上司の妻の嫌味に耐え、社宅暮らしで全力貯金の年金月23万円夫婦、60代でやっとマイホーム購入も…3年後、家の前に立ち尽くし「なんて愚かなことを」と泣いた理由【FPが解説】
マイホームが終の棲家となるとは限りません。苦労の末に念願のマイホームを購入しても予期せぬ事態となるケースも少なくなく……。本記事ではAさんの事例をもとに、定年退職前後の住宅購入の注意点について、社会保険労務士法人エニシアFP代表の三藤桂子氏が解説します。
社宅のメリット、デメリット
社宅とは、企業が所有、もしくは借りている物件を、従業員に住居として提供する制度です。従業員の福利厚生のひとつとして、多くの企業で採用されています。
現役時代は、貯蓄額が少なかったり、子どもの教育費がかかったり、社宅があることで、固定的な出費を抑えることができ、助かったという人も多いかもしれません。同じ立地、間取り等で不動産を賃貸すると10万円以上変わるケースもあります。
社宅の主なメリット、デメリットを考えてみましょう。
【メリット】
・家賃が抑えられる
・社員、家族同士のつながりができる
・物件を探す手間が省ける
【デメリット】
・会社内だけでなく、私生活も干渉されている気持ちになる
・自由に物件を選べない
メリットとデメリットは表裏一体のようなところで、メリットとして考えられる人にとってはありがたい制度です。しかしながら、デメリットを考えてしまうと、住んでから後悔する人もいるようです。
Aさんは、大学卒業後、都内の中堅企業に就職し、定年まで同じ会社に勤めていました。地方から出てきたAさんにとって、社宅がある会社を中心に会社を選んでいたといっても過言ではありません。結婚後は、社宅で家賃を抑え、2人の子どもの教育費を乗り越えた夫婦です。
Aさんの社宅は、家族4人で暮らすには少し狭く、時には近所付き合いで上司の家族、特にその妻から嫌味をいわれることもありました。しかし、妻が温和な性格だったこともあり、聞き流しながら我慢し生活してきました。
社宅の最大のデメリットは、当然ですが、退職したら退居しなければならないことです。住み心地がよかったとしても、いつかは出て行かなければなりません。
Aさん夫婦は、社宅暮らしをするなかで夢があります。それは、定年退職を機にマイホームを持つこと。特に子どもが独立してからは教育費分を貯蓄にまわし、退職金と合わせてマイホームを購入することが夢でした。
60歳で定年退職後、再雇用制度で65歳まで働く予定のAさん。社宅は定年退職までと決められているため、念願のマイホームを購入します。
念願のマイホーム生活も、一変する想定外の出来事
社宅は、都内にありましたが、マイホームを探すとなると、都内の物件は予定金額より高いため、都内近郊で探すことにしました。定年後は、穏やかにガーデニングや家庭菜園を楽しみたいと考えていました。
マンションでも夢を叶えることはできますが、できれば1戸建てを希望し、都内近郊の築浅の一戸建てを3,000万円で購入。貯蓄2,500万円と退職金をあわせて3,500万円が残金500万円となり、心もとないです。しかし、65歳までは再雇用で給与が35万円の収入があり、65歳以降もパートをしながら働く予定です。
「年金月23万であれば暮らせるよね」
年金は夫婦合わせて月23万円ほど。厚生労働省のモデルケースとなっている平均的な収入(平均標準報酬(賞与含む月額換算)43.9万円)で40年間就業した場合に受け取り始める年金額月23万483円(老齢厚生年金と2人分の老齢基礎年金(満額))の給付水準と同じ金額です(2024年度厚生労働省プレスリリース)。
Aさん夫婦は、既往症もなく、いままでの日常生活費において、年金だけでも十分生活できると判断したため、マイホーム購入に踏み切りました。
念願のマイホーム生活は、穏やかで楽しいものでした。ところが3年後……。
妻がまさかの車いす生活に
Aさんの妻が歩道橋で階段を踏み外し転落、大けがをします。命に別状がなかったものの、後遺症があり、いままでどおりに歩くことはおろか、日常生活に介護が必要となってしまいます。
妻は、3ヵ月の入院から自宅に戻ったときは車いすでの帰宅となりました。60代前半で介護の必要な生活となったため、玄関等に車いすが乗り入れできるように配慮が必要となります。
大好きなガーデニングもできなくなり、四季の花等、きれいに手入れをしていた庭は放置状態となり、枯れ果ててしまいます。
Aさんは、65歳までの再雇用はフルタイム勤務で1年契約更新していましたが、早くの帰宅を希望し、短時間勤務に変更することにしました。月35万円の給与が、月26万円に減額します。
ある日、会社から帰宅すると、リビングの窓から外を眺めて泣いている妻がいました。
せっかく念願のマイホームを手に入れたのに、たった3年で楽しみが奪われてしまった。身体が不自由になった分、お金もかかるだろうに、夫は短時間勤務になってしまい、申し訳ないと泣き崩れていました。いままで明るく庭の手入れをしていた妻は、四六時中家の中に引きこもっています。
Aさんは、会社からの帰宅時に家の前まで帰ってくると立ち止まり、「妻に我慢を強いらせてまで貯金をして、こんな年になってからマイホームを買うなんて愚かだった……。こんなことなら、もっと早く家を買えばよかったものを」と涙します。
マイホーム購入で貯蓄が少なくなったAさんは、今後の生活に不安が募ります。既往症がなく、元気だったAさん夫婦が老後のリスクを考えずに退職金と貯蓄の大半を使ってしまったことに大きな後悔をしています。
長生きリスクを見据えたマイホーム購入を
定年退職前後など、年齢を重ねてから住宅購入を考える際は、長生きリスクに備えることとして、介護が必要になったり、施設に入居したりするケースも想定しておく必要があります。
定年退職時は、健康に問題がなくとも、年を重ねるにつれて体が不自由になったり、病気を発症し、介護が必要になったりすることも考えておかなければなりません。
Aさんは、想定外に早くその時期が訪れてしまいました。早い遅いはありますが、終の棲家と考えるのであれば、老後の生活や状態の変化もできる限り見据えて、快適に過ごせるような家を選ぶことは大切なことです。
三藤 桂子
社会保険労務士法人エニシアFP
代表