(株)OJTソリューションズ 『トヨタの現場力 生産性を上げる組織マネジメント』(KADOKAWA)

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既存の組織体制では対応できない課題解決には「プロジェクト」が効果的です。しかし、業務フローや指示ラインが定まっていないので、成功は簡単ではありません。そんなときトヨタ自動車では、「わざと『抵抗勢力』をメンバーに選ぶ」といいます。なぜなのか。トヨタ子会社のOJTソリューションズは、その組織改善の手法を『トヨタの現場力 生産性を上げる組織マネジメント』(KADOKAWA)にまとめました。本書からプロジェクトチーム作りの3つのコツをご紹介します――。

■(1)メンバーには「抵抗勢力」を入れる

プロジェクトメンバーに求められる要素のうち最も重要なのは「変化への前向きさ」です。多くのプロジェクトは、現状を否定しつつ、まだ目に見ぬよりよい未来に向けてアクションを続けていく取り組みです。現状にこだわると、「でも」という言葉が多くなり、できない理由ばかりを並べてしまいます。変化が困難に思える状況でも、「どうやったらできるか」を考え、「まずはやってみよう」という姿勢が重要です。

実は、現状の組織の方向性にストレートに従おうとはしない「抵抗勢力」は、活動の強力なエンジンになりうる可能性を秘めています。おそらく皆さんの身近なところにも1人はいるであろう性質の人ですが、周囲からも煙たがられて冷遇されていることがほとんどです。しかし、弊社の元トヨタマンのトレーナーの多くは、彼らを高く評価しています。それは、現状に対する問題意識や自分なりの信念をもち、必要であれば変化も辞さない姿勢をもっているから。トレーナーのコメントを、いくつかご紹介しましょう。

「周囲に流されずに抵抗することは、何らかの信念がないとできない。そして、信念があることは自分なりにしっかり考えている証拠」
「周りから扱いづらいと言われている人は、自分の考えをしっかりもっているのにコミュニケーションが下手なだけ。誰かが橋渡し役になってあげれば、もともと考えがしっかりしているので、組織の強力なエンジンとなる」

また、よく勘違いされがちなのが、活動に直接的に必要な実務スキルや専門知識の有無です。たとえば、新たな働き方を考えるプロジェクトであれば、働き方についての業界水準の知識や専門知識は必要か否かということです。このスキルはあるに越したことはありませんが、前述の変化への前向きさが必須項目であるのに対して、こちらはオプションです。

あくまでも優先順位は「変化への前向きさ」が上。変化の必要性を本当に感じていれば、スキルは後付けで習得が可能だったり、専門家に任せることもできます。弊社のプロジェクト活動でも、「改善活動の知識があるから」とプロジェクトメンバーに選出されたものの、変化に対して後ろ向きであったために、活動が滞るケースがよく見られます。逆に、知識はゼロでも、前向きな姿勢でどんどん知識を貪欲に吸収していき、スピーディーに成果をあげるケースが多々あります。

このように、変化への前向きさはプロジェクトメンバーに不可欠な要素なのです。

■(2)上位層からの「動機づけ」が成果を底上げする

プロジェクトメンバーを選出したら、あとは活動で成果がでるのを待つだけ――このように考えている方も多いようですが、それは大きな誤解です。

プロジェクト活動が始まることは理解していたとしても、それがどの位必要なのか、一体どの方向にむかっていくのか、そして、多くの人の中でなぜ自分に白羽の矢がたったのか。プロジェクトメンバーは多くの疑問を抱えています。成果を出す活動にするためには、このようなプロジェクトメンバーの疑問を1つ1つ解消し、現状を理解し将来の見通しをもってもらうことが必要です。

そのためには、活動の責任者がプロジェクトメンバーに動機づけをしましょう。その際のポイントは、2つです。なお、プライベートな内容が交わされることもあるので、極力1対1で場をもつのが理想的です。

1つ目は、活動の意義とプロジェクトメンバーへの期待を伝えること。会議で活動の意義や目的が伝えられていたとしても、その時には普通の組織メンバーとして聞き流していただけかもしれません。いざ、プロジェクトメンバーとして活動を担う立場になると、新たに疑問が湧いてくることも多いに考えられます。また、どのような点に期待してプロジェクトメンバーに選出したのか、活動を通じてどのように成長していってほしいのかということも、忘れずに伝えて下さい。

