【病院のウラ側】内視鏡手術は本当に“最高の手術法”なのか?
【フリーランスドクターXのぶっちゃけ話】
高視聴率をキープする『ドクターX 〜外科医・大門未知子〜』。同ドラマに取材協力した現役フリーランス女医が、知られざる医療現場のリアルと最新事情をぶっちゃける!
大門未知子も成功させた先進の「内視鏡手術」「内視鏡手術」とは、体に小さな穴をあけて、そこから内視鏡(腹腔鏡や胸腔鏡などの総称)で体内を覗きつつ、細い手術器具を使用して行う手術のことであり、俗に「切らない手術」とも言われている。傷が小さく臓器が外部に露出しないために患者は回復が早く、一般には「体に優しい手術」とされている。また「先進医療にチャレンジしている」アピールとしても一般人にわかりやすいため、ここ10年あまりで急速に広まり、あちこちの大学病院でチャレンジされている。
ドラマ『ドクターX』においても、「内視鏡手術」は何度か登場している。シーズン1における最初の手術は「胆嚢結石に対する胆嚢切除術」である。術前カンファレンスで「開腹による胆嚢切除」を主張する久保院長に対して、米倉良子が演じるフリーランス外科医の大門未知子は「内視鏡手術で行うべき!」と異議を唱え、「私、失敗しないので」という例の決め台詞が登場する。シーズン2の第5話では食道がんの内視鏡手術をめぐって、主人公は世界的ゴッドハンドと対決した。さらに、シーズン3の第5話では、自分たちの技術を誇示するべく、東帝大派閥は結腸がんを、西京大派閥は肺がんを、それぞれ内視鏡手術で切除した。
O監督の胃がん手術当時、医師の間で広がっていた「不安の声」日本において広く「内視鏡手術」が知られるようになったのは、2006年に胃がん手術を受けたO監督の病状をめぐる報道であろう。胃がんという病名の発表とともに、「名門K大病院への入院、執刀はK大教授、手術は最先端の医療を駆使した内視鏡手術」であることが報道された。「腹壁を切らないので、スポーツ選手としての回復が早く、負担も少ないため手術後の早期復帰可能」と記者会見で説明され、世間の大半は「ほぉ〜、さすがは世界のO監督」と感心した。
私自身は「60代後半の爺医が、内視鏡による胃全摘手術なんでできるのか?」と一抹の不安を覚えたが「でも、K大だったら、若手もそれなりにいるし、イザという時は中堅外科医をササッと影武者にすれば、そうマズいことにはならないだろう」とも思った。
手術直後の報道によると「手術時間9時間、腫瘍は直径5cm、リンパ節転移一つ」で、「手術は大成功!」とされた。私を含む少なくない医師は「9時間も粘るぐらいなら、開腹すべきだったのでは?」「5cmって腹腔鏡でやるには、腫瘍が大きすぎない?」「腫れているリンパ節が見つかったならば、その時点で開腹して、他のリンパ節も手で触って確認すべきだったのでは?」などと噂していた。その後「術後経過良好により、手術16日後に退院」と報道され、我々も日々の仕事に忙殺されていった。
あの「激ヤセ」の原因は内視鏡手術にあった?案の定、翌月になってO監督はK大病院に再入院した。その際のO監督の激ヤセした姿は、「手術大成功!」という華々しい記者会見のイメージにはほど遠く、不安と違和感を覚えた人は少なくない。報道によれば「食事をのどに詰まらせた」のだそうで「栄養指導のため」という公式発表だったが、入院期間は46日に及んだ。同時期に「初期の胃がん」と報道されて「開腹手術」を受けた有名人に、藤村俊二氏、佐藤B作氏、鈴木宗男氏、小林克也氏が挙げられる。彼らに比べて、往年の名選手で並外れた体力があり、「体に優しい」とされる腹腔鏡手術を受けたO監督のほうが、手術後の回復は明らかに遅いように見えた。
2008年、O監督は「体力の限界」を理由に監督を退任した。また、2009年3月には「内視鏡手術の権威」とされたK大教授が定年退官した。そして2009年9月、O監督は再び「東京都内の病院で腸閉塞・胆石症の手術を受けた」と報道された。
2014年のドラマ『アリスの棘』にも、まさにこのO監督と同じ「腹腔鏡下胃全摘術」が登場する。藤原紀香が演じた外科医は、教授の命令で不慣れなこの手術に挑み、手術中に誤って血管を傷つけてしまう。手術方法を開腹手術に変更して対処することを主張するが、「俺の評価が下がるから開けるな!」と准教授に反対されて腹腔鏡のままで手術を続行し、患者は失血死する。
