橋本環奈さんと吉沢亮さんを起用した渾身のCMだったが……思わぬところで“炎上”が起こってしまった(画像:アサヒビール「ドライクリスタル」ブランドサイトより)

アサヒビールが公式Xアカウントに投稿した新CMの告知が批判を浴び、削除して謝罪するに至った。

なぜ炎上したのか? 何が問題だったのか?

はたから見るとわからないところが多いのだが、当該の投稿は既に削除されており、確認のしようもない。

あらためて整理してみよう。

10月2日、アサヒビールは同社の公式Xアカウントに「待ってこれ 手震えるんだけど #ドライクリスタル #ドラクリ」というテキスト、画像を投稿した。画像も文章になっているのだが、一部の文字が赤丸で囲われており、そこだけ抜き出すと「リようとかンなとかんぱいあさって(亮と環奈と乾杯明後日)」と読めるようになっている。

つまり、俳優の吉沢亮(りょう)さんと橋本環奈(かんな)さんが出演するテレビCMの予告をほのめかす投稿だった。

一見すると、投稿内容に何も問題はないように見える。問題だったのは、内容ではなく、投稿のお作法だったのだ。

アサヒビールの投稿は「キンプリ構文」だった

インターネット掲示板やSNS、テレビのラテ欄でよく行われている言葉遊びで「縦読み」というものがある。ご存じの方も多いかと思うが、横書きの文章の頭にある文字をだけを縦に読んでいくと、意味のある文章になる、というものだ。

今回のアサヒビールの投稿は、その中でも“変則的な”縦読みと言われるものだった。さらに「待ってこれ 手震えるんだけど」という投稿文にも、見覚えのある人たちがいた。

これは、2022年にアイドルグループKing & Prince(キンプリ)から平野紫耀さん、神宮寺勇太さん、岸優太さんの3人が脱退すると発表された際、平野さんが公式ブログに投稿したメッセージに対するファンの反応とそっくりだったのだ。

平野さんのブログの文章に対して、ファンが、頭文字ではない部分に赤丸を付けて、「かなしいなてはなすの(悲しいな、手離すの)」というメッセージになる、とした推理を投稿。

その際に「待ってこれ 手震えるんだけど」という言葉を添えていた。少々強引な推理ではあったが、これは当時のキンプリファンの動揺を示すエピソードとして知られている。

これをきっかけに、投稿文章の中から文字を選んでつなげて、別の意味を込めたり、読み取ろうとしたりする行為がSNS上で流通し、「キンプリ構文」と呼ばれるようになった。

アサヒビールの投稿は、賛否あったキンプリファンの行動をいじるもの、そしてキンプリ分裂という「悪いニュース」を想起させるものだっただけに、ファンから批判の声を浴びる結果となった。

また、「手が震える」という一文が、アルコール依存症を想起させ、酒類メーカーの投稿として不適切だという声もあった。

アサヒビールは、投稿の翌日に当該投稿を削除し、「2024年10月2日21時のポストにおいて、配慮に欠けた表現がございましたので、当該ポストを削除させていただきました。ご不快な思いをおかけしましたことを、謹んでお詫び申し上げます」と謝罪した。


ポストを削除したことを報告し、謝罪した(画像:アサヒビール公式Xより)

企業が積極的に活用する“インターネットミーム”

筆者もそうだが、多くの人は、削除と謝罪がニュースになってから知ったように思うし、報道を見ても、何が起きていて、何が問題だったのか、すぐには理解できなかったように思える。

それゆえに、「削除する必要はない」という声も少なからず見られた。しかし、この投稿はやはり適切ではなかったと思うし、早々に削除して謝罪投稿を行ったことは、事後対応としては適切だっただろう。

今回のような「炎上事件」は、多くの企業が直面してきたことであるし、これからも起こしかねないことだ。いま一度振り返って学ぶべきところは大きいように思う。

最近、「インターネットミーム」という言葉がよく使われる。

「ミーム(meme)」とは、生物学者リチャード・ドーキンスによる、英語の「gene(遺伝子)」と、ギリシャ語「mimeme(模倣)」を組み合わせた造語だ。ミームは、模倣によって人から人へと伝達し、増殖していく文化情報や文化遺伝子のことを指している。

そこから発展して、インターネットを通してさまざまな人が模倣して広がる文化や行動のことを、「インターネットミーム」と呼ぶようになった。

インターネットミームは、インターネットユーザーが生み出し、広げるのが一般的だが、そこに企業・自治体・団体も関わるようになっている。現在では、インターネットミームを有効活用して、宣伝や広報活動を行う「ミームマーケティング」という言葉も生まれた。

日本だけでなく、海外の企業も、積極的にインターネットミームを活用した広告を制作したり、SNSの投稿を行ったりしている。

今回問題になった「キンプリ構文」のような「○○構文」もインターネットミームのひとつと言っていいだろう。

「コナン構文」を活用しウケた企業

都知事選の際には「石丸構文」、自民党総裁選の際には「進次郎構文」など、候補者の独特の語り口や言い回しがインターネット上で真似られて、拡散したことは記憶に新しい。

企業が政治や政治家をネタにするのはリスクが高いが、元ネタがメディアによるものや一般人の場合は、企業が相乗りすることがある。

中でも人気漫画・アニメ「名探偵コナン」の下記のようなセリフは、SNS上でさまざまな改変が加えられて流通している。

歩美「どうしたの? コナンくん」

コナン「千円札でタバコ一個… 妙だな…」

この「コナン構文」(?)は2016年に流行ったことがあり、多くの企業がSNS投稿に利用した。例えば、製菓会社のギンビスは、同社の公式アカウントから下記の投稿をしている。

