渋谷凪咲主演のホラー映画『あのコはだぁれ?』は全国222館で上映中©2024「あのコはだぁれ?」製作委員会

興行収入(以下、興収)約74億円を突破した『キングダム 大将軍の帰還』を筆頭に、『怪盗グルーのミニオン超変身』(42億円)、『インサイド・ヘッド2』(約43億円)、『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ユアネクスト』(約29億円)、『映画クレヨンしんちゃん オラたちの恐竜日記』(約21億円)など、今年の夏の映画興行も大作映画やアニメが牽引している。

映画関係者も驚く健闘

そんな中で映画関係者が「まさかのヒット」と驚くほどの健闘を見せたのが、タレントで女優の渋谷凪咲主演のホラー映画『あのコはだぁれ?』だ。

【写真】まるでおばけ屋敷のよう。スクリーンを飛び出して「あのコ」が出てくる"絶叫上映"も

その話を聞いて実際に渋谷の劇場を訪れてみたが、公開から1カ月以上経っているにもかかわらず、確かに10代の学生と思われる男子グループ、女子グループ、カップルなど若者が多数来場していた。

いったい何が若者の心をとらえたのか。そのヒットの背景を調べてみた(文中の興収は9月1日までに集計/文中の数字は興行通信社、文化通信社、配給調べ)。


本作は2023年末にNMB48を卒業した渋谷凪咲(右)の初主演映画。劇中では、普段のほんわかした雰囲気とは違った迫真の演技を披露している。©2024「あのコはだぁれ?」製作委員会

『呪怨』シリーズなどで知られる清水崇監督が、本格演技初挑戦となる渋谷凪咲を主演に迎えて撮った同作は、昨年公開されたGENERATIONS from EXILE TRIBE主演のホラー映画『ミンナのウタ』のDNAを引き継ぐホラー作品。

とある夏休み、補習授業を受ける男女5人の教室で、いないはずの“あのコ”が怪奇を巻き起こすさまを描き出す学園ホラーだ。


とある夏休み、臨時教師として補習クラスを担当することになった君島ほのか(渋谷凪咲)は、“いないはずの生徒”の存在に気付く。©2024「あのコはだぁれ?」製作委員会

夏映画の大作がひしめく中、7月19日から全国227館で上映を開始した同作。映画業界の慣習として、興収10億円以上というのがヒットの目安となるが、9月1日までの動員は93万8114人、興収は11億209万6320円を記録。東宝作品、ディズニー作品の強さが目立つ中で、松竹作品である同作がヒットの目安となる興収10億円のラインを突破している。

動員も好調であるため、ファーストランを終えた8月30日以降も、継続して同作の上映を希望した劇場が222館、ほとんどの劇場が続映に名乗りを上げている。

しかも上映時間を早朝ではなく、午後帯、夜帯、レイトショーなど比較的観やすい時間帯で組んでいる劇場も多い。 

学生たちがこぞって映画を見る

公開初日から劇場には小学生・中学生・高校生のグループ客、カップルなどをはじめとした10代、20代の若者層がこぞって来場。映画製作者連盟が発表した昨年(令和5年)の映画入場料の平均客単価は1424円だったが、同作の客単価は1174円とかなり低めの数値だ。

現在、ほとんどの映画館の小中高生の学生料金が1000円ということで、この数字からも、学生をはじめとした若者が劇場に足を運んだことが裏付けられる。

まさに夏映画の意外な伏兵として数字を積み重ねた『あのコはだぁれ?』だが、同作の宣伝プロデューサーを務める山崎栞氏も「本作は若者向けの宣伝を意識した」と狙いを明かす。

宣伝のコンセプトは「夏休みに友人グループとお化け屋敷感覚で来場できる映画」ということで、若者層を宣伝のターゲットにすることは最初から決まっていた。

キャッチコピーも「見つかったら殺される」「この教室にはいないはずの生徒がいる」「7.19みいつけた」など、“あのコ”から逃げられるかといった、校内で鬼ごっこをするようなゲーム感覚で楽しんでもらうべく、ひねらずに、内容がストレートに伝わるようなコピーが選ばれた。

