現地時間9月14日、アイルランドのダブリン郊外にあるレパーズタウン競馬場で、GIアイリッシュチャンピオンS(芝2000m)が行なわれた。

 欧州中距離路線において重要な位置づけにある同レースに今年、日本からGI日本ダービー(5月26日/東京・芝2400m)3着以来となるシンエンペラー(牡3歳)が参戦。迎え撃つ欧州勢は、ディープインパクト産駒の最終世代で昨年のこのレースを含めてGI6勝のオーギュストロダン(牡4歳)、一昨年の勝ち馬でGI4勝のルクセンブルク(牡5歳)、今年のアイリッシュダービー(6月30日/カラ・芝2400m)の勝ち馬ロスアンゼルス(牡3歳)ら地元アイルランドのエイダン・オブライエン厩舎が管理するクールモアグループ勢に、目下3連勝中と底を見せていない英国の3歳馬エコノミクス(牡3歳)などが出走。8頭立てながら、強力なメンバーがそろった。

 3週間後に行なわれるGI凱旋門賞(10月6日/パリロンシャン・芝2400m)を大目標とするシンエンペラーにとっては、もちろん勝ちにきた一戦ではあるが、それ以上に、欧州の一線級相手にどこまでやれるのか、日本とは異なる馬場にどこまで対応できるのか――それらを推し量るうえで、それ相応の内容が求められるレースだった。

 そういう意味では、欧州のこの路線におけるトップクラスが顔をそろえたことは願ってもないことだった。

 レースは、ルクセンブルクが先手を取り、序盤のシンエンペラーはこれに続く2番手グループの外目を追走した。残り半分をすぎたあたりで、エコノミクスがシンエンペラーの外から進出。さらに、最終コーナー手前でその後ろにいたオーギュストロダンもシンエンペラーの外にピタリと並んできた。こうした道中の動きに対して、シンエンペラーは馬群のなかでじっくりと待機していた。

 迎えた直線、早めに抜け出したエコノミクスと、その外から伸びるオーギュストロダンとの一騎打ちへ。一旦はオーギュストロダンがかわして前に出るも、エコノミクスがもう一度差し返して、最後はエコノミクスに軍配が上がった。

 その間、シンエンペラーは前を行くゴーストライター(牡3歳)がいっぱいになって窮屈な状態に。その分、進路を求めて少し伸び遅れてしまった。それでも、最後は外から猛追してきたロスアンゼルスとの攻防を制し、前2頭との差も詰めて3着でフィニッシュした。


凱旋門賞へ向けてのステップレースでまずまずの走りを見せたシンエンペラー

 敗れはしたものの、騎乗した坂井瑠星騎手は笑顔を見せながら引き上げてきて、それを迎える矢作芳人調教師も納得の表情を見せていた。場内からも日本からの5年ぶり2頭目の挑戦者に、温かい拍手が沸き起こった。

「クールモア勢の4頭に対して、やや囲まれる形となってなかなか厳しいレースになったけど、馬の状態がまだまだベストではないなかで、よくがんばってくれました」と矢作調教師がシンエンペラーを労えば、坂井騎手も「道中は、ここでやりすぎないよう、じっくりと構えました。強い馬たちと差のないレースをしてくれて、次に向けては悲観する内容でなかったと思います。(凱旋門賞でありがちな)こちらの悪い馬場の適性はわからないままですが、レパーズタウンのアップダウンにも対応してくれたので、希望しかありません」と、手応えを口にした。

 この激闘の翌日には、凱旋門賞と同じ舞台のパリロンシャン競馬場で、「アークトライアルデー」として、凱旋門賞と同距離の前哨戦が3レース行なわれた。

 やや渋った馬場での開催のなか、古馬牡馬のGIIフォワ賞では、断然人気だったハーツクライ産駒のコンティニュアス(牡4歳)が3着に敗れて、凱旋門賞に出走資格のないイレジン(せん7歳)が勝利。牝馬によるGIヴェルメイユ賞は、牡馬相手のGIキングジョージ6世&クイーンエリザベスS(7月27日/アスコット・芝2390m)で2着と奮闘したブルーストッキング(牝4歳)が悠々と抜け出して快勝した。

 そして、3歳牡馬によるGIIニエル賞は、今年のフランスダービー馬で凱旋門賞の前売りでも1番人気に推されていたルックドゥヴェガ(牡3歳)が3着に沈むなか、前走で同じ舞台のGIパリ大賞を制していたソシエ(牡3歳)が勝利。GI連勝を飾った。

 こうした結果を受けて、「凱旋門賞では、シンエンペラーが面白いぞ」と反応したのが、フランスの記者たちだ。と同時に、欧州の各主要ブックメーカーも同様の反応を示し、それがオッズにも表われ始めている。その理由を代弁するように、あるフランスの記者が言う。

「(シンエンペラーは)これから良化の余地を残して、あの競馬の内容。ここまで、突出した成績を残しているわけではないが、だからといって軽視していい存在ではない。少なくとも、ここ数年の日本からの挑戦者のなかでは、最も"やってくれそう"な存在」

 彼らが注目するのは、アイリッシュチャンピオンSの好結果だけではない。シンエンペラーの血統背景にある。全兄ソットサスが不良馬場だった2020年の凱旋門賞を制覇。同馬は3歳時にも参戦して3着と好走しており、その血を引くシンエンペラーへの期待が高まっているのだ。

 ブックメーカー各社では、ソシエが1番人気となり、長く1番人気の評価を受けていたルックドゥヴェガが2番人気に陥落。そのなかで、シンエンペラーは3〜4番人気の評価にある。

 これまで、日本調教馬が海外の前哨戦を勝って本番に挑んだことは多々あるが、余力を残した状態で内容のあるレースを見せて本番に向かうことは決して多くない。はたしてシンエンペラーは、日本調教馬が成しえなかった凱旋門賞の勝利の扉をこじ開けることができるのか。迫りくる大一番が待ち遠しい。