2021年、トランプの強固な支持者たちがアメリカ連邦議会を襲撃した。首謀者の一群は陰謀論を鵜呑みにしていた(写真:Getty Images)

孤独死や陰謀論が社会問題化している。その背後にあるのが、日本社会で深刻化する個人の孤立だ。『週刊東洋経済』11月16日号の第1特集は「超・孤独社会」だ。身元保証ビジネスや熟年離婚、反ワク団体など、孤独が生み出す諸問題について、実例を交えながら掘り下げていく。

世界は影の政府ディープステートに操られている──。こんな荒唐無稽な話が、まことしやかに語られるようになった。何が起きているのか。陰謀論を研究してきた大阪経済大学の秦正樹准教授に聞いた。


Q 陰謀論とは何でしょうか。

ある事件や出来事について、通説とは別に、策謀や謀略によるものであると解釈する考え方だ。普通の人は決して触れることができない秘密のたくらみによって政治的、社会的決定がなされている、と考えることをいう。

陰謀論は2010年代以降、世界各国を揺るがすようになった。アメリカでドナルド・トランプ大統領が誕生したり、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起きたりと、大きな社会変動が起きるたびに陰謀論が生まれ、はびこる。

コロナワクチン接種が始まったときには「(マイクロソフト創業者の)ビル・ゲイツが、ワクチンにマイクロチップを埋め込んで人々の行動を捕捉しようとしている」といった陰謀論が広がった。

ソーシャルメディアで広がる陰謀論

陰謀論は伝統メディアではなく、インターネット上のソーシャルメディアで広がる傾向がある。ソーシャルメディア上だけなら実社会に大きな影響は出ないが、現実社会に悪い形で表れたのが2021年1月のアメリカ連邦議会襲撃事件だろう。暴動を起こしたのは前年の大統領選挙を「不正選挙」と唱えるトランプの支持者たちで、その首謀者の一群は「Qアノン」と呼ばれる陰謀論を鵜呑みにしていた。

Qアノンは、2018年ごろからネット上で台頭した陰謀論の総称で、最大の特徴は「ディープステート(DS)」と呼ばれる闇の秘密結社が世界を裏で操っていると主張する点にある。DSはバラク・オバマ元大統領やヒラリー・クリントンといった民主党の政治家やリベラル系著名人らで構成されているという。DSメンバーには悪魔崇拝者や小児性愛者があまたおり、一般人の見えないところで幼児の人身売買に関わっているという。

Q 信じているのはごく一部の人では?

一般人にとっては荒唐無稽だが、笑って片付けるわけにもいかない。

2020年に英大手調査会社YouGovがアメリカの成人1640人を対象に実施した調査によると、先述した「マイクロチップ陰謀論」について、共和党員の44%もの人が「その説は正しい」と回答していた。

Qアノンも、2018年ごろまでは一部の強固なトランプ支持者の内輪話だったが、大統領選挙を通じ、わずか数年で全米の多くのトランプ支持者に浸透していった。

陰謀論は検証するのが難しい

Q 陰謀論はフェイクニュースとは違うのですか。


秦 正樹(はた・まさき)/大阪経済大学 准教授。1988年広島県生まれ。2016年、神戸大学大学院法学研究科博士後期課程修了。博士(政治学)。北九州市立大学法学部、京都府立大学公共政策学部を経て、今年4月から大阪経済大学情報社会学部准教授。

人や社会を混乱させる点では、陰謀論とフェイクニュースは共通している。「コロナワクチンは不妊症を起こす」という情報が少なからぬ人々を不安に陥れたように。

両者の違いは「検証可能性」だと考えている。ワクチン不妊説は専門家やメディアの検証によってフェイクニュースと示された。

しかし陰謀論は、検証するのが難しい。存在するかどうかもわからない影の政府にインタビューをして記事にするのは不可能だ。

Q 日本でも陰謀論者は増えていますか。

日本では陰謀論に端を発する暴力事件は今のところ起きていない。

しかし、「在日コリアンが日本を裏で支配している」といった陰謀論は、「ネット右翼」の間で今でも繰り返されている。「安倍晋三元首相を撃ったのは山上徹也ではない。真犯人はほかにいる」という陰謀論を主張する者も少なくない。