歩美「どうしたの?コナンくん」

コナン「あの人、たべっ子どうぶつとしみチョココーンを買っているのにギンビスは知らないと言っている…妙だな」


インターネットミームを活用し、社名があまり浸透していないことを逆手にとったユニークな投稿(画像:ギンビス公式Xより)

また、シャープのXアカウントもこの構文に乗っかり、以下のような投稿をしていた。

歩美「どうしたの? コナンくん」

コナン「あのメーカー…コンピュータにラジオつけてテレビつけてカセットつけて放電プリンターつけただと…妙だな」

弊社垢「…妙だな」


企業アカウントの走り的存在である、シャープの公式。さすがの投稿スキルだ(画像:シャープ公式Xより)

漫画やアニメのセリフは、日本では以前からネットミームとして多くの話題が流通している。

「天空の城ラピュタ」がテレビで再放送されるたびに、滅びの呪文である「バルス」というセリフをSNSに投稿する「バルス祭り」が起きている。2013年には1秒間に14万投稿がなされ、Twitterの世界最高記録を更新した。

以前は、企業の公式アカウントも多数、これに参加して、「バルス祭り」を盛り上げていた。

インターネットミーム活用の「2つのリスク」

10年ほど前は、企業のSNS運用はさほど重要視されていなかったため、「中の人」の属人的な対応に任せることも多かったのだが、最近はマーケティング戦略に基づいて運営、投稿を行うことが多くなっている。

以前なら企業アカウントもバルス祭りに参加してみたり、日常のちょっとした話題をSNSに投稿したりしていたが、最近は、「会社の宣伝になっているのか?」「商品は売れるのか?」といったことが重視されるようになっている。

一方で、企業が「新商品を発売しました」「新CMを放映します」と投稿したところで、よほど話題性がない限りは、多くのSNSユーザーは注目もしてくれなければ、シェアもしてくれない。

そこで、企業のSNS運用担当者は知恵を絞るわけだが、常に新しいアイデアが生まれるわけではない。そうした際に、インターネットミームに便乗するというのが一つの方法として考えられる。

ところが、インターネットミームの活用は、うまくいけば広くシェアされる一方で、炎上するリスクも高い。つまり、ハイリスク・ハイリターンの宣伝術である。企業のインターネットミームの活用は、以下のようなリスクがある。

1:利用すること自体が「商業主義」「金儲けのため」と見なされかねない

2:文脈を十分に理解して行わないと、人を傷つけたり、差別をしたりする可能性がある

LGBTQ+の人たちへの差別と誤解されるリスク

例を挙げよう。

ゲリラ豪雨が起きた際に、それを文字って、SNSに「ゴリラゲイ雨」という投稿をする人がよく見られるようになった。

2022年に東急ハンズが公式Twitter(現X)アカウントから、このネタで投稿した。本件も「同性愛者への差別だ」という批判が起きて炎上し、東急ストアは投稿を削除し、謝罪をした。

個人であれば許容される投稿でも、企業が行うと問題視されることは多々ある。

同年の10月11日の「国際カミングアウトデー」において、花王、自衛隊、宅配すしチェーン「銀のさら」が公式SNSアカウントで行った投稿が批判を集めた。

この日は、LGBTQ+の人たちが、自らの性的指向をカミングアウト(開示)することを推奨する日でもある。これに便乗して、各組織のアカウントが、あまり知られていない組織の裏ネタを「カミングアウト」したのだった。

別の日に、普通に投稿をすれば問題はなかったのだが、カミングアウトデーに便乗して投稿してしまったことが「性差別」「LGBTQ+へのリスペクトが足りない」批判をされたのだった。

アサヒビールの件に戻ると、筆者はこの“炎上”が起きたときに意外に思えた。大手の飲料メーカー・酒類メーカーの多くは、何度か“炎上”を起こしているが、アサヒビールはあまり炎上を起こさない企業だ。

2021年の東京五輪・パラリンピックの際に、ゴールドパートナーでもある同社が会場で酒類を提供することに対して批判が殺到し、提供停止を決定するという事態が起きた。ただし、これはアサヒビールというよりは、五輪組織委員会の決定の問題であり、同社が起こした不祥事とも言いがたい。

アサヒビールは、広告・宣伝に関しては、よく言えば慎重、悪く言えば保守的な企業であるように思う。だからこそ、これまで大きな炎上は避けられてきたとも言える。

今回の場合は、参照されたキンプリの投稿が「知る人ぞ知る」レベルの事例だったがゆえに、社内のチェック機能が働かなかったのかもしれない。

成功した「日清食品」と「シャープ」

一方で、インターネットミームを巧みに活用して成功している事例もある。例えば、日清食品は、話題化している「強風オールバック」の楽曲・動画とコラボしたCMを制作して話題化に成功している

先に述べたシャープの公式Xアカウントも、「名探偵コナン」の事例に限らず、トレンド化しているネタをうまく取り入れた情報発信をして大きな効果を上げている。

もっともシャープの場合、つい最近(10月2日)、公式Xアカウントの「中の人」である山本隆博氏が退職することが公表された。山本氏は「外の人」として継続的にアカウント運用に携わるとされている。

SNSの運用や、SNSで話題化するような広告・宣伝の企画は、「職人芸的」のようなところがあり、誰でもできるものでもなければ、一朝一夕でできるものでもない。企業もSNS運用が当たり前の時代になってきているものの、人材の確保、人材育成にはまだまだ多くの課題が残されている。

(西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授)