2つ目は、プロジェクトメンバーから想いや考えをきくこと。1つ目が「押し」としたら、こちらは「引き」です。変化に前向きなプロジェクトメンバーたちなので、現状には何等かの問題意識をもっています。ただし、昔は問題意識があったものの現状に慣れてしまった、自分は活動をおこしたものの周囲から支持を得られずに頓挫したなど、過去に様々な経緯があることがほとんどです。まずは、その時の想いをあらためて言葉にしてもらうことで、モチベーションを高めてもらいます。また、現状に対して具体的な改善案がある場合には、必要に応じてそれを取り入れることもよいでしょう。

このようにしっかりと動機づけがされていないと、「面倒なことに巻き込まれた」「自分にはとても務まらない」という後ろ向きな気持ちに陥ります。活動の前に立ちはだかる困難にもへこたれず周囲を巻き込みつつ活動を進めていくためには、トップによる動機づけが必須なのです。

■(3)「プロジェクト推進者」を設置する

活動はプロジェクトメンバーを中心に展開されますが、彼ら・彼女らのみで活動すべてを担うことはできません。関係部署から協力を得られず孤立するケースや、自らのみでは解決策を見いだせずに活動が行き詰ってしまうケース。こうした事態を防止するために設置するのが、プロジェクト推進者です。活動の責任者のトップが担うことも可能ですが、組織が大きい場合には別に設けることが得策です。

プロジェクト推進者の役割は、大きく2つあります。1つは、メンバーのフォロー。主に、心理的側面が中心で、プロジェクトの実施現場の訪問やモチベーション維持のためプロジェクトメンバーとの面談、定期報告会への同席などが代表的事例です。もう1つは、活動のフォロー。具体的には、プロジェクト予算の確保・他部署への協力要請・活動内容の社内周知などです。これらが滞り活動が頓挫するケースが多いので、極力早めに手を打つことが必要です。

このような役割を担ってもらうためには、プロジェクト推進者はプロジェクトメンバーが定期的に相談しやすいポジションであるとともに、必要に応じてトップや関係部署にも働きかけができるポジションであることが必要です。前者を重視すると低いポジションに、後者を重視すると高いポジションになりがちです。ポイントは、プロジェクトチーム全体で要素を担保すること。例えば、プロジェクトの中心を担うリーダーが若い場合には、他のプロジェクトメンバーをベテランにして経験を補うとともに、プロジェクト推進者も役員クラスにして人脈を補います。必要に応じて、いづれの要素を重視するのかを調整してください。

弊社のある顧客企業では、プロジェクトから多くの関係者に発信される「週報」に、4年半にわたってコメントしつづけたプロジェクト推進者がいました。常にプロジェクトメンバーへの労いがある一方で、最終ゴールを見据えたアドバイスが適宜含まれていました。例えば、「最終的なゴールは××ですが、現時点ではここまでできていれば十分ですね。いつもありがとうございます」というように。プロジェクト推進者が常に支援してくれているという安心感を感じつつ、プロジェクトは全社に拡大し大きな成果をあげました。

このように、トヨタではプロジェクトで成果を出すために、「変化に前向きなメンバーの選定」と、プロジェクトがスムーズに推進する「動機づけ」と「サポート」といった「しくみ」を重視しているのです。

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岡内 彩(おかうち・あや)
OJTソリューションズ 経営企画部
東京大学教育学部卒業。トレーナーや顧客企業への取材を通じて、人材育成のコツや強い現場づくりに必要な要素などの形式知化を進める。OJTソリューションズ:2002年4月、トヨタ自動車とリクルートグループによって設立されたコンサルティング会社。トヨタ在籍40年以上のベテラン技術者が「トレーナー」となり、トヨタ時代の豊富な現場経験を活かしたOJT(On the Job Training)により、現場のコア人材を育て、変化に強い現場づくり、儲かる会社づくりを支援する。 本社は愛知県名古屋市。60人以上の元トヨタの「トレーナー」が所属し、製造業界・食品業界・医薬品業界・金融業界・自治体など、さまざまな業種の顧客企業にサービスを提供している。 主な著書に20万部超のベストセラー『トヨタの片づけ』をはじめ、『トヨタ仕事の基本大全』『トヨタの問題解決』(すべてKADOKAWA)など。

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(OJTソリューションズ 経営企画部 岡内 彩)