96年のアトランタ五輪に出場した前園氏。予選を含め、数々の印象的なゴールを決め、キャプテンとしてチームをけん引した。写真:滝川敏之(サッカーダイジェスト写真部)
 リオ五輪に向けて、手倉森ジャパンもいよいよ本格的な準備に入った。7月19日から国内キャンプをスタートさせて、21日にはブラジルへと旅立つ。
 
 本大会を間近に控えたこの時期に大事なのは、なによりもコンディション調整だ。グループリーグの第1戦(ナイジェリア戦)と第2戦(コロンビア戦)は高温多湿のマナウスで行なわれ、第3戦(スウェーデン戦)のサルバドールまでは長距離移動を強いられる。現地の気候や環境に早く身体を慣らして、万全の準備を整えることに集中したい。

 とはいえ、8月4日の初戦まではそれなりに時間があるわけで、当然ながら選手たちのモチベーションもピークには達していない。まだ“スイッチ”は入れないというか、入らないだろうし、対戦相手の分析もそこまで深くなされていないと思う。
 
 現地に入り、全員が同じ条件下でトレーニングをする過程で、相手の情報も少しずつ入ってきて、映像を見たりしてと、そうやって徐々に気持ちを高めていけばいい。今は逆に、リラックスして、来るべき戦いに備えているんじゃないかな。
 
 自分が出場した96年のアトランタ五輪を振り返れば、初戦がブラジルということで楽しみな気持ちがあったけど、やはり、アメリカに行ってから、大会に向けて少しずつ身体も気持ちも作っていった感じだった。

 アトランタ五輪では、グループリーグで2勝1敗の成績ながら、得失点差の関係で決勝トーナメントには進めなかった。ご存知のとおり、ブラジルに1-0で勝利し、続くナイジェリアに0-2で敗れた後、最後のハンガリーには3-2で逆転勝利という結果だった。
 
 ほとんどのメンバーが世界大会はほぼ初めてで、個人的には少なからず緊張はあったけど、相手が強豪だからといって、ガチガチになるようなことはなかった。失うものもなかったし、変に気負わず、自分たちの力を出し切ろう、やるだけやろう、と。
 
 後悔はまったくないけど、最大の勝負のポイントは、ナイジェリア戦の後半だったと思う。0-0で終えた前半を見る限り、僕らが相手ゴールに迫る回数は、ブラジル戦の時よりもはるかに多かった。だから……。
 だから、後半は攻撃の枚数をさらに増やして勝負に出たかったけど、チームとしては守備のバランスを崩さずに戦うという方向性だった。攻撃の選手、守備の選手、そして西野監督と、いろんな考え方があったなかで、それが当時のベストの選択だったとは思う。
 
 このナイジェリア戦のハーフタイムに、チーム内で衝突があったと伝えられているのは知っている。でも、言い争うようなことは本当になかった。ごく普通のプロとしての意見のぶつけ合いというか、とにかく、みんな自己主張が強かったから。それぞれ確固たる自信を持っていたし、サッカーに懸ける強い想いがあった。
 
 だからこそ、あのチームが今でも語り継がれるほど魅力的で、28年ぶりに五輪の扉を開いて、ブラジルにも勝てたと思っている。
 
 僕はそんなチームのキャプテンを任されていた。ただ、自己主張の強いメンバーたちを、まとめようとは考えていなかった。個々が言いたいことを言うけど、いざ試合になれば、なんだかんだいって、チームのためにひとつになって戦えていたので。
 
 それでずっと結果を出してきていたので、むしろ自分はプレーで見せて、チームを引っ張ることしか頭にはなかった。いくら指示を出しても、プレーが伴っていなければ説得力がない。だから、特別なことはなにもしなかった。
 
 手倉森ジャパンのキャプテンは、遠藤航が務めている。今季から移籍した浦和でレギュラーポジションを掴み、A代表にも選ばれている。コンスタントに自分のプレーができて、ムラがない。キャプテンだからどうというわけではなく、間違いなくチームにとって欠かせない存在ではある。