フランス国民にとって、イランの核開発も中東問題も北朝鮮も地球温暖化も飢餓も、大した問題ではないらしい。フランスの極左によれば、「アメリカこそが世界最大の問題」だ。

 フランスをこき下ろすことが米共和党予備選での常套手段だとすれば、4月に大統領選を控えたフランスだって同じ。反米感情はかつてほどではないものの、アメリカの影響力や文化に対してフランス人が抱いている愛憎入り交じった感情が、投票の行方を左右しそうなことは確かだ。

 左翼党のジャンリュック・メランションにしろ極右・国民戦線のマリーヌ・ルペンにしろ、仏米の同盟関係に公然と疑問を呈する候補者を支持する有権者はおよそ3分の1に上る。

 アメリカに対して最も敵意に満ちた攻撃を展開しているのが、支持率約9%のメランションだ。自著『奴らをつまみ出せ』の中では、底なしの消費と軍事費が支えるアメリカ型の経済モデルは「命取りのからくり」であり、「文明の危機の元凶」だと主張している。

 債務危機に悩まされ、大統領選後には緊縮政策が待ち受けるとみられるフランスで、アメリカが世界経済を支配していることへの批判は高まる一方だ。

 メランションとは政治的に対極に位置するルペン率いる極右の国民戦線は、20%近い支持を獲得。ナショナリストのルペンはアメリカ文化を敵視し、「コカ・コーラとマクドナルドを貪り、歴史も伝統も無視して多国籍企業にカネを落とす強迫観念に取りつかれた消費者たち」がのさばることを恐れている。

 移民に反対で外国人嫌いな国民戦線の支持者たちが、アメリカについて懸念していることがもう1つある。「人種のるつぼ」だ。「厳格な移民政策を導入しなければどうなるか──フランスやヨーロッパが将来直面するだろう脅威を、アメリカは体現している」と、近著『マリーヌ・ルペンによる世界』を発表したマガリ・バレントは言う。

オバマの人気は絶大だが

 フランスの反米主義の歴史は、アメリカの歴史と同じくらい長い。詩人シャルル・ボードレールから哲学者ジャン=ポール・サルトルに至るまで、偉大な識者たちは理由を見つけては「ヤンキー」をこき下ろしてきた。

『アメリカという敵──フランス反米主義の系譜』の著者フィリップ・ロジェは、反米主義は根深い国家的な偏見だと指摘する。アメリカ人は「無教養な野蛮人でカネの亡者」だと、根拠もなく長年叫んできた結果なのだという。

 イラク戦争をきっかけに、対米感情は一気に悪化。ジョージ・W・ブッシュ前米大統領は、フランス人から見てまさに「悪役」そのものだった。

 07年、フランスは「アメリカの友人」の異名を持つニコラ・サルコジを大統領に選出。サルコジは就任直後の訪米で、冗談めかして言った。「アメリカの友人でも、フランス大統領になれるのだとお伝えしに来た」

 そんなフランスでも、バラク・オバマ米大統領の人気は絶大だ。オバマが選ばれただけで、アメリカへの支持は30ポイント以上も上昇。調査機関ピュー・リサーチセンターによれば、フランス人の75%がアメリカに好意的だ。「私たちは反米主義なわけじゃない。アメリカの政策に反対なだけ」と、左翼党の支持者ダニー・ケロンは言う。

 とはいえ、昔からの反米感情は簡単に消えるものではない。「もしも明日、(保守派の象徴的存在である)リック・サントラムが大統領になってアメリカの政策が変われば、フランスの反米主義は再び燃え上がるだろう」と、ロジェは言う。

 複雑で危険な「アメリカ問題」への対処が、フランス大統領選でも鍵を握りそうだ。

[2012.3.21号掲載]

イザベル・ラホール