一般論として、がん手術の優先順位をまとめると以下のようになる。
がんを根こそぎ切除する残った臓器を再建し、できるだけ機能を温存する傷を小さくするたまーに、1より2を優先することはある(子宮がんにおいて妊娠希望がある場合、再発リスクを覚悟の上で子宮を部分切除する……など)があっても、3が1や2よりも優先されることはない。
2006年、「腹腔鏡下胃全摘術」とは胃がんの手術としては、まだまだ一般的な手術ではなく、手術対象もごく初期のがんに限られていた。O監督のような「5cmの腫瘍」「リンパ節転移がある」といったケースに適応させるのは、当時の水準としては「ちょっとやりすぎ」な感が否めない。
「一流病院の権威」と「教授のメンツ」が絡まって……「内視鏡手術」の最大のポイントは「内視鏡に固執しないこと」だと多くの外科医は指摘する。手術には予想外の問題(予期せぬ出血や、術前検査ではわからなかった癒着、etc.)が発生するリスクがあり、場合によっては「内視鏡手術」という当初のプランは放棄して、通常の開腹手術に移行すべきなのである。
おそらくO監督の手術でも、最初に腹腔鏡で患部をのぞいた執刀医の脳裏には「コレは開腹に移行したほうが……」というアイデアが脳裏をよぎっただろう。しかしながら、なまじ術前の記者会見で大々的に「最先端の内視鏡手術!」とぶち上げたため、K大病院やら教授のメンツがからまって、引くに引けなくなったというのが真相ではないだろうか。
腸の吻合も「Roux-en-Y」という比較的煩雑な方法を採っており、それゆえ癒着や狭窄リスクが高い。O監督のケースでも、長時間の手術操作で狭窄が残ってしまったが、おそらくそれは再手術さえすれば簡単に対処できるレベルであった。が、なまじ「手術大成功!」と記者会見したために、それを否定するかのような再手術を教授に反対され、現場の医師は栄養材点滴などで誤魔化さざるを得なかったのではないだろうか。
2009年、教授の定年退官を待って、再手術は施行された。おそらく胆嚢に小さな石でも見つけたので「胆石症」という病名を全面に出して、上層部の再手術許可をもらったのだろう。病名は「腸閉塞」とも報道されたが、そもそもO監督は胃全摘後なので、かつて胃があった場所には吊り上げられた腸管が収まり、胃の代用を果たしている。それが調子悪くなったら「腸閉塞」とはウソではない。
「腸閉塞・胆石症の手術を受けた」との発表は、「胃がん手術は大成功! 経過は順調です! でも、たまたま別の病気が見つかって、手術が必要になったんですよ!」というK大側の涙ぐましいアピール……というのが私を含む少なくない医師の推察である。
O監督の胃がんは、前述の3条件のうち、5年経っても再発は見られないので1はクリアしたが、3を重視して2がイマイチということで、「65点」レベルの治療と言えよう。結果論だが、そこらへんの都立病院でフツーに開腹したほうが手術時間も入院期間も短くなり、「70〜80点」レベルの治療が受けられた可能性が高い。
「内視鏡手術は体に優しい?」と訊かれれば、「太陽光発電やエコカーは地球に優しい?……というのと同じようなもの」だと私は答えている。「場合によっては有用だが、今のところイメージ先行で効果はビミョー」というのが現状と思われる。
まとめ我が国の「内視鏡手術」はO監督の胃がん手術で広く知られるようになった「体に優しい」と言われた割には、激ヤセなど術後経過は順調ではなかった2006年の医療水準としては、O監督の症例は腹腔鏡で扱うには無理があったが、なまじ記者会見などしたために、引っ込みがつかなくなって強行されたっぽい2009年の手術は、教授退職を待ってからの再手術っぽい内視鏡手術は、イメージはいいが実用性はイマイチであり、手術中に「ヤバい!」と思ったらすかさず開腹手術に移行する柔軟性が不可欠である筒井冨美(つついふみ)フリーランス麻酔科医。1966年生まれ。某国立医大卒業後、米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場をもたないフリーランス医師」に転身。テレビ朝日系ドラマ『ドクターX 〜外科医・大門未知子〜』にも取材協力