さらにプロモーション期間中のテレビ出演時や、メディア向けのインタビューなどでは、主演の渋谷には「わたしが出ているので観てください」ではなく、「スクリーンの中のわたしも怖がっているので、皆さんも一緒に怖がってください」といった具合に話すようにリクエストするなど、“観客との共感性”を前面に打ち出した。

キャラクターよりも作品の内容を前面に押し出す宣伝方針ではあったが、渋谷が所属する事務所サイドもそのコンセプトを理解し、かつ協力的だったという。

絶叫上映は、まるでおばけ屋敷のよう

さらに劇中に登場する“あのコ”がスクリーンを飛び出し、実際に劇場内をうろつきまわる“絶叫上映”も札幌、東京、名古屋、大阪、福岡の劇場で実施された(“絶叫上映”は複数回にわたって実施され、初回は宮城と広島の劇場でも行われた)。

スクリーンに“あのコ”が登場するタイミングで、劇場内にもリアル“あのコ”が登場し、場内をうろつきまわったり、観客の顔をのぞき込んだり、オリジナルステッカーやミニICレコーダーをプレゼントしたりするという取り組みだ。


公開初日から実施された「絶叫上映」の様子。劇場内に絶叫が響き渡る大盛況で、追加実施を期待する声も多数寄せられたということもあり、8月9日から追加の「絶叫上映」を実施。さらなる好評により、8月30日〜9月1日にかけて3回目の「絶叫上映」も実施された。©2024「あのコはだぁれ?」製作委員会

絶叫&声出しオーケーの特別上映ということで、“あのコ”が客席の間を通り過ぎるたびに「キャー!」といった悲鳴や、「無理無理無理!」といった怖がる声などが響き渡るなど、劇場内はまるでおばけ屋敷のような様相を呈していた。


スクリーンだけでなく、実際の“あのコ”が不規則で劇場内に登場。観客は“あのコ”がいつやってくるのか分からないため、いろいろな意味でドキドキし続ける事になる。まさに映画館ならではの体験だといえる。(写真:筆者撮影)

もともとは昨年の『ミンナのウタ』公開時に実施されたイベントだったが、会場のボルテージも最高潮で、大盛況だったこともあり、『あのコはだぁれ?』では初日から通常上映のほかに、“絶叫上映”の回も並行して実施。

夏休みの学生に来てもらいたいということで、“絶叫上映”は通常料金で入場可能だ。“絶叫上映”を楽しみに来たという観客はもちろんのこと、中には“絶叫上映”であることを知らずに通常の上映だと思って来場した観客もいたというが、客席のあちこちで繰り広げられる「キャー!」という叫び声を、映画の絶妙なスパイスとして楽しんだという声も寄せられたという。


絶叫上映も行われた渋谷HUMAXシネマのロビーの様子。通常の上映と違い、絶叫上映の実施となると物理的に手間と労力がかかるものだが、全国の実施劇場をはじめとした関係者が運営に協力的だったという。(写真:筆者撮影)

宣伝プロデューサーの山崎氏も「学生さんたちにいかにして映画館に来てもらうかを考えたときに、やはり映画館でしか体験できない特殊なことを仕掛けたいと思いました。劇場さんと各所関係者にはお手間と労力をおかけしてしまいましたが、協力していただいて本当にありがたかったです」とその思いを語る。

TikTokを使ったプロモーションも

さらに若者向けにTikTokにも力を入れたという。初日に行われた“絶叫上映”の際に、“あのコ”が劇場に向かって歩いていく後ろ姿を撮影し、投稿したところ、400万回再生と大反響。本作の認知度を上げることに成功した。


若者層に注目を集めた『あのコはだぁれ?』公式TikTok。絶叫上映動画の再生回数は400万回以上を記録。その他、100万回を超える再生回数の動画も数多く投稿されており、若者層へと訴求した。

本作の公式TikTokでは映像クリエイター、コワゾーの協力のもとホラーショートドラマも次々と投稿され、大きな反響を集めた。TikTokで投稿された動画のそれぞれのコメント欄では、映画の感想や、質問などが活発に投稿されており、ここから口コミも広がっている。

本作の上映終了時期は未定。今後も反響次第で追加の“絶叫上映”も行われる可能性はあるとのこと。若者を映画館に呼び起こすためのユニークな施策にも注目だ。

(壬生 智裕 : 映画ライター)