<三方良しの依頼状>−カギは「期待値の差」を埋めるファクトにあり−−橘・フクシマ・咲江氏

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ヘッドハンティングはクライアント企業と候補者の間に入って両方を結びつける仕事だ。だからコミュニケーションがすべての鍵を握ると言ってよい。

現在、仕事のやり取りは7〜8割をメールで行っており、何より機密性には気をつけている。経営幹部の場合、秘書がメールを読んでいる可能性があるので、本人専用のアドレスであることを確認できるまで、具体性のない文章を書いて慎重に進める。

メールには片道通行という弱点がある。直接会って話をするときのように、相手の反応を見ながらニュアンスや言葉を修正していくことができない。不適切な表現が入っていても、そのまま伝わってしまい、いつまでも残る。もし少しでも「失礼だ」と思われたら、そこで関係確立の入り口は閉ざされてしまう。どんな読み手にも失礼にならないよう慎重に言葉を選ぶ必要がある。

初回の面談依頼メールで心がけているのは、「ぜひお会いしたい」という熱意が伝わるように、受け手の立場に立って書くこと。私も他の企業から、肉筆の依頼状を受け取ったことがある。ただし、よく見ると「肉筆風」の印刷物で、不特定多数に送っている「マスメール」だとわかり、がっかりした。相手に「自分でなくてもいいんじゃないか」と一瞬でも思われたら、その後の関係確立は難しくなる。相手を1人の人間として尊敬の念を持ち、その立場に立って考えることを心掛ければ、自ずと答えは明らかになるはずだ。

我々が紹介するのはひとつの機会であって、最終的に決断するのは雇用主と候補者である。そこでできるベストの仕事は、お互いの期待値の差をミニマムにすること。だから絶対に嘘を書いてはいけない。交渉の過程では、報酬の詳細や経営課題について、問題を隠すのではなく事実を具体的に説明し、判断の役に立つ客観的な分析を加える。この仕事は、同じクライアントからの仕事が7割を占めるリピートビジネス。口当たりのいいことだけを伝えて入社していただいても、結果的に成功しなければ、お互いにとって悲劇になる。

自分の都合を押しつけるだけではビジネスは広がらない。客観的なファクトを提示し、期待値の差を埋めることは、あらゆる局面で必要なスキルだろう。

■橘・フクシマ・咲江氏が「依頼状」を添削!

×BEFORE

(1)メールはどこに転送されるかわからない。難しい依頼であればあるほど、差し障りのない件名にしたい。

(2)相手の立場になったとき、どう思うか。まずは不躾な連絡の非礼をわびるべき。

(3)機密性のある内容を最初から明かすべきではない。面談後に相手の意向を探りながら、徐々に詳細を明かすのがマナー。

(4)金額などは先方の期待値と大きく異なっている場合、大変な失礼になる。交渉の段階に入ってから、電話や面接で相手の要望を確認したうえで伝えるべき。

(5)これでは関心のない人は決して連絡しない。誰でもいいのだろうと思われてしまう。次に繋がる結語を選びたい。

○AFTER

(1)立場をわきまえてとにかく丁寧に
こちらは「お願いする」立場。どんなに魅力的な案件でも、相手に押しつけてはいけない。些細な点も気にかけるべきだ。

(2)だらだらと書くよりURLを貼り付ける
定型文を書き連ねるよりリンク先を参照してもらったほうが、受け手にとっても詳細がわかり、情報量が多く役に立つ。日本での長年の実績を紹介することで、会社に対する信頼を得る。

(3)「マスメール」と思われない工夫
「マスメール」だと思われたら読んでもらえない。なぜあなたでなければいけないのか。その背景と理由について書けば、熱意が伝わる可能性は高い。そのための事前リサーチも必要。

(4)情報を出すのは面談を経てから
相手の人柄も意向もわからない段階では情報は出せない。メールは用件を書き残すには便利なツールだが、人間としてのコミュニケーションに必須の細かいニュアンスをやり取りするには適さない。

(5)「お願い」の姿勢は最後まで崩さない
こちらの都合で「お願いをしている」ということを忘れてはいけない。

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日本コーン・フェリー・インターナショナル会長 橘・フクシマ・咲江
ハーバード大学教育学、スタンフォード大学経営学修士課程修了。1991年コーン・フェリー・インターナショナル入社。2000年社長。09年現職。米国本社、ソニー等の取締役歴任。

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(鈴木 工=構成 星野貴彦=事例作成 永井 浩=撮影)