べない。ドーピングに詳しい専門の医師以外から処方されたクスリは使わない。それは自衛のための当然の道であり、自衛を怠って陽性反応が出た者は違反者とみなして同情しない。それがアンチ・ドーピングの姿勢なのです。

多くのアスリートは、自身が清廉潔白に戦うなか、ウソをついて薬物を使っているライバルを見てきています。自分がそういう卑怯者でないと示すためには、常に自衛を怠らず、決して薬物を摂取しないように意識していることを、行動で示さなければならないのです。

アンチ・ドーピングに誠実に取り組む選手であればあるほど、今回の小松選手についてアンチ・ドーピングへの意識の低さを感じるのではないでしょうか。競技力を高めることと同様に、アンチ・ドーピングに取り組むことはアスリートの務めなのですから。「陽性反応が出ること自体が違反である」という意識、東京五輪へ向けて日本のアスリートとファンには強く持ってもらいたいものです。

(文=フモフモ編集長 http://blog.livedoor.jp/vitaminw/)