左派・リベラルや反米志向でも陰謀論に陥る人はいる。例えば日米地位協定の運用について日米実務家トップが協議をする日米合同委員会についての議論だ。

日米合同委員会の参加者はごく少数の「政府高官」のみであり、協議の中身は原則非公開。あるジャーナリストは同委員会について「外務省の密室で」「人知れず協議を重ね」「アメリカ軍の特権を維持するために数知れぬ秘密の合意=密約を生み出している」と指摘している。こうした「秘密裏の政治的合意」といった触れ込みは陰謀論を生み出す格好の材料になりうるので、取扱注意のワードだ。

結論を言えば、日米合同委員会には日米間の新たな合意を決定する権限はないことが通説である。にもかかわらず「密室」「特権」「秘密の合意」といったワードによって、一般人には決して触れることができない秘密の集団のたくらみにより政治的、社会的決定がなされているような印象を与えている。

乖離を埋めるためのストーリー

Q 陰謀論はどういうとき、どういう経緯で生まれますか。

大統領選挙に敗北したトランプが「不正選挙」と主張したり、自民党に選挙で勝てない左派・リベラル勢力が、自民党はさまざまな団体や組織の傀儡(かいらい)になっていると語ったりする事例からもわかるように、陰謀論は目の前で起きている現実を是認できないときに生まれやすい。「あるべき現実」との乖離が大きいとき、その乖離を埋めるためのストーリーとして陰謀論が生まれ、支持を得ていく。

陰謀論は演繹法的な考え方で組み立てられる。自分の考えに沿う沿わないにかかわらず、一つひとつの事実を積み上げることで真相に迫っていく帰納法に対し、陰謀論は望ましい結論が先にあり、その結論に合うような理屈だけを抜き出して組み上げる。

「安倍元首相は闇の組織に暗殺された」という結論が最初にあり、ここに向かって「警備が不自然に薄かった」「銃創の位置に不審な点がある」「手製の銃で人を撃てるわけがない」といった、答えに合う理屈だけが組み上げられ、そうでない証拠や論理については「当局は事実を隠蔽している」と考えて、陰謀論思考はどんどん加速していく。

Q 陰謀論に陥りやすいのはどういう人?

政治や社会のあり方に強い関心を持っている人ほど陥りやすい傾向がある。寝ても覚めてもそればかり考えているような人は黄信号だ。とはいえ政治や社会に関心を持つことはとても重要。日常の対面でのコミュニケーションを大切にしながら、「ほどほどに」という加減が大事だ。

Q 陰謀論を信じ込むとどんな支障がある? 離脱させる手だては?

陰謀論は、単にその人の評価を低下させるだけでなく、家族や友人など身近な人々との関係まで断ち切るケースが多々ある。早期に離脱させてあげたいところだが、一度その沼にハマると、その思考から離脱することは難しい。陰謀論は「思考」ではなく「信念」となるからだ。思考は変えられるが、信念はなかなか変えられない。

対極にあるのは常識や規範

Q 陰謀論に陥らないためにできることは?

日々の仕事が順調で、家族や友人と良好な関係を構築できている人ほど陰謀論には陥りにくいという研究結果がある。

オスロ大学のビェルヴィアチョネクらの研究によれば、ノルウェー人約2000人を対象に約30年間にわたって追跡調査を行った結果、友人が少なく孤立し、中・長期的に孤独感を覚えている人ほど陰謀論を信じる傾向にあることが明らかになっている。

陰謀論の対極にあるのは、常識や規範だ。私もかつては「ネット右翼」で、マスメディアの情報をすべて疑い、ネットの情報ばかり信じている時期があった。しかし、親身な友人たちから「何を信じるかは自由だが、社会常識は持ってくれ」と諭され、数年かかってようやく自分のおかしさに気づけた。

今では大学で多くの学生に講義をしなければならないし、仕事上、意見の違う人ともうまくやっていかなければならない。日常を円滑に過ごすためには、どこかで現実と折り合いをつけ、周囲とすり合わせながらやっていくしかない。「常識」とは違う意見で社会を変えられるのは、傑出した才能を持つ人だけであることを知るべきだ。

(聞き手:野中大樹、井艸恵美)

(野中 大樹 : 東洋経済 記者)
(井艸 恵美 : 東洋経済 記者)